誘い
応接室での顔合わせを終えた後。
アルヴィンは一人、王城の廊下を歩いていた。
今日初めて会ったレオ皇子。
そしてアリア王女。
どちらも噂とは違う人物だった。
特にアリア王女は——。
氷の王女様。
そんな呼び名から想像していた人物とはまるで違う感じがした。
凛としていて、聡明で。
どこか近寄り難い雰囲気はあるものの、不必要に他人を拒絶するような人ではなかった。
(さすがは王女殿下だな)
そう思った時だった。
「アルヴィン殿」
背後から声が掛かる。
振り返ると、そこにはヴァルディア侯爵が立っていた。
「ヴァルディア侯爵どうかなさいましたか」
「少々お時間をいただけますかな」
穏やかな笑みだった。
断る理由もなく、アルヴィンは頷いた。
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案内されたのは王城の一室だった。
暖炉には火が灯され、室内は暖かい。
向かい合って腰を下ろす。
すると侯爵は早々に口を開いた。
「本日は引き受けていただき、感謝しております」
「レオ皇子の補佐の件ですか?」
「ええ」
侯爵は頷く。
そして何気ない調子で続けた。
「実は、陛下へアルヴィン殿を推薦したのは私なのです」
アルヴィンは少し驚いた。
「侯爵が?」
「はい」
侯爵は当然のように微笑む。
「若く優秀で、王国への忠誠も厚い、
レオ皇子の滞在を支えるには最適な人物だと思いましてな」
なるほどと、アルヴィンは納得した。
確かに王国側と帝国側の橋渡し役は必要だろう。
自分が選ばれた理由も理解できる。
「その期待に応えられるよう努めます」
そう答えると、侯爵は満足そうに頷いた。
「アルヴィン殿ならそう言ってくださると思いました」
そして紅茶を一口飲み、ふと視線を向ける。
「ところで」
その声音が少し変わった。
「アリア王女殿下をどう思われましたかな」
唐突な質問だった。
アルヴィンは少し考える。
「素晴らしい方だと思います。噂だけでは分からないこともありますから。
実際にお会いして、よりそう感じました」
侯爵は静かに頷く。
「やはりそう思われますか」
「ええ」
「でしたら——」
そこで侯爵は意味深に微笑んだ。
「王配になるおつもりはございませんかな」
アルヴィンは意味がわからず固まった。
流れる沈黙。
「……何を仰っているのです?」
思わず聞き返していた。
侯爵は動じない。
「そのままの意味です」
「王女殿下には婚約者がおられます」
「敵国の皇子ですな」
アルヴィンの眉が僅かに寄る。
侯爵は続けた。
「私は王国の未来を案じているだけです。
アストレア帝国を信用できますかな?」
「王配とは、いずれ王を支える重要な存在」
「その立場を他国の人間へ委ねることに、不安を覚える者も少なくありません」
つらつらと話すヴァルディア侯爵。
アルヴィンは静かに息を吐いた。
そして真っ直ぐ侯爵を見る。
「失礼ですが」
穏やかな声で伝える。
だがその言葉には、はっきりとした意思があった。
「王女殿下は物ではありません」
侯爵の目が細められる。
「誰と生涯を共にするかは、ご本人がお決めになることです。
私が口を挟む話ではないでしょう」
さらに続ける。
「ましてや、婚約者がおられる今そのようなお話をするべきではありません」
部屋が静まり返った。
やがて、ヴァルディア侯爵は小さく笑った。
「まじめなお方だ。本日の話は忘れてください」
「最初からそのつもりです」
その返事に、侯爵は声を上げて笑う。
「これは失礼しましたな」
アルヴィンは立ち上がり、一礼する。
「では、失礼いたします」
そうして部屋を後にした。
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扉が閉まり、室内にはヴァルディア侯爵だけが残った。
老侯爵は窓の外を見つめる。
静かに降る雪。
そして小さく呟いた。
「若いのぉ」
アルヴィン・クロフォード。
誠実で真面目な青年。
王国を愛し、王女を敬い、正しいことを貫こうとする男。
だからこそ選んだ。
レオ皇子の補佐役として。
そして——アリア王女の傍に置く者として。
侯爵は薄く笑う。
今はまだ、その気がなくとも構わない。
人の心は変わる。
特に若者の心など、ほんの些細なきっかけで。
「さてと」
老侯爵は紅茶を手に取る。
「いつまでその正論を貫けますかな」
その呟きは誰にも届かなかった。




