3.致命の一打と、ギルド崩し【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「…エ?…はぁッ!?」
「…ア"ァン?」
まるでプツッと何かが途切れたようだった。
一瞬の静寂の後、沙多は素っ頓狂な声を上げる。
近藤も首を傾げている様子から、相手の仕組んだ罠ではない事は明らか。
――敵の魔法かアイテム!?
――ベルの体力ほんとは切れてた!?
――操作ミスってログアウトした!?
可能な限り頭を回すが、どれも肯定できない。
敵の攻撃なら、相応の予兆や演出が生じる。そもそもプレイヤーを消す術など沙多は聞いたことがない。
体力もこのゲームはゼロになった瞬間、プレイヤーは泡となって消える。例外となるスキルやアイテムはあれど、今のベアルにそれが可能なはずがない。
ログアウトも戦闘中は不可能となる。また、ベアルはああ見えて学習は早い。
沙多が教えた事項には従い、余計な操作はしない筈だ。
「…まさかッ」
そこで唯一の可能性が脳裏によぎる。
――『ほう、電気とやらはここで役立つのかっ。今までそやつの意義を理解していなかったな』
それはベアルの家へ赴いた時に聞いた一言。
当時は聞き流したそれも、嫌な意味を帯びてくる。
「電気止められた!?電気代払ってないんッ!?」
あり得るッ!ベルならあり得るッ!!と、沙多は握りこぶしを作る。
何せ浮世離れした場所に住まう彼だ。言動から見てもインフラのあれこれに詳しい訳がない。
***
「ムッ!?ここは――吾が根城かッ?」
目を開くと、廃墟寸前の景色が悪魔を迎え入れる。
電灯も無い夜中。畳の上でVR機のみが発光する違和感がえげつない。
本来ならば寝そべるか、椅子にもたれ掛かる姿勢でプレイする所を、何故か仁王立ちで意識を飛ばしていたベアル。
その驚異的なバランス、立ち姿のまま頭から機器を外す。
覗き込んだ画面からは『通信エラー』の文字を残してシャットダウン。
奇しくも沙多の予想は外れてはいなかった。
「…不可解であるな、『おんらいん』への道が何故断たれた?」
が、当然悪魔にそれが理解できるはずもない。おまけに文字も。
加えて沙多から「あんま勝手に弄らないで」と言いつけがある為、ベアルに出来ることは少ない。
「妹君は未だあの『げぇむ』であろう、ならば明朝を待つのみかッ?」
或いは現実の沙多の住処へ赴こうかと考えたその時、ベアルはとある異変に気付く。
「…吾の魔力が――枯渇しているッ?」
電力によって賄われるゲーム機やネットワーク。
当然それを利用するには電気代が必要で、ベアルも例に漏れない。沙多はそう思っていた。
だが事実は少し違う。
悪魔は自身の魔力を無理やり動力として、ゲームをプレイしていた。
電力に限らず水道も同じだ。沙多が訪れた際、廃墟同然の住処にも関わらず最低限の生活基盤が整っていたのは、彼の一人の生命エネルギーによるもの。
魔力が枯れれば全てのインフラを失う。そういった制約の元、ベアルは『ルシフェル・オンライン』をプレイしていた。
「これが原因かっ?致し方あるまいッ、魔力の生成と貯蔵を優先せねばならぬ」
山吹色から深緑にグラデーションした長髪。その毛先を束ねる七つの水晶――いつの間にか透明色から黒く濁ったそれを全て解く。
次にベアルは胡坐をかいて座り、意識を集中。極度の瞑想状態へと移行した。
***
「大事な時にガチで言ってる!?てかリアルで大人しくしてるよね!?ゲーム機叩いて直そうとか思ってないよね!?」
「――ぶハハはははッ!なんだァ?お笑い枠かよッ!?」
ベアルが消え、頭を抱える沙多を近藤は笑い飛ばす。が、次第に口角が下がった。
「つってもシラケんなァ、せっかく盛り上がってきたってのによ」
悪魔が居てこそ脅威があった戦い、彼が去ればどちらが優勢なのかは明白。
裏ギルドの面々は、敗北が遠ざかり嬉々とした感情を表に出す。それが普通だ。
しかし近藤は哀の感情を浮かべた。
「ガキ潰してお終ェとか、エンディングにゃ不釣り合いだ。それとも尻尾巻いて逃げっかァ?」
「…は?舐めんな、ベルがいなくてもアタシはやる。元々そのつもりだし」
――ベルと出会って、何かが変わるかも。
――これまでの全部が報われるかも。
――ベルに任せれば、しんどい思いをしないで済むかも。
そんな思いは少なからず、確かに沙多の中にあった。
悪魔に依存し、甘えれば楽に次のステージへ進める予感が。
だが沙多は元々この世界で孤独だった。
一人、『ゲームを楽しむ』という範疇から外れ、苦しみもがいて今がある。
「アタシがアンタを倒すからっ」
故に、今更その覚悟が揺らぐ事などあり得ない。
沙多は杖の切っ先を突きつけ、迎撃に移る。
「おいおい勇ましいじゃねえかッ。んじゃァせいぜい良い声で泣いてみろや!」
だが相手は裏ギルドの団長に加え、側近には手練れの腹心。
さらに彼女らを囲むように、辺りには敵味方の勢力が入り乱れる。
各々が自分の生存のために必死だ。助けてくれる存在はどこにもいない。
敵が一歩目を踏み出すと同時に沙多もバックステップ。
引き際に地面へ魔法を打ち込んで火柱を生み出すが、真っ直ぐ突っ込むほど相手も愚かではない。
回避で二手に分かれた影、沙多が先に対処するのは近藤――ではなく速さが最も優れた、アサシンの如き側近。
刹那の空白から一気に間を詰め、ナイフで彼女の首を狙う。
これには杖を棒術の要領で振るい、カバーできない隙は重力魔法を極小の範囲で発生させる。
腕や足を的確に狙い、動きを僅かに鈍らせて防御。
「横がガラ空きだぜッ?」
だが間に近藤が割り込む。
【完全強化付与】による効果のピークは過ぎているものの、効果は絶大だ。
近藤の居る辺り一帯を重力強化で鈍くし、さらに杖を挟んで防御するものの、全てを振り切って沙多に一撃をお見舞いした。
「洒落臭ェッ!!」
「――ガハッ!」
直撃は免れたものの、石畳を激しく転げて体に痛みを刻んでいく。
杖を落とさずに握りしめていたのは幸運だ。
震えた手足で起き上がろうとすれば、一人がナイフを投擲。
ダメージが蓄積した沙多には避けきれず、腕に一筋の赤い線を作る。
「終わりだ」
「なにを――」
ナイフの持ち主だった側近は勝利を告げる。
その相手の意味を沙多は理解すると同時――口から何度も血を吐き出した。
「ゲホッ、ゴホッ…毒!?ゴホッ」
即座に悪化する様態。鼻血が噴き出し、目眩が発生。呼吸も困難になり喉へ手を添える。
遂にはバランスすら保てなくなりドサッと床に這いつくばった。
「随分あっけねぇなァ、最初の動きにゃ期待できたんだが…」
恐らくこれで主戦力は全て削いだ。あとは敗残兵の処理のみ。と、近藤が意識を周囲に向けると――再び白い閃光が視界の端で迸った。
「なにッ!?」
咄嗟の回避で近藤は身を捩る。しかし大柄な彼の身体が死角となり、側近の一人は反応が遅れた。
響いたのは、パンッとプラズマの弾ける音。
沙多の主力である魔法、【フレア】だ。
「…二人目ッ」
「おいおい、どうやって生きてやがる。普通は死ぬだろが」
渾身ではなく、さらに防御されているとはいえ、与えたのは強化付与されたギルドマスターの衝打。とどめに死に至る毒も喰らっている。
その時点で近接に弱い魔法職ならば、致命傷どころか泡となって消えているべきだ。
「元が近接主体か…?だがフレアの威力は魔法専門の…いや待て、なんで重力魔法も使えてやがる」
本来、沙多の容態は瀕死であるはずだが、反撃を許した。
つまり【魔導士】職のスキルを扱え、【祈祷師】職のスキルも扱え、おまけに解毒まで可能。
それが許されるのは――。
「テメェ!占星術師か!?」
職――【占星術師】。
通常ならば各々の職には、固有の必殺技や、膂力に俊敏性といった肉体への補正が存在する。
一方で、占星術師という職種はこれらの強力な恩恵を、何一つとして受けられない。
しかしこの制約と引き換えに、ある特性を有する。
それは――あらゆるスキルから数種類だけ選び、セットしたものを最上位の練度で行使できる事。
補足すると件のスキルの他に、【武芸師】から近接に対応できる護身の【棒術】を沙多は拝借している。
「んで治癒師の技をパクッて回復か、んなマイナーな職なんざ忘れてたぜ」
「あ~きつ、バレんの速いっての」
沙多は苦虫を噛み潰したように呻く。
占星術師は、初見の相手に対しては手札を悟られず滅法強く出れる。が、正体が割れれば器用貧乏に過ぎない。いわば初見殺しが本領のバトルスタイルだ。
「テメェら気を付けやがれ、このガキャ、占星術師だぜェッ!?」
故に大声で周囲に知らしめれば勝ち目は消える。
両手の指で数え切れないほどの敵勢が、しかと忠告を聞き届けてしまう。
仮に近藤が負けたとしても、その場に残るのは手札がすべて割れた少女だ。
出来ることが限られた上、何をするか明確な相手など、プレイヤーにとっては赤子に等しい。
対して味方の数は、いつの間にか片手で事足りてしまうまで減っていた。
戦闘不能か、或いは撤退したのだろう。
戦える者は、沙多を除いて存在しなかった。
「うわ…最悪…っ」
「こりゃァ、詰みだろ。それともテメェにも切り札はあるってかァ?」
まさしく孤軍奮闘。加えてまだ近藤の手札は残っている。沙多にとっては凶報でしかない。
対して勝ち筋が濃厚となった敵は、安堵と歓喜の一途。
天恵を叶えた未来を想起し、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「――なら僕が見せるしかありませんねぇ、切り札を」
そして悪意の熱が渦巻く中、やけに鮮明に聞こえる声に、全員が視線を奪われた。
そういや新堂の友人こと無所属プレイヤー三人の見せ場はほぼ無いです。
一人は瓦礫に圧殺され出オチ。
↑地味にヒーラーの役割も出来た。開幕で死んだの痛手すぎ。
一人は描写外でやられてる。
↑崩落時、どっかに武器落とした。素手で頑張ったけど無理だった。
一人はこの場に居合わせてるけど、そこら辺で瀕死になってる。
↑今後ますますのご活躍をお祈り申し上げます。




