商談成立!
「まずはどれくらい商品として流せそうなんですか?」
ヨルンさんの質問には、今の備蓄分を答えることにする。
「今日のところは小袋二つ分くらいでしょうか。なのでごく少数になってしまいますけれど」
小袋に入った紅茶は、おおよそ1キログラム程度だと思う。
また一樽分を散布するとか、必要があった時のために多めに確保している。通常時はこれでも十分だ。一袋あたり、500杯の紅茶をふるまえる量だから。
でも行商をしながら遠くまで行くヨルンさんとしては、少ない量だと思う。
「私、ここで一~二週間ほど商売をする予定なのですが、その間に量は増やせますか?」
「ちょうど量産について今研究しているんです。それが上手く行ったら、小麦一袋くらいはご提供できるかと」
小麦一袋は25キロぐらいある。
後でするヘデルを紅茶に変化させる実験が上手くいけば、沢山ヘデルを取って来てもらう交渉をイーヴァルさんにして、代価と引き換えに、素早く大量の紅茶の材料を手に入れられるだろう。
そうしたら三日程度で樽一つ分、用意できるはず。
合間に自分も採取に行けば、数週間でかなりの備蓄も作れる。
意外とヘデル茶やドゥルケ茶や赤花の仕入れにお金がかかるので、巡回ついでの採取の代金だけでどうにかなるのなら……。いや、イーヴァルさんのことだから、人件費とかでけっこうとられるかな?
騎士さん個人に頼むと、騎士団としての行動中に副業をさせることになるから、いくら規範がゆるいファンタジー世界でも嫌がられるだろうし。
一方ヨルンさんは、それでいいと判断したようだ。
「わかりました。まず今日は一袋。そしてさらに小麦一袋分を売っていただくとしたら、どれくらいのお値段になりますか? この珍しいお茶については、王都で高く売れるとみていまして……っと」
ヨルンさんは懐からメモと炭筆を出し、さらさらとお値段を書く。
「小袋1で金貨十枚でいかがですか?」
「きんか……」
金貨!
叫ぶところだった! 危ない危ない。
でも金貨十枚ってすごい。おおよそ20万円。
小間物屋をおばあちゃんと運営している時も、そんな金額は滅多に見たことがない。
ていうか、前世で見かけたことのある紅茶1キロのお値段って、二千円とか三千円とかそんな感じだったはず。この世界に存在しないお茶とはいえ、そんな金額をもらっていいんだろうか……。
そもそもこの店、紅茶一杯300円で出してて。私の人件費のこととか考えると、カップで提供するより茶葉の方が高い結果になるんでは?
私はもう少し安くても……と言いかけたが、イーヴァルさんが口をはさんだ。
「この茶に関しては、魔法薬として考えるべきでは? 一杯分を回復薬一つと考えると、本来なら5クレスぐらいが相当するかと思うのですよ。そうすると金貨12枚に銀貨5枚が適正では?」
ちなみに5クレスは、前世日本の500円くらいの価値がある。
軽い傷を治す回復魔法が使える人は多い世界なので、回復のポーションなどはそれくらいのお値段だ。
ヨルンさんは20万円を提示し、イーヴァルさんが今、25万円が適正だと言い出したのだ。
確かに回復薬として考えたらそうだけど。
「え、ちょっと待っ……」
「新しいものですからね、あまり高すぎても手を出してくれるお客がいなくなります」
「しかし睡眠以外では回復できない気力が改善できるとわかれば、もっと高くても手を出す者は出るでしょう」
私を置いて、どんどん商談を進めていこうとするイーヴァルさんに、私はもう一度ストップをかけた。
「待ってください。むしろ高すぎてびっくりしてます!」
「え?」
「うそでしょう?」
振り返った二人は、私に驚きの目を向けた。
「うそじゃないです。そもそも私、広めたいと思っているので。ヨルンさんの金貨10枚でもかなり高いです」
「しかしこの店での一杯が5クレスですよ?」
イーヴァルさんの言葉に私はうなずく。
「そこにはすぐ飲めるお茶として出す、私の手間賃なんかを含めているんです。回復薬もそうですよね? だけどこれはお茶の葉だけです。せめて半分……」
「安すぎになりますよ?」
買う側のヨルンさんにまで不安そうに見られて、私もちょっと心が揺れる。
「効果がわかれば、必ず売れますから!」
イーヴァルさんにまでそう押されて、私は迷った。
「う……そうしたら、最初のヨルンさんの提示額にします!」
カップ一杯分のお茶から換算した値段の、半分より多い。
「だけど量産がもっとできるようになったら、さらに値段を下げます。庶民のお家でも、時々飲めるぐらいに広めたいので……」
そう主張すると、ヨルンさんとイーヴァルさんは折れてくれた。
「私はそれで問題ありませんよ」
「生産者がそう言うのですし、低すぎるということもないのでまぁいいでしょう。ただ量産にも限界があるかと思うので、流通させるのは、まず富裕層からとなるでしょうね」
イーヴァルさんもいろいろ言いながらも、うなずいてくれたので良かった。
私は明日になったらもう一度、契約書を持って来るというヨルンさんを見送った。
「ああ、明日……金貨10枚……」
急にお金が手元に入ると思うと、どうしたらいいかなとぼんやりとしてしまう。量産失敗したら、それを元にして茶葉を仕入れればいいかな?
一方のイーヴァルさんは、ほくほく顔で後から出されたお茶を飲んでいた。
「これで材料採取にもお金が出せそうですね。きっと私どもにご依頼なさるんでしょう? なにやらヘデルを大量に欲しがって森へ行ったと聞きましたよ」
イーヴァルさんがにっこりと微笑んだ。
あ、まさかそれの利益を見込んで値を吊り上げました?
イーヴァルさんの方が抜け目ないなぁ。




