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緩やかな風が吹くあの場所で

お題   : 緩やかな風

必須要素 : セリフ無し

制限時間 : 1時間(即興小説バトル参加作品)

 涼やかな鈴鹿川のほとりを車から降りて眺めていると、緩やかな風が私の頬を撫でた。

 景色の一つ一つが鮮明に色づいて、フルカラーなパノラマの如くどこまでも広がる感覚。

 あの場所で感じる風の感触がたまらなく好きだった。


 それが犯行動機なのだと。そう、男は語った。


ーーーーーー


 私たちは崖の上にいた。

 そこは普段は誰も近寄らない場所だった。崖の下は大波小波の坂巻く荒れた海。落ちたらまず上がってこれない危険な場所として地元住民には知られていた。


 もちろん私たちとて、用もなくこんな場所に好きこのんで訪れているわけではない。

 私たちがここにいる理由。それは我々の視界の先、つまり崖の先端に立ち尽くすトレンチコートの男のせいである。

 男がこんな場所まで延々と逃亡を続けたから、私たちがそれを追う羽目になったのだ。

 私たちは警察で、男はとある事件の容疑者だった。


 時刻はもう夜になりかけていて、今にも夕陽が海の向こうに落ちようとしていた。

 男は地平線から漏れ出るわずかな夕陽の輝きを背に、こちらを見つめ返してくる。

 その顔には諦めと悲しみ、そしてわずかばかりの執念が混じっていた。

 逃げられないと悟りつつ、こちらに同情と許しを乞うている。それでいて、こちらがスキを見せればいつでもこの場を逃げて切り抜けてやる。そんな表情だった。


 しばらくはお互いに近づけず、足元の危うい崖の上で牽制し合うような状態が続いた。

 下手にこちらから捕まえようとすれば、相手が逃げようとした拍子に崖の下に墜落してしまう恐れがあった。それだけは絶対に避けなければならない。


 沈黙はいつまでも続くかのように思われた。

 陽が落ちて視界が悪くなったらお互いに面倒なことになる。

 そんなことをふと思っていた、その時だった。


 緩やかな風が吹いた。

 海からゆっくりと流れてきた、潮の混じった一陣の風。


 それが合図になった。

 男がさっと目を押さえる。風が目に染みたのだと分かるのは、私たちも同じ反応をしそうになったからだった。結果的には、相手から目を逸らすまいとする執念が場の明暗を分けたのだと思う。

 怯んでしまった男をみて、私たちは捕獲の好機と見てとった。


 軽くパニックになった男は顔を腕で隠しながら、あろうことか私たちのほうに突進してきた。

 やぶれかぶれなのは一目瞭然だ。

 男は容易く組み敷かれ、あえなく私たちに取り押さえられたのだった。


ーーーーーー


 男には、業務上の横領容疑がかかっていた。

 とある銀行で複数の大口預金者の口座から大量の金が消失しているのを調査した私たちは、ほどなくしてこの男に容疑の目を向けた。

 それはなぜか。

 大して給料もなくそれなりの稼ぎしかない彼が、ある時点から急に高額の不動産資産を少しずつ購入しはじめたのが分かったからだ。

 明らかに横領が始まったと思われる時期と重なっていたのが、容疑の決め手となった。

 横領で得た金がそこに使われていると考えるのは自然なことだ。

 男は私たちに問い詰められると分かりやすく取り乱し、逃亡し、そして身柄を確保されるに至ったのだった。

 事件はすべて解決した。


 だが、分からないことがあった。それは男が購入していた不動産のことだ。

 妙なことに男は、住んでいる町にあるマンション、アパート、ビルなどの高層建物の最上階にある部屋をかたっぱしから購入していたのだ。

 なんのためにそんな行動を起こしたのか。

 それは横領なんて大それたことをしでかしてまで、やりたいことだったのだろうか。

 単なる投機目的だったのかもしれない。しかし私たちから見てそこにはある種の病的な執念すら感じられた。


ーーーーーー


 それから数日。

 何度となく行われた取り調べに対して、男が語ったのが冒頭の陳述である。

 

 この街は昔は自然豊かで素朴な田舎だったが、近年の乱開発で急激に都会へと変貌を遂げた。

 そのことが男には気にいらなかったらしい。

 

 彼が昔から好きだった鈴鹿川の景色は、今は街並みに遮られて見えない。

 あの川のほとりに吹く緩やかな風も、今のこの街では感じることができない。

 だから男は、あらゆる建物の最上階を買い占めた。

 もう一度あの風を浴びるために。そしてあの風を一人占めするために。

 それはあまりにも身勝手な動機だったと思う。


 調書の最後には男の負け惜しみがメモとして残されていた。


 ――海から来る風のせいで逃げそこない、自分は逮捕された。

 ――やはり風は、あの川に吹くものに限る。


【後書き】

 今となっては自分でもラスト部分がよく理解できていない作品。

 作中の犯人の述懐は「そうはならんやろ」とつっこみたくなるのだが、書いてる最中の私の中では整合性が取れていたらしい。

 高層建築物の最上階には、川の風は多分届かないと思うのだが。


 まあ即興小説はフィーリングだから、これでええんやで。

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