ソラを再び呼び出したら?
「ふふふふ、はははははっ!」
私は夜の喫茶店で、高笑いした。
できた! クッキー三十枚、多めに焼いた!
全部精霊のおやつ!
一心不乱に作ったおかげで、人さまの膝の上に座らされた恥ずかしさとか、「言うこと聞けないのなら僕が飛び降りる」的なヤンデレ系脅しをされた衝撃は、だいぶん緩和された。
……ふぅ。
それもこれも身から出た錆……。ならば、考えられる最高の安全策。もしものためのセーフティーネットと情報を得ることが一番だろう。
というわけでソラを呼ぶのだ。これから行く現地について情報がほしい。
細かいことについては、プレイしてないので知識がないから。
「では儀式をはじめます……」
ステータス画面を出し、召喚の項目を出してポップアップを表示させる。
《召喚しますか?:要おやつ一個 Y/N》
「精霊、召喚!」
疲労のせいで頭の中がゆるくなったのか、黒歴史になりそうな技名を口にしてボタンを押した。
前回と同様、ぽんとゴブリン姿の精霊が卓上に現れた。
「よくぞ我が願いにこたえてくれた、精霊よ……」
ゲームの王様か何かみたいな台詞を口にすると、ゴブリン精霊が首をかしげる。
「おねがい叶ったならもういい?」
「だめー! まだ叶ってないの、これは言葉のあやってやつで!」
待って待ってと言うと、ゴブリン精霊はとりあえず上げたクッキーを抱きしめてうなずく。
そうしてクッキーをたいらげると「おねがいなーに?」と聞いてくれた。
「ソラを呼んでくれる? 貢ぎ物ならここに用意したから」
20枚きっちり重ねたお皿を見せると、ゴブリン精霊はうなずいた。
「わかったー」
精霊に言われるまま、前回同様に卓上に20枚を重ねる。
というか「ここじゃふんいきがいくない」と謎なことを言われて、喫茶店のお客さん用テーブルに展開。
今度は二重の円になるように並べた。
確かにこの配置……呼び出されるソラが強くなったっぽい感じがする。
精霊の指笛で、水場やかまど、飾っていた花からゴブリン姿の精霊ばかりがわっと集まって来た。
15体の精霊がクッキーを食べ、一斉にバンザイの体勢をとった。
「おいでおいで」
「来る来る」
「魔女が呼んでる」
「王様こーちらー」
精霊が口ぐちに唱えると、円の中の空気が揺らいだ。そして輝きを放った後……。
「お……?」
私はびっくりした。
以前より伸びた、すんなりとした白い素足と手に、もこもこの短パン丈の羊の着ぐるみを着たような……少年の大きさのゴブリンだった。
たぶん私と身長が同じ。
顔はあいかわらずゴブリン。前よりも顔に違和感がひどい!
「急成長してる……」
つぶやくと、ソラが答えた。
「君が強くなってくれたからね」
なんか少し声が低くなってる! しかも少年キャラっぽいかっこいい声で、さらに違和感が増えた!
「変声期!?」
「僕も成長したから」
ソラはあっさりと流す。
「それよりも何か聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
「あ、そうだ」
気がつけば外は真っ暗な時間だ。夕食の時間も過ぎかけてる。これ以上もたもたしていたら探されてしまうだろう。
急いでソラに聞いてしまわなくては。
「質問一つ目。明日、森の東部に行く予定です。そこに不自然なことに魔物が集合しようとしている場所があるんだけど、理由がわかる?」
「ああそれか」
ソラはゴブリン顔で、すがすがしい笑みを浮かべた。
「魔女のためだよ」
「魔女のため?」
「そう。君と精霊を融合させた人々は、魔女を作り出すことをまだ諦めていない。そのために必要な魔力を集めている。前のダンジョンもそう」
「あ、だから……」
実験をされたはずのメイア嬢を、あそこに残していたのか。何らかの形で魔力を集め、メイア嬢にその魔力を渡すため。
そこで私はようやくわかった。
森の警戒ラインを越えて来たゴブリン達。そして狂った精霊。あの事件を解決したときに私の魔力が激烈に増えたのは、もしかして同じようなことをしていたからだろうか。
だとすると。
「魔物が死ぬ数が増えると、その分だけ魔力が溜まる何かがあるの?」
「そういうことだね」
ソラがうなずく。
「ただあれも、受け入れる側にもそれなりの容量が必要だ。もし受け入れきれなかった場合は、魔力が多すぎて死んでしまう」
「え……」
だとすると、魔力を集めてもそれを渡すはずの人が死ぬ可能性がある?
ちらりとメイア嬢の姿が思い浮かんだ。
いや、彼女ではないだろう。もうこちらで保護しているのだもの。だからメイア嬢とは別の、実験で生き残った人がいるのかもしれない?
「どっちにしても、止めなくちゃいけないけれど……。私のお茶でどうにかなるのかな? ソラ」
「君のお茶か……。むしろ君が魔力を奪ってしまう方が楽そうだけど。ただ何らかの魔法の儀式を行っているのだから、それを壊せば魔力が集まらなくなるだろうね」
「壊す……」
むむ。おおっぴらにやるのは難しそう。明らかに私がおかしいってわかってしまう。
「みんなが集まりたくなるようなお茶で、罠に誘因しておいて、その魔法をこっそり壊すか……」
そんなお茶は、必死でまた開発しなくちゃいけないけれど。
「むしろ君には、その魔力を自分のものにしてほしいな」
ソラが私をまっすぐに見て言う。
「また強くなるってこと?」
レベルアップを望まれているんだろうか、と思ったのだけど。
「そう、強くなれる。たぶん君が思い描いていること、近しい人達を守ることも、アーレンダール王国を守ることもできるだろう」
「え……」
私は思わず息をのむ。
「ソラ、どうして? 私そんなこと、あなたに話したことがないのに」
だってそれは、アーレンダール王国が荒廃するとか、そういう未来がくる可能性があるっていう話でのことだ。ソラにも、私は前世の記憶のことなんて話したことはない。
言わなくても、考えを読み取れるっていうこと? それともソラは、もしかして……ゲームのことを知っている?
「どうしてそんなことを言うの? ソラは何を知っているの? そもそも精霊って何? まるで存在しないはずのゲームのプレイヤーみたいに戦うなんて、ありえないって……」
なぜだろう。
同じものを知っている人がいるのは、普通なら安心できるはず。なのに怖い気がした。
たぶん、ソラが私に強くなってほしいと願っているからだ。
私はゲームの最後の敵だった、魔女にはなりたくない。
だって完全な魔女になってしまったら、団長様に殺されてしまうかもしれない。今は魔女のスキルがあるし、いろんな数値がやたら高いけれど、完全にラスボスみたいな強さじゃない。
だから、私さえ完全な魔女にならなければこの国も大丈夫。みんなも無事でいられると思ったのに……ソラは私を魔女にしたいの?
「ユラ、ユラ落ち着いて」
いつの間にか体が震えていた。そんな私に、ソラがテーブルの上から降りて抱き付く。
私よりわずかに背が小さいソラは、肩を抱きしめるようにして私を腕の中にとらえた。
あたたかさは感じない。彼が精霊だからだ。
「大丈夫、信じてユラ」
ソラの声が、不安で震えていた。
「君の望みは必ず叶えられる。そのために必要な力というだけなんだ」
「必要……?」
私は、やっぱり魔女にならなくちゃいけないの?
その時は、団長様達を救えても……。
そんな疑問を口にしようとしたところで、喫茶店の扉のノブが引かれた。営業時間を過ぎているからと鍵をかけていたので、すぐ開かれることはなかった。
でも相手は鍵を持っているようだ。鍵が開けられる音がする。
「信じてユラ。僕達は君も守りたいんだ」
ソラはいつ扉が開くかわからないのに、ぎゅっと私を強く抱きしめてから消えた。
扉が開いたのは、ソラが消える直前。
だからもちろん。
「今のは……」
厳しい表情をした団長様に、ソラに抱きつかれていた姿が、見られたわけで。




