口づけしなくてはいけませんか?
さすが団長様。
でも精霊に関する詳しさは私以上なのだから、当然だった……。
「私が知らないと思っていたのか?」
そう追及されて、私は言い訳をはじめる。
「団長様がご存じかどうかというよりも、こっそりとするつもりでして」
「私の私物に触れるのに、どうこっそりやるつもりだったんだ」
「そこは堂々と、触らせて下さいとお頼みするつもりでした。魔力を補充したら、一度くらいは使えるようになるからと、普通にお話しして……」
そこは隠すつもりはなかったんです。ただ、魔力の補充方法がですね、ソラが最初に提案したものだけはどうしても……どうしても、言えなくて。
「で、触る時に血を使うつもりだったと。入れ知恵をしたのは精霊か」
「左様でございます」
私はうなだれた。
「その、団長様の剣は精霊の要素もあって、お水みたいにちょっと触っただけでは魔力を移すのが難しいからと言われて……。方法を聞いたら、提案されたのがこれでして」
「ユラ、わざわざ怪我をしない方法もあっただろう? なぜそちらを選ばなかった」
団長様が怖い顔で言う。
「え、まさか団長様、あれもご存じで……」
と言った私は、ふいに思い出す。以前、私に魔力を戻した時に、団長様が私の額に口づけをしたことを……。
そ・う・だ・っ・た。
団長様、知ってるんだった!
「え、でも知ってるのに、私にそれを勧めるんですか!?」
今日ですよ! あんな危ない発言をしておいて、でもキスはいいって……。
え、私どう考えたらいいんだろう。やっぱり団長様、私のこと、何とも思っていないのでは……。
だとすると今日のことは、やっぱりペットとして考えての発言だった?
頭が混乱してくる。
そんな私に、団長様が言う。
「どうしてそんなに嫌がる」
「嫌っていうか、恥ずかしいじゃないですか」
「相手は無生物だろう」
うう、なんか泣きたい。そして団長様、無生物だったら何しても気にしない人ですか? というか私にアレをしたということは……。団長様って、精霊に口づけで魔力を与えるとか、したことがあるんですか?
そこに思い至った私は、なんだか心にくしゃっとしわができるような気持ちになった。
なにこれ。私、団長様がそういうことをするの、嫌なの?
「団長様は、もしかして精霊相手でもそれができるのですか?」
変な気持ちになったせいか、そんな質問がぽろっと私の口から飛びだしてしまう。
それに対して、団長様は首をかしげながらも答えた。
「人と同じには感じないだろう? 犬猫と違ってはっきりと会話はできるが、接触に関しては人と同じ感覚ではないな。下手をすると、植物と同じぐらいの感じだろう」
「いえ、わかりますが……」
精霊は自然に近い存在だ。人と同じ感覚では付き合っていない。ペットの方がまだ近い……。
「従属魔法のことを考えると、ペット感覚?」
「ああ、そちらの方が近いか。犬猫にもするだろう?」
あっさりと言われて、私はおののく。
確かにする……。拾った犬にキスとかしてました。病気ですぐに亡くなってしまったけど。
でもここで認めるわけにはいかない。うなずいたとたん、私は剣にキスしなくてはならなくなるのだ。
しかも団長様の目の前で!
「あのっ、いくらペットでも、それはあんまりしないのではっ!」
「それなら……」
団長様が顔を近づけて言った。
「私の方に、魔力を移すか?」
「はい?」
え、どういうことですか。
「この剣は、私から魔力を受け取って蓄積している。私に魔力を渡しても、剣と同じことができるだろう。どうす
る?」
団長様がいじわるな笑みを見せた。
ちょっ! 団長様、私をからかって遊んでますね?
「剣にします」
こうなったらさっさと魔力を剣に与えて、逃げるしかない。団長様の手にでも口づけることを考えたら、剣の方がずっとマシだと思えると、恥ずかしさが遠ざかった。
「そうか。なら、もう血は使えないのだから、別な方法でするといい」
話しているうちに時間が経って、血が固まってしまったからだろう。
団長様は自分の剣を差し出してくる。
「正直、この剣の力が戻るだけでも、かなり火竜を楽に倒せるようになるだろうからな」
そこで団長様はふと気づいたようだ。
「お前の魔力をどれだけ剣に渡すことになるのかわからんが、お前は倒れたりしないのか?」
「あ、そうですね。前と違ってやたらと魔力はあるので、眠ってしまうことにはならないと思いますが……」
以前、魔力を引っこ抜かれて眠ってしまったのは、私の魔力がけた外れの数値になる前のことだ。
正直、10万もあれば、多少減ったところで問題ないだろう。レッドラインになるのは、魔力の残りが1000とかになってからだろうし。
「私としては、これだけあれば剣の魔力が満たされると思うんですが、半分ぐらいかなと精霊が言っていたことが気になります。もしかしてこういった方法で補充できるのは、半分が限度なのかなと」
全快しないのは、魔力量のせいではないと思ったのだ。なにせ10万あれば、たいていのものはお釣りがくるよね?
「特殊な剣だからな。普通に魔力を与えるだけでは、難しい部分があるのだろう。ほら、これだ」
私は唾をのみ込んで、団長様が鞘ごと外した剣を受け取ろうとしたのだけど。
「わっ!」
かなり重かった。両手で持とうとしたのに落としそうになって、団長様が持ち直してくれる。
「持っていてやる」
……くっ、これどういう状況?
私は赤面しそうになる気持ちが、再発してしまった。
持っていてくれる剣にキスとか、普通に目の前でするより、なんかハードル高くないですか!?
でもやると言ったのは私だ。目的のためにも、今さらやめるわけにもいかない。
だけど団長様の視線が気になって気になって!
「あの、すみません。せめてこちらを見ないようにしていただけませんか?」
「いいだろう」
頼むと、団長様は私に剣を差し出した状態で、顔を横に向けてくれる。
それでも、側にいて何かに口づけるというのは落ち着かない。でもぐずぐずしていると、剣を持っている団長様も疲れるだろう。
一気にやって、あっという間に終わらせる!
そう決意した私は、えいやっと剣の柄に口づけた。
息を吹き込むように魔力を込めるイメージをする。そのイメージに引っ張られるように、自分の中の熱が剣へ移って行くような気がした。
でも、どこまでこれを続けたらいいんだろう。
私は力を吹き込み続け、こっそりステータス画面でどれくらいの魔力が移ったかを観察する。
一万……二万……三万のところで、MPが減らなくなった。
吹き込むイメージも、なんだか口をふさがれてできない感覚になる。たぶんこれで一杯なのだろう。
計五秒くらいで終わった。ほっとしながら剣から顔を離してみる。
「終わりました、団長様」
「ああ」
返事をするのだけど……団長様が、横を向いたまま、なかなかこっちを向いてくれない。
こころなし、耳の辺りが赤い気がするんですが。




