お茶を売りましょう
ついでに商品の販売をしたいというヨルンさん。
騎士さんの従者がまずは、イーヴァルさんのところにヨルンさんを案内することになった。イーヴァルさんが経理関係を握っているからだ。
「その間に、団長か誰かに確認をとっておいたらどうだい?」
そう言われて、私はひとまず団長様を訪ねることにした。
上着や手袋を外して、お店に出られるようにしてから団長様達のいる棟に移動する。
「これから開店かい?」
ちょうど入り口から出て来た、壮年の騎士さんに声をかけられる。喫茶店の常連になりつつある人だ。
「はい、もうちょっとしたらお店を開けますので!」
答えた私は、ひとまず喫茶店の中に採取したヘデルの入ったカゴを置いて、それから団長様の執務室へ向かう。
そういえば、お茶を届ける以外で、一人で団長様の執務室を訪問するのって初めてかもしれない。
ちょっと怖気づくけれど、仕事の話なのでしないで済ませたり、黙って置く方が良くないのだ。
扉をノックした。
「すみません、ユラです。ご報告がありまして参りま……」
最後まで言い終わる前に、扉が開いた。
慌てて前から退けると、団長様が自ら開けてくれたことがわかる。ドアノブを掴んだ団長様が、ほっとした表情で私を見下ろしていた。
「どうしたユラ。何か採取で問題があったのか?」
「いえいえ。そちらは大丈夫ですはい。むしろ人助けしてきまして、それに絡んでご報告が」
「とにかく聞こう」
そう言って、団長様は執務室に私を入れてくれた。
執務室にはちょうど誰もいなかったようだ。そういえばイーヴァルさんは、今頃ヨルンさんの商売のために呼び出されているのだった。
「怪我はしなかったのか?」
「はい。いただいた魔法書で上級まで魔法を覚えられたので、その辺りは完璧でした。魔力が沢山あるからと思って、採取中はずっと風の盾を発動し続けまして。それでぶつかって来た動物も弾かれて、どこかへ飛んで行ってくれましたので」
話すと、団長様の目が、心配から呆れたようなものに変わった。
「魔力については確かに、お前の量なら延々かけ続けても問題ないだろうが……。動物が飛んで行った?」
「大きなネズミがこう、突進してきたと思いましたらぽーんと空高く」
何かおかしいだろうか。風の盾って、敵の攻撃を風で弾くことで、命中率下がったり攻撃ダメージを減少させるんだよね?
でも団長様は、噛んで含めるように私に教えた。
「ユラ。風の盾で動物を、空高く弾き飛ばすのは、かなり習熟していないと、ありえない」
「ありえない……え」
ないんですか!?
なぜ団長様が、呆れた表情をしていたのかがわかった。
しまった……。魔法のダメージ軽減値とか、魔法の文字説明のことは思い出しても、リアルに置きかえたらきっとこれぐらいできちゃうんだろう、としか思わなかった。
「普通の人間なら、その動物はぶつかって後ろに転がる程度になる。誰にも話さないか、人前で使う場合は弱める方法を考えろ。さもないとすぐにお前の異常がバレる」
「はい……」
あああ、教えてもらって良かった。このままだったら、フレイさん達の前で「私は平気ですよー!」と言いながら、バシバシ魔物を弾き飛ばしてみせるところだった。
危ない。
「お前の魔法は、逐一観察して普通の対応を教えるか、使わないようにさせるべきかもしれないな」
団長様は考え込む。
「え、使えないのは困ります。なんとか抑えます! 攻撃魔法もちょっとマズイので、抑える方法を考えないと危険な感じなので」
「攻撃魔法も?」
「実はですね……」
私は先ほど、ヨルンさんを助けた時のことを話した。
覚えたてだったら一本しか出てこない氷槍の魔法が、五本も出て来たことを。
「それで、商人さんは助けることもできて見られるのもなんとか避けられたんですが、ちょっと人前で使うとマズイ感じになりまして。初級魔法を覚えた時は、そんなことはなかったんですが」
そう、初級の魔法書を買ってフレイさんに見せた時には、普通だった。実に初級らしい感じの火球の魔法や回復の魔法だったのだ。
「違いは一つだろう。初級の魔法を使った後に、クー・シー達に魔法陣を壊させて魔力を吸収しただろう。あのせいで使える魔法の威力が跳ねあがったのではないか?」
魔力を吸収すると、スキル練度が勝手に上がるような作用があるとかそういうやつですか? でもレベルは全部1のはず……。
唸る私に、団長様が肩を叩きながら言った。
「近日中にお前の魔法がコントロールできるものなのか、確認しに行くことにしよう」
「はい、お願いします」
確認してもらうのも、団長様以外には頼めないので有り難い。
「それでですね。助けた商人さんにお茶を飲んでもらう約束をしたのですが、いいですか?」
「問題はないだろう。魔法薬のようなものだとだけ言っておけばいい」
「ありがとうございます」
団長様の許可をもらったので、私はさっそく喫茶店に戻り、お湯を沸かして扉の札を『開店中』にしておく。
ヨルンさんが来るまでの間は、採って来たヘデルを水洗いしておいた。鍋が二つあるのでそれに葉だけを入れていく。
その作業が終わるころ、ヨルンさんがイーヴァルさんと一緒にやってきた。
「おお、騎士団の城に店があるのはとても新鮮ですね」
驚いた様子のヨルンさん。
確かにこういうお城にお店が営業しているのは珍しいだろう。前世の記憶がある私にとっては、役所にコンビニがあったり、果てはカフェがある風景も見たことがあるので、騎士団の城にあってもいいよね? ぐらいの気持ちだった。
「騎士団の城の中にあるのは、店主のお茶が魔法薬と同じ扱いの代物だからですよ」
「なんと!?」
イーヴァルさんが説明をしてくれて、ヨルンさんは驚く。
「お茶が魔法薬……というと薬草のような?」
「そうです。効果は疲れが取れるというものですけれど。基本のお茶をお出ししますので、飲んでみてください。お代は結構なので、味の感想を教えていただきたいんです」
私は説明するよりも飲んでもらうべき、と普通の紅茶をヨルンさんに出した。
「それではありがたく」
お茶に口をつけたヨルンさんは、
「ほう、良い香りですし味も悪くない……」
味の感想を口にし出した途中で、言葉を止めて目を見張る。
「これは……確かに魔法薬ですな。すっと疲労が取れるこの感覚は、なんとも病みつきになりそうな」
「騎士の皆さんでも、確実に気力の回復が測定石でも確認できています。めずらしいですよね?」
私がそう言うと、ヨルンさんはしきりにうなずいた。
「すごいお茶ですよ。これは一体どこで生産しているものなのですか? できれば手に入れたいぐらいに珍しいですし、売れば必ず買う人が沢山いるでしょう」
ヨルンさんの言葉に「かかった」と私は心の中で思った。
「私が魔法で作っているんです。まだ少量しか生産できないんですけれど、ゆくゆくは色んな人に広めていきたいと思っていまして。まずはこの騎士団にいらっしゃった方に、この『紅茶』の良さを知っていただこうと思っているところなんです」
あまりにも売りたい感を前面に出さず。でも売る気があることはわかるようにしてみる。そうしてヨルンさんからぜひと言ってもらいたい。
そう言ってもらえるものを作れていたのなら、ヨルンさんは力を入れて確実に広めてくれるだろうし、商売について疎い私が商売の相手でも、あこぎなことはしないだろうと信じられる。
そこでイーヴァルさんがつぶやいた。
「なるほど……販売のお話ですか」
振り向けば、イーヴァルさんの目がきらんと光った気がした。




