やり残したことリスト
その夜。
ユキナが思い出した“やり残したこと”を聞いた俺は、テーブルにメモ帳を広げ、ボールペンを握っていた。
時刻は午前三時を回った頃だろうか。窓の外はまだ真っ暗で、新聞配達のバイクすら走っていない。静まり返った部屋の中、電気だけが白々と部屋を照らしていた。
俺はメモ帳に書かれた文字を見つめる。
・遊園地に行くこと
・学校に行くこと
・旅行に行くこと
たった三つ。
あまりにも少ない。
いや、少なすぎた。
青春をやり直したいと言うわりには、欲がない。
もっとあるだろう。
友達とカラオケに行きたいとか、文化祭とか、海とか、花火とか。
「他にはないのか?」
俺は顔を上げて聞いた。
すると、向かいに座っていたユキナは少し困ったように笑った。
「うーん……私はこれができれば満足かな」
満足。
その言葉が妙に胸に引っかかった。
まるで。
“もう十分です”と言っているみたいで。
それ以上望んではいけないと、自分に言い聞かせているような顔だった。
「遠慮するなよ」
思ったより強い声が出た。
ユキナが少しだけ目を丸くする。
「せっかく思い出したんだろ。もっとないのか? なんでもいい。行きたい場所とか、やりたいこととか」
するとユキナは少し考えるように視線を泳がせた後、小さく笑った。
「……優しいね、アキトさん」
「別に」
「でも、大丈夫。ほんとにこれくらい」
そう言って、彼女は困ったように微笑んだ。
その笑顔が。
どうしてだろう。
少しだけ、悲しそうに見えた。
胸の奥がきゅっと痛む。
ユキナはいつも明るい。
騒がしくて、うるさくて、テレビを見ながら笑って、しょうもないことで茶化してくる。
だけど。
そんな彼女が時々、ふっと見せる表情がある。
全部を諦めてしまった人みたいな顔。
“どうせ私は死んでるから”
そう言われている気がして。
たまらなく嫌だった。
俺は視線を落とし、拳をぎゅっと握った。
「……全部やろう」
「え?」
「遊園地も、学校も、旅行も。全部付き合う」
ユキナがぱちぱちと瞬きをする。
「いいの?」
「いいも悪いもないだろ。俺が手伝うって言ったんだ」
正直、不安はある。
金も余裕があるわけじゃない。
バイト生活だ。
生活費を切り詰めてなんとかやっている。
遊園地も旅行も、決して安くない。
でも。
このまま何もしないで終わる方が、ずっと嫌だった。
ユキナが消える。
そんな未来を考えるだけで、胸がざわつく。
もし本当に成仏してしまったら。
この騒がしい毎日が終わる。
「ただいま」に「おかえり」が返ってくる生活も。
テレビを見ながらくだらない話をする時間も。
全部。
なくなる。
……いや。
何考えてるんだ俺。
成仏できるなら、それが一番いいことじゃないか。
そうだ。
これはユキナのため。
俺が寂しいとか、そんな話じゃない。
「……ありがとう」
気づけば、ユキナが泣きそうな顔でこちらを見ていた。
「ほんとに、ありがとう」
「泣くなって」
「泣いてないし」
「涙出てる」
「これは湿気!」
意味がわからない。
でも。
そのいつもの調子に、少しだけ安心した。
俺はメモ帳を閉じた。
「じゃあまずは――遊園地からだな」
その瞬間。
ユキナの顔が、ぱっと明るくなった。
「遊園地!?」
「そんな驚くことか?」
「行ったことないんだもん!」
少し早口になっている。
ああ、本当に楽しみなんだな。
「ジェットコースターある!?」
「あるだろ」
「観覧車は!?」
「ある」
「コーヒーカップ!」
「ある」
「チュロス!」
「知らん」
「やったーーーー!!」
勢いよく立ち上がったユキナは、部屋の中を高速でゆらゆらし始めた。
浮いてるから動きがうるさい。
「楽しみーーー!」
その姿を見ながら。
俺は少しだけ笑った。
こんな顔をするんだな。
心の底から嬉しそうな顔。
……連れて行ってやりたい。
そう思った。




