団長様に不審がられたものの
それを見たとたん、私まで照れてしまって、団長様の顔が見られない。
そもそも私のことペット扱いで、剣にキスぐらいは気にしないと言っていたのだ。団長様が恥ずかしがるわけが……ないよね?
私が気づかないだけで、団長様は耳が赤くなりやすいのかもしれないし。
視線をそらしているうちに、団長様は剣を元のように腰に吊るし直してから、鞘から抜いた。
「確かに、少し戻っているな」
予定通り、剣の力を戻すことはできたらしい。
団長様の声はいつも通りで、やっぱり照れているように見えたのは錯覚な気がしてきた。剣を鞘に収める時も、特に表情は動かしていないし。
「よ、良かったです」
一方の私は、答えたものの少しどもってしまう。
私の平常心よ……よみがえってお願い。団長様がペット扱いのつもりだったら、とんでもなく迷惑だろうし。
そうだ。用事が済んだのだから、早めにここは退出しよう。
「そうしましたら、竜の討伐に同行する日時が決まりましたら、お知らせください」
お願いをして扉へ向かおうと一歩踏み出したその時、団長様が驚くことを言った。
「ああ。行くとしても、次はフレイと一緒に行動はさせない」
え? と思わず団長様の顔を見上げる。団長様は、表情を消して続きを口にした。
「フレイは、お前の様子を観察させる役目から外した」
「え……」
言われた意味が、なんだかキツイもののように聞こえる。
観察を必要ないからやめた、というのではない。その役目から外したというのは、まだその役があってもいいのに、フレイさんは不適格だとされたということ?
「あの、フレイさんはどうして……」
「そろそろ必要ないだろうからな。お前の状態を知りたいのなら、オルヴェに聞けばいい。そしてお前自身も、竜のブレスを防げるほどの魔法が扱える。並みの騎士以上の戦力を持っているんだ」
強くなったから必要ないと言う。
「でも、あまり魔力が大っぴらになると問題が……。あと、竜との戦闘時は飛びトカゲに乗せていただかないと」
「それは私が連れて行く」
だからフレイさんでなくともいいらしい。
理由はわかったのだけど、なんとなく、釈然としない気持ちが残るのはなぜだろう。
でもおかしい話ではないし、魔女のことを知られたくないのなら、団長様と一緒に行動出来た方が、私も都合がいいのだけど。
「私と一緒では不服か? だがそれが嫌なら、お前の茶を飲ませるという試みの方は、遠慮してもらおう。できればお前を火竜に近づけたくはないからな」
「私も近づきたくはないんですが……」
普通に戦う以外の方法を使わないと、タナストラと紛争が起こってしまうから。そうしたら、魔女とも面倒な戦いをしなくてはならなくなる。
どうにか流れを変えたい。火竜がタナストラを攻撃しなければ、それが叶うのではないかと思うのだ。
だから連れて行ってもらいたいのだ。
たとえ団長様の剣が少し回復したことで、火竜がタナストラを攻撃せずに終わる可能性があっても、だ。
何があるかわからないから……。
と、そこで団長様が変なことに気づいた。
「ユラ。お前はどうして、火竜をそこまで穏便に退けさせようとする?」
「そうしたら誰かが怪我をする可能性が、減りますよね……?」
みんな仲良く終われれば、その方がいいはずだ。
まぁ火竜の方はほら……私が無理を言わせるわけで、ものすごく釈然としないだろうけども。
彼は尊い犠牲になるのです(決定事項)。
「だがお前は戦闘には参加したくないだろう。近づきたくないというのはそういうことだろう? むしろ剣が一度使えれば、騎士団で火竜を倒すことができる。無理にお前が行く必要はないのに、なぜ自分の気持ちを曲げてまで他の方法を勧めようと思った?」
「え? でも団長様。楽な方法を思いつけたら、きっと誰だってそちらを選択したいと思って、実行しますよね?」
勝敗が一気に決する大魔法を知っていたら、当然使うと思う。
だけど団長様が言っているのは、そういうことではなかったらしい。
「前から、少しひっかかってはいた」
団長様は私に一歩近づく。あ、なんか嫌な予感がするぞ。
そうして私が逃げようとするのを防ぐためか、団長様が私の肩に手を置いた。
「私はできれば火竜に近づけたくはない。なにせお前の防御力は、魔法が切れたら紙同然だからな。簡単に死んでしまう。以前は魔法も使えないのに、ダンジョンへやってきた。どうしてそこまでする?」
「あれはとっさのことで……。怖い場所だということを、考えていなかったんです」
よもやここで「ダンジョンに異常が起こっているので、なんとかしないとストーリー通りに進まないと思った」とか言えるわけもないし。
なのでものすごく曖昧な言い方をする。
「それにブレスなら、防げることがわかりましたので。団長様と一緒に行動をするのなら、団長様が魔法をかけたということにできるので、大丈夫ですよね?」
なにせ私は呪文がいらない。
団長様が唱えた時に、ボタンをぽちっと押せばいいのだ。
と言ったのに、団長様がため息をついた。
「お前を心配してはいけないのか?」
団長様の肩に置いた手が、私の頬に触れる。
「え、あの、心配して下さるのは……嬉しいです」
思わずうつむいてしまう。恥ずかしくて。
というか団長様、どうしてそんな聞き方をするんですか! 普通に心配してくださるにしても、なんかこう、雰囲気が甘すぎる気が……。
犬猫みたいに、触っていると思っていいんだよね?
さっきから、私はどう受け取っていいのかわからなくて困惑する。
何より自分が、嫌じゃないから困る。
「でも、団長様達が怪我をするのとかは嫌です。それなら、いくらでも我慢できます」
喫茶店を開いてから、今まで以上に騎士さん達とも仲良くなった。その人達が怪我をして、オルヴェ先生のところに担ぎこまれたり、命を落としたりしたら……きっと後悔する。
なんで自分は、怖がって何もしなかったのかと。
状況を覆せる力と、知識があるなら、私はためらうべきじゃない。
だけど知識の分については、明かせないのだけど。
「無理はするな。そもそもは、お前に戦わせるために、騎士団に所属させたわけではないのだからな」
そう言って手を引いてくれた団長様に、うなずいた。




