クー・シーにお茶の出前です!
団長様から本を買ってもらえることが決まった。
やった。どうやってフレイさんの目を盗んで、こっそり買いそろえようかと思っていたんだ。
買ったのを知られたらこの上なくフレイさんに警戒されそうで……。
戦闘に混ざる気なんですかとか(その通り)、こっそり単独行動するつもりですか(精霊が絡んだらそうなります)と問い詰められて、答えられない私の姿が目に見える……。
なにせ魔女としての力集め、これがいつまで続くかわからない。
たぶん今回だけで終わりではないと思う。だってまだ魔女のレベル15だし。レベル設定的にまだ初歩の初歩だ。
「なのになぜ、40レベル帯のクー・シーと関わっているのか……」
謎だけど、ゲーム通りに上手くいかないことはわかっているので、諦めた。
というわけで、朝からお茶づくりをしなくちゃいけない。
でも朝はヘルガさん達は街から来ていないので、メイア嬢のお世話もしなくては。
幸い、それを加味して出発時間は余裕を見てもらっている。
「おはようございます、メイア様」
ノックして部屋に入ると、貴族の家の召使いになった気分が味わえる。
元のままのユラだったら、どんなに食い詰める状態でもそんな真似はできなかっただろう。大人しくひっそりと、家の奥で飢え死にを選んだかもしれない。
中にいたメイア嬢は、既に起き上って衣服を変えていた。今日は薄紅色のドレスだ。可憐なメイア嬢にはとてもよく似合っている。
「お顔を洗うお水はここに置きますね。朝食は今持って来ますから」
「ええ、ありがとうユラさん。あの……」
メイア嬢は何かを聞こうとしたけれど、その時は「いいえなんでもないわ」と笑っていた。
けれど朝食を持って行った時、ぽつりと聞かれた。
「ユラさんも、何かの事件に巻き込まれて騎士団に来たのだと聞いたわ。あなたの方は、体は大丈夫なの?」
どうやら、私が昏睡状態で騎士団の城に運ばれたこと、それから居候になったことを誰かが話したみたいだ。
似たような状況だと知って、気にしてくれたんだろう。
「もう、だいぶ前のことですから。体は良くなってますので心配いりませんよ。でなければ仕事もしていられませんから。あ、そうでした。下膳はヘルガさんが来た時にしてもらいますので、私が来なくてもそのままにしてくださいね」
「それでは」
と私は言って、早々にメイア嬢の部屋を出る。
そのまま一階で、今度はお茶の準備だ。
お湯を沸かす時間が少しかかるけれど水筒に詰めるだけなので、導きの樹の精霊のために、一樽分用意した時よりもずっと楽だ。
水筒を準備したら、それを持って自分の部屋へ。
竜に乗るためにきちんと上着を着て、スカートの下にもズボンをはき、ブーツを履いて水筒を入れた鞄を斜め掛けにしたら準備完了。一応、万が一の場合を考えて、精霊のおやつになるクッキーと、お金も少々ポケットに入れておく。
森で遭難しそうになっても、強い魔物に遭遇しなければこれで助かるはず、のセットだ。
準備を終えて私は外へ出る。
団長の部下だという騎士さんが、私を待っていてくれた。
連れられて広い中庭へ行くと、既に竜や飛びトカゲと、騎乗する騎士達が待機している。
「ユラ、おいで」
言われて、私は団長様の元へ駆け寄った。
「宜しくお願いします」
「それはこちらの台詞だ。乗せるぞ」
と言って、団長様は私を小脇に抱えて竜に飛び乗る。
そして一行は空へ飛び立った。
向かう先は森の東。魔物が集まる地点だ。
「これで解決するといいんですが……。導きの樹の時と同じことになったらどうしましょう」
問題は、クー・シー達が魔法陣を壊した後だ。溜まった魔力がどうなるのか不安だ。また竜巻みたいになって、みんなに襲いかかったら困る。
「あの時と同じようなことになった場合は、一度地上に降りる。その方がお前も飛び降りなくて済むだろうし、隠すにも弾くにも、対応しやすい。念のため、クー・シーは魔物が集まる地点から少し離れたところに誘導して、茶を与えてもらいたい」
「わかりました。その方が皆さんも安全ですよね」
そんな話をしているうちに、目的地に到着してしまう。
近くには、既にクー・シー二匹がいて、近くに来た魔物を背中から羽のように生えて伸びる蔓で締め上げ、お食事なさっていた……。ごはんの時間でしたか。
彼らはすぐに私達に気づく。
《クー・シーB:あ、飲み物きた》
《クー・シーA:人間、こっちだ》
「お茶、お届けにまいりました」
相手が人間で建物の中だったら、レストランみたいな受け答えなんだけどなと思いつつ、私は団長様に、クー・シーから少し離れたここで滞空してもらった。
クー・シーに近づいてもらうことで、現場から少し離れることができた。
「今日は竜に乗ってますが、近づいても驚かないでくださいね」
《クー・シーA:大丈夫。昨日と同じお茶っていうのと同じ匂いする》
《クー・シーB:早く早く》
クー・シーBはあーんと口を開けて上を見た。
なんだか大きな犬を飼い慣らした気分になるけれど、相手は魔物だ。緊張感よ戻ってこい。
一度自分の頬をつねってから、予め魔力を込めておいたお茶を開け、クー・シーBの口に向かってお茶を注ぐ。
竜はさすがにクー・シーを怖がらないようで「おう、また会ったな」ぐらいの視線を向けつつ、かなり近くまで降りてくれていた。おかげで前回よりも、水筒を気楽に傾けられる。
クー・シーBはごっくんと、体に比べてささやかすぎる量のお茶を飲むと、ぶるぶると体を震わせた。水を飛ばす犬みたいだ。
団長様が竜を離れさせる。
《クー・シーB:んんー! これいい! あのめんどうな魔法にとられた魔力が戻って来た。魔物食べるより効率いいね!》
《クー・シーA:じゃあちょっと、あの邪魔なの壊しちゃおう》
「団長様、クー・シー達が魔物が集まる魔法を壊しに行くみたいです」
「約束通りか、良かったな。全員、騎乗したままそこで待機!」
団長様も竜をフレイさん達の側に寄せるようにして高度を上げ、クー・シー達の様子を見守った。




