魔法の訓練は夕刻に 2
氷槍は、やっぱり五つ出て来た。
そして飛んで行った先にある木々が樹氷みたいなことになってしまう。
団長様は数秒黙ったので困惑したんだと思う。その後で静かに意見を述べた。
「……見られていたら、その商人には名のある討伐者か魔術師だと思われただろうな。むしろ茶を売っていると言ったら、怪しすぎただろう」
「ですよね」
団長様の言葉にうなだれる。本当に見られてなくて良かった……。
「それで、どう加減する気だ?」
「実は加減できそうな方法を思いつきまして! 風の盾を使ってみるので、普通かどうか確認していただけますか?」
攻撃魔法は、ゲーム画面で様子を確認しているのでどうするべきか知っている。だけど防御魔法。これが一番怪しい。弾かれるという説明をゲームでされていても、ほんとうに飛んでいくのか、少しだけ弾かれて終わりなのかがわからないからだ。
「風の壁、流れ……」
私はステータス画面に表示された呪文を読み上げる。けれど途中で止めた。
それでも私の周りを風がとりまく。ふわっと緑の色が時折見える。前回よりは輝いていない感じ? さっと色のついた風が見える程度だ。
団長様は近くの木の枝を拾うと、私が受け止められる程度に軽く投げた。
けれど風の盾に当たって、弾かれて近くに転がる。
「これなら普通だな」
「本当ですか? やっぱり何も考えずに使うと、危ないんですね……」
三節ある呪文のうち、二節までで止めたら普通になるようだ。良かった。
「お前が考えずに使うとどうなるんだ?」
「ちょっとやってみますね」
私はぽちっとボタンを押して風の盾を発動した。うん、やっぱり風の緑色が妙にキラキラしている。団長様が枝を投げると、バットをフルスイングして打ち返したように、空高く、遠くへ飛んで行ってしまった。
「…………非常識だな」
団長様が呆れたように飛んで行った先を見つめた。
「今ようやく、差がひどいことがわかりました……」
普通だと思っていた私が、おかしかったんです。今よくわかりました。
本当に人前で見せてなくて良かった。危ない危ない。
「きっとこれ、初級の盾もひどいことになってますよね」
「使うのはやめておけ。もしくは弱めて使え。この分だと上級もどうなるか怪しいな。城から異変が見えるのは避けたいので、それこそ生命の危機の時だけの使用にするように」
「了解しました」
それからは火球の魔法を弱める方法にチャレンジしてみた。
「乾燥に使える魔法を編み出したいんです」
「何のスキルだったかは忘れたが、熱風を作りだす魔法があったように思うが」
「魔道具師ですねそれ」
ゲームではなかったものだけど、この世界にはあるドライヤー魔法がある。考えてみればゲーム内ではお風呂もドライヤーも必要ない。だからなくても不自然じゃなかったんだよね。
でも考えてみたら、冷蔵庫を開発しておいて、ドライヤーにできる魔道具が開発されないわけがないのだ。入浴した後の髪をすぐ乾かしたいと思うのは、自然なことだろう。
「でもそれを使うと、風で葉っぱが飛んでしまうんですよね。もっとこう、さっと水分を飛ばせるように熱だけ加えるとか、そういう乾燥方法があればいいんですけれど。何か弱めて使えそうなものないですかね……」
じんわり温めて乾燥を早めたい。
むしろ脱水が出来たら良かったのだけど。魔法で作るお茶だから、酸化とかいらないものね。でも脱水に相当する魔法ってなさそうだ。
結果、魔法は上手く行かず、団長様に鍋に入れたまま熱風の魔道具でどうにかできないのかと提案された。そっちを試してみるしかないか……。
でも乾燥させることへの情熱を語ったからか、団長様がほっとしたように言った。
「お前が、ずいぶん急いで強くなろうとしているように思えてな……。茶のことばかり気にしているのを見ると、少し安心できるな」
最初だけドキッとしたけれど、お茶のこと気にしてると安心って、どういうことなのでしょうか……。あれかな。お茶を淹れている間は変な魔法使ったりしないから?
「私、そんなに変な方が安心できますかね? 例の事情のこともありますから、子供みたいに守られていてばかりでもダメですし、強くなりたいのは自然だと思うんですけれど」
そう言って笑うと、団長様は「わかっているんだがな」と言いながら、魔法を強制終了した私の頭に手をやる。
「お前が子供だったら、色々なことを考えずに済むんだろうが」
色々ってどういう……。
私はちょっと身に余るようなことを想像してしまう。いや、ありえない。行きがけにみんなからぬるい視線を向けられたせいで、意識しちゃっただけで。
だってそうでしょう?
団長様は結婚したくないという話を、私にも聞かせただから。私ともそうなる気は全くないはず。なのに意識されたら迷惑でしょ。
と思った私だったけれど、団長様が髪の流れにそうように、撫でていった。
「だん……」
「私も、ずっと騎士団に居続けられるかどうかはわからない。お前も例の事情と、契約のことがある限り
は私から離れることはできないだろう。ただお前は大人だからな。お前を連れて行きたいと言い出す者が出て来た時に、私は止めようがない」
あ、そっちですかと私はほっとした。
主従契約をしているのに、誰かに結婚の申し込みをされることがあっても、返事が出来ない事情があるから、団長様はどうしてやればいいのか困ってるのね、と。
だけど団長様。たぶんそんなことはないと思います。
今も男性が多い場所にはいるけれど、皆さん仲良くしてはくれるけれど、そういうそぶりを見せる人は一人もいないもの。
それに……。
「でも団長様との契約が終わらない限りは、私はどこにも行きません。行く場所も思いつかないですし、誰も私のこと誘いに来るそぶりもないですし」
そう言って笑ったら、団長様がその名前を口にした。
「……フレイはどうなんだ」
「はい?」
少しどきっとした。
今の私にとって、最も接近していると感じる人は、団長様かフレイさんだ。すると続けて団長様が、とんでもないことを口にする。
「今日、フレイの手を振り払わなかったと聞いた」
「……み、見て……」
まさか見られていたのかと思った私に、団長様が「イーヴァルだ」と教えてくれた。
「な……な……」
誰が見ていたにせよ、恥ずかしすぎて逃げ出したくなる。竜や馬に同乗するとか、必要があって接触する場合にはそんな風に感じなくなってきたけれど、あれはだめ。日常の中で、フレイさんの接近の仕方は色仕掛けの範囲だもの。
ただしあれは、私に言うことをきかせるためのもので。
だけど私が振り払えなかったのは確かで……。少し、フレイさんの側にいて接触が多かったから……慣れは確かにあった。不安にさせたから、仕方ないなという気持ちも。
私だって、ヘルガさんが目の前で飛び下りたら、必死になる。外に出るのすら不安になって、建物の屋上に洗濯物を干しに行くのもさせないようにするんじゃないかな。
「あの、フレイさんは私のせいでちょっと不安定なだけで……だからたぶん、そのうち落ち着きますよきっと。別に私のことをどうこうっていうわけではないと」
「もし、そうだったらどうする気だ?」
「え?」
団長様がそう言いながら、私の手を握った。
「恋愛という意味で、自分のものにしたいと言われたらどうする」
ありえない、と言いそうになった私の口を、団長様の人差し指が塞ぐ。
「まだ私はお前を手放す気はない。場合によっては私のものだと主張する。それはお前の望みどおりだろう?」
私は頭の中で、理解が追いついてなかった。
団長様は、他の人が私を好きだと言っても、私がそれにうなずくのは許さないということ? というか、そもそも私、秘密を抱えている状態で団長様以外の人と親密になるのは問題があると思うし。
でも団長様。
飼い主って意味だと思うけれど、恋愛の話の続きで、私のものだとか、手放さないとか……勘違いしそうで怖いですよ?
言葉のあやだと思うのに、顔がかーっと熱くなるのを感じる。
唇に触れる、団長様の指先のせい?
とにかく団長様の指から離れるようにして、うなずいた。おでこに突き刺さったら、さすがに恥ずかしいので小さくだけど。
でも団長様はそれが満足できる回答だったのかな?
「では帰るぞ、ユラ」
そう言って団長は話を打ち切り、待たせていた竜のヴィルタの方へ歩いて行ってしまう。
私は数秒固まったままうごけなかったけれど、もう一度いつも通りに呼ばれて、慌てて団長様の竜へ駆け寄った。




