はるかぜとともに
お題 : 2つの凶器
必須要素 : 京都
制限時間 : 1時間(即興小説バトル参加作品)
暖かな春陽が辺りを包む。
毎日の散歩道には冬の面影が消え、身を撫でる風にはどことなくぬくもりが感じられる。
三寒四温と巷では言うのだったか。
ここ最近は寒い日と温かい日が交互にやってきては、季節の主導権を握ろうとしている。
まだまだ厚着をやめるには薄ら寒いが、じきに状況も変わるのだろう。
春はもうすぐそこまで来ている。
私は近所の公園を目指して歩いていた。
自宅の窓の外から、公園の桜が咲きかけているのが遠目に見えていたからだ。
特段に花を愛でる趣味はない。
自然を美しいと感じる感覚がことさら備わっているわけでもない。
だけれどここ最近、世界はめくるめく変化に追われて、先の見えない日々が続いている。
そんな時代だから、なんでもいいから、優しいものが見たくなる。
美しいなにかに触れてみたくなる。
現実逃避と呼ぶには大げさだ。
私が抱えている不安なんて、世界からみれば大したことないに違いない。
それでも私にとっては大したことなのだ。きっと誰だって同じはずだ。
だから私は公園を目指した。
気晴らしくらいにはなるだろう。
目指すはさほど遠くない場所だ。あと数分も歩けばたどり着く距離だ。
どうせなら自転車やバスに乗って、もっと遠出するのもアリだったかもしれない。
歩きながら、そんなことをふと思う。
三十分もあれば、上賀茂神社あたりに立ち寄れたはずだった。
京都が誇る桜の名所の一つ。
きっとその光景の美しさに圧倒されることだろう。
もっとも、私ごときの気分を晴らすのに名所の威景を借りるまでもない。
花の良し悪しに分別があるわけでもなし。近所の桜で十分だ。
そのようなとりとめもないことを頭に想い浮べながら歩いていると、ほどなくして公園に着いた。
徒歩五分もかかってはいまい。
それでも、なんだか一ヶ月分ほど歩いたかのような錯覚がある。
思えば通勤というものをしなくなって久しい。
目的の桜の花は、すぐに目に留まった。
桜色といえばピンクのイメージだが、私の目に映る桜の花びらはどちらかというと白だった、
そよ風に揺れる花びらは、陽光を反射しているかのようにちらちらと輝いて見えた。
特段迫力があるわけでもなく、圧倒的に美しいわけでもない。
湧き上がる感動があるわけでもなかった。
それでも、見ているとなんだか不思議と心が休まるような気がしてくる。
温かい気持ちが沸いてきたのかもしれないし、陽光が体を温めてくるせいかもしれなかった。
なんにせよ、わざわざ来た甲斐はあった。
別に劇的でなくていい。こんなものでいいのだ。
世界に対する不安は、幾分か軽くなっていったと思う。
しばらくは花見感覚で毎日散歩してみるのも悪くないかもしれない。
そんなことを考えていると、ふと目から一筋の涙がこぼれていた。
◇◇◇
この日、私は思い知った。
春は決して温かいだけの季節ではないのだと。
涙が止まらない。
咳もたまに出る。痰も出てるっぽいぞこれ。
花粉。
黄砂。
春が人類に対して鉈のごとく振るう二つの凶器。
世界への漫然とした不安はすでに消え去り、我が身への具体的な健康不安に替わっていた。
春なんて嫌いだ。
【後書き】
「二つの凶器」というお題はいかにもホラー向きなので、逆張りしてのどかな話を書こうというのが出発点になった作品。
というより執筆当時の世界情勢がやばすぎて、意地でも明るい話にすると挑戦前から決めていた記憶がある。
前半は世界の美しさを描写しつつ後半はナンセンスなオチになったが、それも当時の社会不安に対するせめてもの抵抗であったのかもしれない。




