団長様の発言がまたしても危険です。
「…………!」
ちょっ、これはどう回答したらいいのかな?
今の危険な言葉の方に、私、心臓が飛び出しそうになったんですが!
だってこの言い方ちょっと……色々と危なくないですかね? 考えすぎ?
そもそも団長様の場合、やたら言葉選びがおかしいけれど……。
そうだ。団長様は私をペット扱いされておられるはず。犬なら「抵抗しないんだな」って言っても、まずおかしくはない。
そういうことに違いない。まだ慌てるような状況じゃない。
自分の頭の中で葛藤し、ようやく落ち着いていたのに、団長様がさらに心臓に悪いことを言い出した。
「抱き上げても抵抗しない猫みたいだな。こういうのに慣れているのか、それとも……」
「な、慣れてません! こんなことを頻繁にしてくるのも、団長様だけです!」
言ってから私はハッとする。
私もなんだかとんでもないことを口走っている気がする。
これじゃいつも、団長様と抱きしめ合ったりしているみたいだし、私がそれが普通だと思っているような感じに!
と思ったら、団長様が私の頭に頬をくっつけるようにした。
団長様が、どんな顔をしてそんなことをしたのか、全く見えない。
そして耳に感じる息に、私はぎゅっと目を閉じる。
団長様、どうして?
これじゃまるで……私のことが好きみたいじゃないですか。
そう思うと、なんだか涙が浮かびそうだ。
ずっと昔、噂をたてられた時のことを思い出す。自分が好きだと思ったら嫌がられるような人間だ、と言われたように感じた時のことが心に蘇って、なんだか怖くなった。
勘違いだったら、恥ずかしくて飛び下りたくなってしまう。
それに、私みたいなただの田舎娘が、王族の団長様に恋されるわけがない。万が一にも団長様がミラクルな選択をしたところで、身分の問題があるだろう。
――それに、私は魔女だ。
竜が呼ばれた以上、他に魔女になった人がいるのは確実だし、そちらが本当の、メインストーリーの魔女なのかもしれないけど。
でも私にも魔女のスキルがある以上、自分がラスボスではなくても、いずれは姿を消すしかないのだ。
だって、もし魔女と戦うことがあれば、私が魔女だということはバレてしまう。
それにゲーム通りの魔女だとしたら……。同じだけ力が強い私が戦わないと……。
そうして発覚したら、魔女を保護していただけでも、団長様は迷惑するだろう。
でも離れたいとは思わない自分が、なんだかどうしようもなくて。
「お前はまだ、私が飼っているんだ。誰か他の男を好きでも、まだ離れるな」
でも団長様はそう言ってくれる。
少しは好きでいてくれるんですか? 私は、ペットに対する気持ちでも十分ですよ? 多くは望みません。
「まだ離れません。私はまだ、団長様のペットでいさせてもらえるんですよね?」
「もちろんだ。まだお前は私のものだからな」
私の答えに、団長様はようやく身動きしたので、腕を離してくれるのかと思った。
けれど違った。
耳のすぐ近くを、吐息ではない柔らかなものが触れていく。そうして団長様は抱きしめた腕をゆるめてくれたのだけど。
私がその手を離せなくなった。
「どうしたユラ」
団長様が、わかっているけれどわざと尋ねたかのように、笑いを含んだ声で言う。
「あの、このまま一人で乗っていたら私、落ちます」
こめかみに口づけられたのだとわかって、頭がパンクしそうで。頭の中がぼんやりしてきた。
手がちゃんと、鞍の前を掴んでいられるのか自信が無い。
し、シートベルトください!
団長様は、笑いながら私の腰を抱え直してくれる。少しだけそれでほっとしたけれど、今日の団長様はいじわるだった。
「でもやはり、嫌だとは言わないんだな」
団長様は満足げだけれど、私はそれどころじゃありません!
そうして間もなく、私と団長様は城へ戻った。
中庭に降り立った団長様から指示を受けるべく、待ち構えていた騎士達が駆け寄って来る。
団長様はすぐに火竜の落下場所を教え、そこへの討伐隊を組織させる指示を出していた。
そんな中、団長様に小脇に抱えられて地上へ降りた私は、まだぼんやりしていた。
でもそれについては、
「竜が火を吹いた場所の近くにいたんだろ。そりゃ呆然とするさ」
「間近で団長の剣の力見て、目がちかちかしているんじゃないのか?」
そんな風に解釈してくれたようだ。
オルヴェ先生のところへ戻りなさいと、みんなが肩を叩いてくれる。私はありがたく、頭をペコペコ下げながら帰ろうとしたのだけど。
そんな中フレイさんは、ただじっとこちらを見るだけで、珍しく話しかけてくれることはなかったのが、少し不安だった。
なんにせよ、一度休もう。さもなければどうしていいのかわからない。
私は荷物を降ろし、部屋に入ってマントなんかを脱いだところで、ほっとして寝台に座り込んでしまった。
「団長様……、いや、それは忘れよう」
気づくと団長様の言葉や態度を思い出してしまって、どうしても他に思考が向かない。まだお昼で、お店を開けようと思えばできる時間なのに、ずっとぼんやりするわけにはいかないし。
何より、聞かない限りは団長様の真意がわからない。でも聞くのは怖いから、忘れるのだ。
むにーっと自分の頬をひっぱり、痛みで少し正気に返る。
「そう、竜のこと。竜のことをどうにかする方法を……」
でもとりあえずは、火竜が登場した時の被害は抑えることができたんだ。
それを思うと、ちょっとにやけてしまう。
初めて魔女の力で、そうなるべき運命を変えられたという実感があった。
「お祖母ちゃん私、やったよ……」
だから思わず、そんなことをつぶやいてしまったのだった。




