竜に契約をクーリングオフさせるためには
クッキーの量を確認。
パンケーキの材料も揃っているから大丈夫。
私はパンケーキの作成にかかった。
紅茶は私が新たにヘデルから直接作ったお茶だ。細かくして、小麦粉とミルク、砂糖を練ったものに混ぜて行く。
フライパンにバターを入れてまどの上に載せると、じゅわっと溶けて香ばしくもまったりとしたバターの香りが広がった。
作ったパンケーキ種をそれで焼き、三枚用意。
お皿に盛って広い作業台の上に置いた上で、私はクッキーをかまどにいるゴブリン精霊に使った。
私が手を離す前に、ゴブリン精霊がクッキーに飛びついて来る。
私の指ごとクッキーを抱きしめて、やだ、かわいい……。
ゴブリン精霊は温度が低いので、葉っぱに触れたような感じがする。火の精霊だから熱いかと思ってた。
ちょっと思考停止しかけたけれど、ゴブリン精霊の「お願いなーに」のフレーズで正気に返る。
「ソラを呼んでくれる? 貢物は用意したから」
「みつぎー? エサかな? いいよー」
ゴブリン精霊は右手の親指を立てて『グッジョブ!』の仕草をすると、ひゅーっと指笛を吹くような仕草をした。
そのとたんにぞろぞろと、かまどの中からゴブリン精霊が現れる。
そうして前回のようにソラを呼び出すと、ぱっとその姿を消したのだった。
「ユラ、呼んでくれてありがとう」
町の人の中に、ゴブリンが紛れていたような姿をしているのに、ソラが穏やかな声でそう言うと、紳士的に聞こえるのはどうしてだろう。物腰なのかな。
「今日は何をしてほしいんだい? 竜が来たことに関連するのかな?」
ソラはもう、火竜が来ていることは知っているみたいだ。
「その火竜について、聞きたいことがあるの。魔女と火竜の契約を打ち消す方法がないか、知っている?」
火竜は契約をしているから、タナストラを攻撃しようとしているのだ。だから契約を破棄させてしまえば、火竜が攻撃をする必要はなくなる。
まずそこをクリアしなくてはならない。
「一番いいのは、君の魔力でその契約を強制的に打ち切ることだね」
あっさり力業を提案されてしまった。
「え、できるの……?」
私の魔力で、相手の魔女の契約を打ち消すだなんてことが。
ソラはうなずいた。
「できるよ。ただそれを実行するのが難しいんじゃないかな。ユラの場合は、まず竜にお茶を飲ませなくてはならないだろうからね」
「あ……それはまた、とんでもなくハードルの高い……」
火竜にお茶を飲ませるとなると、壊れやすい水筒かなんかにお茶を入れて、火竜の口の中に放り込むぐらいしか思いつけない。
ただそれをやるには、火竜が口を開けてくれること、動かないことが必須だ。
騎士の誰かに頼むとしても、かなり火竜に接近することになるだろうし。
今のうちに突撃したところで、身動きできないけれど、火竜は賢いので口を閉じてしまうか、ブレスで水筒ごと焼き落とされてしまうんじゃないだろうか。
力で抑えつけて……となると、団長様の剣の力でもないと難しそうだ。
でも団長様の剣の力が復活するのを待つと、火竜はあの山から飛び立ってしまう。
「もっと火竜を身動きできないように……。氷の力だけじゃ、難しいみたいだしなぁ」
身動きが取れない間、氷の精霊の力は火竜を拘束しているわけではない。
回復を遅らせているだけなのだ。
「もっと早く、団長様の剣が回復できれば可能なんだけど……」
たぶん、普通に倒そうとしたら、ゲームのように死の間際にむやみやたらに攻撃をまき散らし、結局はタナストラに攻撃してしまうだろう。それでは元も子もない。
「半分ぐらいを回復できればいいのなら、君には手段がある」
「どうやって!?」
驚く私に、ソラはゴブリン顔で爽やかに微笑んだ。
「君の魔力を、リュシアンの剣に与えればいい」
「魔力を……与える……」
言われて最初に思いついたのは、
「剣の紅茶浸け……?」
樽一杯の紅茶に、回復するまで剣を浸けておくという方法だった。でも剣って、紅茶の魔力を吸収できるの? さすがに無生物には無理だよね?
「いやいやユラ、それじゃちょっと難しいんだ」
ソラはなんでもないことのように、解決法を教えてくれた。
「剣に君が直接魔力を与えればいいよ」
「剣に……てことは、お茶みたいにしたらいいのかな?」
剣を握って魔力を込めるのなら、団長様にわけを話せばすぐにできるだろう。
と思ったのだけど、そうは簡単に問屋が卸さなかった。
「あの剣は精霊そのものだから。水のようには与えられないんだ。だから……一番効率がいいのは、ユラが口づけることかな?」
なんですと!?
「え、あの、ソラさん、他にいい方法とかないんですか……?」
「人間が口づけにためらいがあるのは知っているけれど、剣だよ?」
なぜためらうのか理解できないと、ソラは首をかしげた。
不思議に思われても仕方ないけど、でも、今は普通の状態じゃないんです!
だって団長様が、ついさっきあんなこと言うから……。できれば会うのも緊張するので、逃げ出したくなるんですよ。
必要とあればやるけれど。
でも剣に魔力を与えて、使えるようにできるみたいなんですーと言うだけならまだいい。そこに追加される説明がいけない。
「口づけさせてくださいって言えない!」
めちゃくちゃ恥ずかしい! たぶんこれ、団長様が普通の状態だったとしても言うのためらうよ?
「でも他の方法……。君の血を刃に塗るとか? リュシアンはいいと言わないんじゃないかな?」
「ぜひそっちの方法を使いたいです」
私は即答した。剣を抜いてもらって、ぺっと私の血をくっつけたらいいんだよね? キスするよりずっといい。
「本気かい?」
ソラにものすごく不安そうな表情をされた。なぜだ。
「先に怪我して行けば、団長も今さら嫌だとは言わないだろうし、血を塗るだけでいいのよね?」
「塗った上で、魔力を込めるんだ」
「オーケーオーケー。それならまず大丈夫!」
それで団長様の剣が少しでも使えるようになるなら、お茶を飲ませることも可能だろう。
「竜に飲ませるお茶も研究するといいよ、ユラ」
なんだか諦め気味の表情でソラが助言してくれる。
「導きの樹の精霊みたいに覚醒が必要ではないけれど。君の力を竜が受け入れやすいお茶にするべきだろうね。つい『うん』と言ってしまうような感じで」
「ついうんと言う……」
ほわっとした気持ちになればいいのかな?
「あと、竜はたぶん君のお茶の効きが悪いと思う。強い効果にしてもいいと思うよ」
「それなら心当たりがあるかも。ありがとうソラ!」
私はさっそく実行することにした。




