竜のためのチャイはいいお味です
ソラが姿を消すと、まず私はお茶の試作にかかった。
「効きにくいなら、心が穏やかになるお茶のパワーアップバージョンあたりを使えば、少しは懐柔しやすく……なるかな?」
穏やかにするといえば、ハニーティーだ。
「これにミルクを混ぜると弱効果……。そこからさらに強めた方がいいんだよね?」
私はステータス画面の、ハニーミルクティーの名前の横に出ている【!】のヒントボタンを押す。
《体があったまるもので効果倍増?》
「あったまるもの?」
何だろう。あったまるものって。
体を温める紅茶というと、生姜とか。シナモンティーとか。お酒も……と思ったけれど、ワインを入れるとミルクが分離しそう。
と、そこまで連想して思いつく。
「そうか。チャイだ」
間違いなく体があたたまる。前世では、風邪をひきそうだなと思う秋や冬には、よくミルクパンで牛乳を温めて作っていた。
それにワイン以外の材料が全て入る。
私はここにあるスパイスを確認して、二つ足りないので騎士団の厨房へと走った。
エプロンをしたままやってきた私に、ちょうど夕食を作るために来ていた通いの料理人さんが、びっくりしたように目を丸くしていた。
「どうしたんだいユラちゃん」
ヘルガさんのご近所さんだという、やや背が高い四十代くらいの女性で、マリルさんという方だ。ちょくちょく仕事前に洗濯場にやってきて、おしゃべりをしていってくれるので、私も顔馴染みになることができたのだ。
マリルさんと一緒に、その手伝いの当番にあたっていた。見習い騎士さんもこちらをしげしげと見ている。
お邪魔して申し訳ない……。
「すみません。クローブとカルダモンがあったら、少しわけていただけたらと思いまして」
これで目的のものが出来たのなら、町へもっと沢山買いに行けばいい。なので、ちょっとだけわけてもらえればと思ったのだ。
「もちろんいいよ」
マリルさんは快くそう言って、紙に香辛料を包んだものを渡してくれた。
「ありがとうございます!」
お礼を言って、私は急いで喫茶店へ取って返した。
喫茶店の台所へ到着すると、小鍋を用意して、さっそくミルクを温めはじめる。
紅茶の葉も入れ、さらに生姜は私の好みで少し多く、シナモン、もらってきたクローブとカルダモンをほんの少しだけ混ぜる。
そうして煮たって来たところで、ハチミツを好みで二匙混ぜて甘くする。
ふんわりと香り立つ、ミルクと紅茶、ハチミツと生姜の甘い香りにシナモンが鼻をくすぐる。
「チャイ出来た!」
さっそく効果を確認する。
《チャイティー。効果:心がゆるくなる(強)。スキル練度+35》
「ゆるくなる強ってどれぐらいだろ」
穏やかになる、の上位効果だと思うので、ふんわり眠くなっちゃうどころではないのは、想像がつく。心がゆるむのだから、聞かれたらなんでも話してしまうとか?
「それなんて自白剤? さすがにそうじゃないと思うんだけど……。とすると、心を誰にでも全開にしてる感じ?」
やたらフレンドリーになるとか。……やっぱり想像つかない。
それにしてもいい香りだった。思わず鼻が動いてしまう。
「でも飲めない……悔しい……」
あまりの悔しさに、涙が目に浮かびそうだ。魔法がかかっていさえしなければ、飲めるのに……。
「ん、魔法。魔力?」
足せるのなら、引くことも可能じゃないだろうか。私は単純にそう考えた。
まずは試してみることにする。
「魔力を加える時に、あたためるようにするのなら。魔力を引く時には、熱を奪う感じでいいのかな?」
カップにチャイを移し、火傷をしないようにミトンを手につけてカップを包むようにする。
それからお茶の温かさが自分に移るように、イメージをして……。
「ひゃっ」
ちょっとぞわっとした。
なんだか風邪をひいたような感覚って、
「あ、そうか」
魔法陣の魔力を吸収した後みたいだ。ほんの数秒だけど、同じ感覚になった。
そうしたら、お茶の魔力はなくなっているはず?
ステータス画面を出した上で、確かめてみる。
《チャイ。効果:心が穏やかになるかもしれない。スキル練度+5》
「やった!」
これなら飲める! 心が穏やかになるかもしれないだから、効果がごく薄いんだろう。
私はさっそくチャイに口をつけた。
「あまーい。おいしーい!」
久しぶりの味に、自分が笑みくずれているのがわかる。
そしてわずかながらに、ほわんとした気持ちになる。まだほんの少し残る熱があるような感覚と相まって、ぼんやりしてきた。
「……はっ! 今のうちに用事をすませたらいいのかもしれない!」
このぼんやり具合なら、さっきのことを思い出しにくいし、団長様にさらっとお話できるかもしれない?
それに今なら、痛くない気がする。
ちょっと血がでるように、指先だけ切り傷をつけておいて、団長様を訪問しよう。
私はナイフを取り出す。果物を切る用に、準備していたものだ。
それで人差し指の先をちょっと傷つけた。血判を押せるぐらいの血が出ればいいので、問題なくクリア。やや痛いけれど、その程度で済んだ。
「あとは血が乾かないうちに、ご訪問しましょうか」
ハンカチで指先を覆って、私は喫茶店を後にした。もちろんお店は、準備中の札をかけて。
もし団長様が不在だったり、他に用事があるようだったら、一度回復魔法で治して、もう一度出直せばいい。
「回復魔法って便利だよね」
私は上機嫌で団長様の執務室へ向かったのだった。
※説明が足りてないなーと思うところもありまして、その説明がなかなか入れられない状況から、
95話「お茶の評価は上々ですが……?」の最後の方と96話を変更しました。
96話は「※ユラ係は問題が発生したことを知る」とフレイ視点の内容で、タイトルも変更しております。
大筋に変更はないのですが、登場人物の行動が変更されています。
お手数ですが、読み直していただいた方がいいかもしれません。




