ホットケーキはAです
まずはホットケーキの確認。
《紅茶ホットケーキ:精霊のおやつA》
「精霊のおやつA?」
Aって何だろう。でも精霊のおやつについては、魔法の薬的な効果がないせいなのか、それ以上の説明はないんだよね。
精霊に聞くしかない。
お昼後はお客さんが沢山来てくれるだろうから、その前にサクッと終わらせよう。
幸い、今日はお湯の上でゴブリン精霊が二体も踊ってる。
たぶんこれ、水の精霊と火の精霊なんだと思う。小人みたいな衣装にチェンジした二匹は、首に赤い花輪と、青い花輪を身に着けてた。
……魔力吸収で変化したんだろうけれど、この変化の過程も謎だ……。
「よーし、クッキー使用!」
ぽちっとなーと、精霊のおやつを使用。
せっかくなんで二体どっちもに使用する。二匹はくるっとこちらを向き、出していたクッキー二つに大喜びでしがみつく。
ぱりぱりと食べて行く精霊達。それでお腹がふくれたりもしないのだから、精霊の胃は異次元なんだろうか。
食べ終わるとお決まりのフレーズがきた。
「お願いなーに?」
「お願いあるー?」
「このパンケーキでソラを呼べるかな?」
Aとついているのだから、普通のクッキーよりも良いか悪いかどっちかだ。だめなら枚数を聞けばいい。
すると精霊達が声をそろえて答えてくれた。
「えっとねー、あと二枚!」
今のソラはパンケーキ三枚で召喚可能なんだ?
「ちなみにクッキーだと何枚?」
「さんじゅー」
ソラ、値上がりしすぎでしょ!
なんかどこかのホストに会うため、貢いでいるような気がしてきた……。
いやいや、ファンタジーな存在に会うなら、特別なアイテムってのが必要になるでしょ? それがたまたまお菓子だっただけで。相手が上位の存在になったら、クッキーからランクアップしなくちゃいけないのは普通だろうし。
「よし、夜にしよう」
ソラは団長様に会いにくいみたいだった。それにゆっくり話したいこともある。
私は喫茶店をしまうときに、パンケーキの材料とクッキーを、居住している棟の台所へ運んだ。
夕方、私の様子を見に来て店じまいを見届けたフレイさんが、何につかうのかと聞いてきたけれど。
「お菓子の試作品を作りたいなと思いまして」
「研究熱心だね」
とフレイさんは言ってくれた。
研究はしてますが……ええ、喫茶店に出すものでは……いや、出してもいいのか? 精霊のおやつとして使わなければいいんだもんね?
今度は紅茶クッキーも出すことにしよう。あれ、精霊にちょっとしたことを尋ねたり、ソラを呼び出してもらうのに使ったりと、なかなか重宝するけど、余ると私一人で消費していたので、ウエストのサイズがですね……ちょっと心配になりつつあって。
そうだ。メイア嬢もこういうの好きかな? 紅茶自体が私しか作れない代物になってる世界だから、香りとかを珍しがってくれるかもしれない。
食べる分には問題ないし、勧めてみようかな。
そんなことを考えていたら、フレイさんがそういえばと教えてくれた。
「公爵令嬢は、明後日には隣の領主から迎えが来るそうだ。ヘルガ達もそうだけど、ユラさんは討伐者として仕事もさせてるのに、召使いみたいに彼女のお世話をさせて申し訳なかったね」
「あ、いいえ気にしないでください。そもそも私、平民ですし」
身分制度がある以上、この世界で日本みたいな平等意識を持ち出したところで、生き難くなるだけだ。
むしろひっそり紅茶やクッキーを出して、味の感想を聞けるのはなかなかいい利点だと思っている。
美味しいって言ってもらえるってことは、私の紅茶が貴族令嬢にも通用するってことだもんね?
団長様も貴族様だけど、ほら、男性と女性って好みが違ったりするものだから。できれば女性の意見もほしいと思ってたからちょうどいいのだ。
……というわけで、この日の夕食の時に、メイア嬢に焼いた紅茶クッキーを数枚、一緒に出してみた。
「これ、私が作ったのですが、お口に合ったらどうぞ」
ドキドキしながら勧めてみた。
「まぁありがとう」
「あ、お食事の後でいいですよ。お好みと違ったら残して大丈夫ですから! そこも気になさらないでください」
無理に食べなくてもいいように、感想を聞いたりする前に部屋を退出しようとする。
じっと見てると「食べてほしい」という圧力になってしまうかもしれないと思ったので。見ていなければ、残しやすいものね。
それに残っていたら、メイア嬢の口に合わなかったってことだもんね。そうしたら、また貴族令嬢に出す機会があった時には、このクッキーは止めておけばいいもの。
ではではと部屋を出ようとしたところで、メイア嬢に声をかけられた。
「そういえば、私、明後日にはここからお暇することになりそうなの」
「あ、移動ができるようになったんですね。おめでとうございます」
メイア嬢が来てからまだ数日だけれど、好きに庭にも出られないし、不自由だっただろう。着る物だって、やっぱり質が悪かっただろうし。
元の生活に近い環境に戻れるのなら、安心できると思うので、お祝いを口にした。
「ありがとう。ユラさんにはお世話になったわ。感謝しています」
メイア嬢は私に歩み寄って、手を握って来た。
ふわんと暖かな手だ。細い指も滑らかな指先もすべてが妖精のよう。
背景が複雑じゃなかったら、きっと求婚者が列をなしただろうに……。いや、今からでも事情を飲み込んでくれる人が現れたらいいのにと思うぐらい、綺麗だ。
「いえいえ。お気になさらずに」
ご令嬢にそんなに感謝してもらえることはあまりしていないし、むしろひっそりとクッキーの味見をしてもらったりして、ちょっと申し訳ないなーとか思っていたので。
「お体を大事にしてくださいね。昨日の討伐でも、かなりお疲れになったのでしょう? 魔力にあてられたんじゃないかって話も聞いたの」
ん? 騎士さんの誰かが、そんな話をしちゃったのかな。
確かにクー・シーが魔法陣を壊した後、魔力が舞い上がっていた真っ只中へ行ったので、そのせいじゃないかと思われても仕方ない。というかそれぐらいで、特に疑惑を抱かなかったのならその方がいいんだけど。
「そうかもしれませんね。でも今日はすっかり元気になったので大丈夫です。では」
あんまり色々と話すと、うっかり口を滑らせそうなので、私は早々に退散したのだった。
もちろんその後、一人きりになった部屋でメイア嬢がつぶやいた言葉など、私には聞こえなかった。
「魔力が……ずいぶんと多い?」




