火竜とこんなところでエンカウントとか
竜が出た。
それは魔女が竜の力を使い、呼び出したものだ。
その目的は、設定資料でも明かされていない。とにかくそのままだと竜は、タナストラの町を襲い、不自然な動きからタナストラは、アーレンダール王国の陰謀だといちゃもんをつける材料にしてしまうのだ。
このままではタナストラとアーレンダールの紛争の種になってしまう。
だからシグル騎士団の団長様が、その特殊能力で竜を留め、タナストラにほど近い山で竜と戦うのがこのクエストだ。
団長様がその山にした理由はいくつかある。
半分精霊でもある竜にとって、その山は竜の動きを阻害することのできる力があること。
特殊な鉱石が産出するのだけれど、火の力を弱める、氷の精霊力が満ちているらしい。
ゲームでは、四階層に区切られたステージで、階層ごとに設定された小ボスを倒すと、その力がさらに強まることになっている。氷の精霊力を食べる魔物が、巣食っているからだ。
倒し方が悪いと、精霊力が弱まるというめんどうぶり。
そして竜は強くなるので、倒しにくくなる。
……まぁ、倒しても、タナストラはいちゃもんをつけてくるんだけどね。
竜は最初にアーレンダールではなくタナストラを通過して、そちらの森に炎のブレスをひと吹きしているので。
でもうちは関係ないと主張して優位に立つためにも、竜の討伐は必要だ。
よって騎士団による討伐が行われるんだけど。
「その前に、森とかの被害が!」
派手で美しいとレイラ―映像では、竜が暴れまわっていた。
シグル騎士団の城の周囲でも、だ。
どうしよう。何をするべき?
「むやみに攻撃して、ヘイト稼いだらこの森に降りてきちゃうし、ソラを呼んで聞くにも、今ここでパンケーキ作れないし!」
そう言っている間にも、竜は炎を吐こうとしている。
一度、団長様の竜のブレスを観察していたから、前兆がわかったものの。
「何か魔法、とりあえず吹き飛ばし……ん?」
炎の向きだけでも変えられればと思って、魔力にものを言わせて森に風の盾の魔法でも使おうかと思ったけれど。
ステータス画面を開いたところで、右に出て来た怪しいボタンの点滅に目を止めた。
「チャンネルD……」
君は、ドラゴンチャンネル!?
もうなんでもいい。とにかくあの竜が撹乱できればそれで万々歳だ。今回の場合、相手が大きすぎるせいで、こっちの声が間近で聞こえたところで、場所が特定しにくいはず。
私は息を吸ってからボタンをぽちっと押す。
そしてありったけの声で叫んだ。
「わあああああああっ!!」
《火竜:ひっ!》
突然大声が聞こえて竜がびっくしりたように口を閉じ、あちこちをぎろっとした目で見まわしている。
ふ、やった……。突然びっくりさせられたら、火を吹くどころじゃなくなると思ったんだけど、成功したようだ。
これを、団長様が駆け付けるまで続ければいいんじゃないかな?
そうしたら被害も広がらない。そして私がありえない魔法を操ったとか疑われたりもしないはず。
よしもう一度だ。
火竜が口を開けたところで、私は叫んだ。
「わああああああ!」
《火竜:うぐっ、げふっ》
吐こうとした息をのみ込んで、むせたようだ。
でもそれで火竜が怒ったようだ。
《火竜:ごほっ、なんだこれは!》
火竜は怒り心頭というように、上空を向いて咆哮を上げた。
「わっ!」
声にも衝撃波があるんだろうか、木々が大きくしなって、私もその場に倒れる。
でも思わず上げた声で、火竜は私の居場所に検討をつけたようだ。
《火竜:この辺りにいるな……?》
しまった。衝撃波の範囲は広いけれど、ある程度の居場所が絞り込めてしまった。
しかも火竜は大きい。
《火竜:ふざけるなよ……。タダでは殺してやらんぞ……》
ひぃ! 表示される言葉が怖すぎる!
次いで、火竜は風を吐き出した。
私は慌てて逃げ出す。
まだ離れているのに、風圧だけ木々の間を抜けて届く。転びそうになって近くの木にしがみつき、止んだら離れて行こうと思ったけれど、今度は火竜が息を吸う。
《火竜:人の匂い……。こんな真似をするのは、人間の魔法使いか》
え、うそ私の匂い? いや、さっきの人達もいるし、他にも森の中で採取している人がいるかもしれない。
私はチャンネルの通信を切って、考える。
「…………精霊の盾。使えるよね」
このままでは、他の人が犠牲になる。
私は上級魔法の精霊の盾を発動した。
ふわっと私の周囲に四種類の精霊が現れて、周囲に宝石のカットのようなきらめきを持つ透明な盾を発生させた。
「次はこれ!」
思い切って中級魔法だけど、氷の槍を発動。火竜に当てた。
少し離れている騎士団の城からは、きっと見えないだろう場所、竜の足に。
火竜が「つめたっ!」というように、氷槍が当たった左足をひっこめて、発生源を探した。
……一瞬、火竜と目が合った気がする。
いや、間違いない。まっすぐにこっちを見続けている。
「せ、精霊。水の盾」
《精霊A:おっけー!》
周囲を覆っていた空気の膜が、水色に淡く輝く。
それでも足りないのではと不安にかられて、私は風の盾もぽちっと発動。
その一秒後に、火竜の攻撃が来た。
「…………!」
火竜のブレス。でも人間は一人だし、しかも私を侮ってくれたので、火線のように細いものだったから、まだ威力はそんなにない、と思いたかったけど。
風の盾でなんとか火が弾かれた。
でも勢いが殺せなくて、火が分かれだけの状態になって、周囲が火の海になったように見える。
ほんのり気温が上昇した気がした。たぶんこれ、精霊の盾が無かったら熱かったはず。
そして火が途切れた後、まだそこに立っている私を見て、火竜が顔をゆがめた気がした。
「なんで死なないんだとお思いですよね……」
なにせ周囲は、火に焼かれて木も草も黒焦げ。瓦礫みたいに樹がくずれて見晴らしがよくなった一画に、ぽつんと私がいるんだもの。
もちろん火竜はまた口を開いた。
今度こそ全力のブレスが来る。え、わりと本気で無傷のまま止められるの? 精霊達は、
《精霊A:来いよ……》
《精霊B:今度は二重の精霊力で迎え撃つ!》
《精霊C:……火じゃ僕役にたたないー》
《精霊D:なんとか風もがんばるね》
とむちゃくちゃやる気だし、勝手に精霊の盾が三色に輝いたけれど、私は怖い!
上級魔法の初使用相手が竜とか、ちょっととんでもないですから!
逃げ腰になったところで、火竜がふと視線を動かした。
え、誰か他に人を見つけたの? 一瞬ぞっとしかけたけれど、私の視線の先にもその人が見えた。
騎乗しているのは小さな竜だけど。乗っている人物の髪の色は銀。
団長様だ!




