1.盛者に群れる【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
空に差し掛かる斜陽、夜の前兆を緩やかに知らせる頃。
連立する街灯が郊外への先を照らす。
「いい?アイテムはこうやって取り出すのっ」
「ムッ、面妙な…無から物体が現れるとは…」
「インベントリはいつでも使えるわけ、自分の手が届く範囲は自由自在だから練習して!」
沙多はベアルに『インベントリ』の使い方を教えていた。
このゲームは道具を亜空間に収納し、任意に取り出せる。
リュックサックなどを必要としない便利なシステムだ。
「妹君よ、この動作は必須であるのか…?」
「めちゃめちゃ重要よ?これで回復薬とかすぐ出せるし」
だが非現実的な概念。
コテンと首を傾げ、理解に苦労する悪魔。そんな巨躯の影が夕焼けに伸びる。
いっそ原始的に、鞄を持ち歩く方が馴染みあるらしい。
「いやぁ、こうしてみるとホントに初心者なんだなって実感しますねぇ」
二人の前を歩くのは新堂。企みを話し終えた今、作戦決行の為の舞台へ先導する。
街道を歩くその背中はしみじみとしていた。
「だから言ったじゃん。ベルは何も知らん初心者だって」
「であれば、『業値』もご存じでないと?」
コクンと頷く沙多。
それは『ルシフェル・オンライン』のプレイヤーなら誰もが知る用語。
当然、知ると知らないとでは天地の差がある。
これはマズイと口を開く新堂。今まさに解説を始める――
「……ヨオ?」
――刹那、人影が現れた。
数にして四人。足並みも揃えぬ雑踏にて取り囲まれる。
「なあ、遊ぼうぜ?」
装備はバラバラ。目的も不明。そして上機嫌に、獲物を舐め回すような視線。
これに沙多と新道は、即座に判断する。
PKだと。
「…沙多さん、この世界で犯罪って、最近しましたぁ?」
「はッ?しとらんし」
「なら『業』の値はゼロと…」
とはいえ茶を飲み交わすが如く、呑気に続ける新堂。
ある種、仰々しい口頭に沙多は奇異の目を向けた。
「なら死亡になっても、罰金は軽傷で済みます。良かったですねぇ」
――だが理解した。
このアクシンデントを都合よく、ベアルの解説の場に向けているのだと。
沙多は訝しげから、納得の表情に変化。
「てめーら何コソコソ言ってやがる」
ただ相手は律義に待つわけもない。
一触即発の剣呑。いや、既に敵の脚は地を蹴り出していた。
沙多は隣へ目配せ。悠然とした態度の新堂だ、何か策があるだろうと窺う。
「あ、戦闘は任せます」
「ふざッけんなしッ!」
が、丸投げだった。教鞭を取っただけで動かない。
怒りを放ち、一手どころか三手遅れで戦闘態勢に移るが――
「フム、『かるま』とやらの知見は得たぞッ」
悪魔の右腕が唸った。
ブンッと空気を掻き分け、水平に薙ぐ。
まるでテーブル上のグラスを四つ、叩き落すようにまとめて粉砕。
数メートル以上の距離を飛び、敵は泡沫化していく。
「ベルありがと…って、殺しちゃダメじゃね?業値減っちゃわん?」
「この場合は正当防衛です。こちらに非があると見做されません」
「あぁ、今のでも無罪判定なんのね」
「そもそも犯罪者が相手であれば、問答無用で無罪なんですけどね」
新堂はインベントリより手帳を召喚。ゲームの設定機能を司るそれを、ペラリと開示する。
「このページの、この箇所がゼロであれは平常です」
無地のページに書かれた、無機質な黒インクの表記。
それが犯罪者か否かを決める境界線。
この数値がマイナスであれば、正式なギルドへの加入は不可能。
死の代償も重くなるなど、様々な制限がある。
「だからベルは『インベントリ』使えんて」
まあ、操作に不慣れなので確認する術は無いが。
――――――
――――
――
「新米がいきなり対人、しかも裏ギルドが相手で大丈夫かよ」
「まぁ蓮が保証してんだし大丈夫だろ」
「タッパはデケェな……外国人?筋肉もすっげ…」
やがて郊外に立つ、今は古い発電所らしき施設。
錆び付いた匂いがくすぐる場にて合流し、頼れる傭兵との顔合わせが始まる。
「職は【戦士】。獲物は槍だ」
「【暗殺者】の状態異常特化」
「守る事に関しては任せてくれ、俺が【聖騎士】だ」
新堂とは旧知の仲なのか、気負いは存在しない。
そんな各々が語る自己紹介。職種の構成を語る様は、矜持があるのか自信に満ちていた。
「で、二人は?」
「ベルは【格闘家】…多分」
「…"多分"?」
「だって何選んだか、ベル自身も分かってないもん」
「……マジで初心者の中の初心者かよ」
準備時間にてベアルがゲームに疎い事は知れ渡っている。
さりとて印象はやはり強烈で、ややざわつく一同。
「じゃあ嬢ちゃんは?」
「アタシ?アタシは【占星術師】」
そして場の騒然さは加速した。
「はあ!?マジで言ってる!?」
「そんな職で大丈夫か?」
「【占星術師】ってあの…」
飛ぶのは苦情の嵐。
面々は表情を崩すほどの驚愕を見せる。
「――お二人とも、強さは備えています。心配なさらずに」
やがて新堂が話を中断。
お互いの交流もほどほどに、ギィッと軋む金属製の扉を開く。
「では、行きましょうか。敵のアジトはこの先ですよぉ」
***
まるでアリの巣だった。
迷路のように、通路は何重にも枝分かれ。
「ねぇ~誰か一番後ろ代わってよぉ…」
無機質で殺風景。そんな狭い坑道を十分以上歩いている。
先頭に傭兵三人。次に新堂とベアルが続き、殿が沙多の六人パーティ。
それに飽きたのか、一言を呈する。
「せっかくの通路壊しながら進むなし…」
否、飽きたのではなく苦情を訴えていた。
人が通ることはあれど、人外が通ることは予想外の通路。
これを頭身が規格外であるベアルは、中腰で進む。
「つっても嬢ちゃん魔法系なんだろ?先頭は向いてねえよ」
「そうなんだけどさぁ」
声だけ聞こえる前方は、悪魔の巨躯で埋め尽くされ見えない。
狭そうに手をつき、頭をぶつけ、壁や天井全ての触れた箇所に亀裂を産む。
最後尾の彼女だけ、唯一パラパラと降り注ぐ破片を被る事態だ。
これに不満を表すも、正論には勝てなかった。
「ねえこれ、どんくらい続くん?」
「本拠地まで三十分以上は掛かります。事前に地図もお渡したでしょう」
曰く、まだボスが構える城に入ってすらおらず道中だという。
「…とはいえこのままでは退屈なので、一つお話でもしましょうか」
「なに、何の話?」
「最近PKが増えたと思いませんかぁ?」
ほどよい緊張感は持ってもらわねば困ると、声音を入れ替える新堂。
「先ほども襲撃に会いましたね?――実はこのPKが増えた原因こそが、裏ギルドを崩す発端です」
ここで新堂、「さて何故でしょう」と問いかけた。
パンッと軽く手を叩き、教師さながらな振る舞いだ。
「…もう吹っ切れてんじゃない?『もうどんだけ業値減ってもいいや~』って」
「驚きました、正解です」
手をヒラヒラと投げやりな沙多。
それでも合ってはいたらしい。
「補足するなら業値の減少に対する、明確な対策があるからです」
「――それが『れあえねみぃ』とやらか?」
「ご明察です」
新堂はベアルに拍手を送る。
プレイヤーについて回る業の値は、二度と戻らない。
一度ゲームオーバーになろうと、罪を懺悔しようと、徳を積もうと、その数値は一生刻まれる。
「――積もりに積もった罪の負債。これを帳消しにするなら、天恵でしか成し得ない」
しかしこのゲームには常識を覆す力が、夢を叶える力が与えられる。
「つまり、『どうせ強盗や殺人の代償を消すのなら、襲えるだけ襲っとけ』という風向きらしいですねぇ」
「…だから殺人増えてんの!?」
「えぇ、これを焚き付けている勢力が、今回僕らが狙う裏ギルドです」
ほへ~と息を漏らす沙多。
「お金とかアイテム、ノーリスクでカツアゲし放題じゃん」と、納得の声を上げる。
「だからアンタも珍しく戦うんだ?」
「――だって邪魔だし、ムカつくでしょう?人の資産を狙うなんて」
「私怨マシマシじゃん。おもっくそブーメランだし」
新堂の瞳が一段と光る。
いつもはニヒルと深淵を映す瞳だが、確かな感情が籠っていた。
「そういやベルがこのゲーム始めた時も、初心者狩りに襲われてなかった?」
「ム?そんな輩が存在したか…?」
「嘘でしょアンタ…」
誰かに悪意を持って狙われるという経験は、大きな心的外傷を負う。
ましてや『ルシフェル・オンライン』は痛覚がある。
人間不信となる例や、ショックのあまり病院に運ばれた例すら存在した。
だが悪魔にとっては些事らしい。
「ベルってガチでメンタル強いよね。人間離れしてない?」
人外と知る由もない沙多は、素直に褒め称える。
現実と変わらぬボロボロの革ジャンとダメージジーンズが映った。
「あれ?ベル、なんかイメチェンした?」
「ム?『いめちぇん』とは何を指すのだ、妹君よ」
すると妙な違和感を覚える。
山吹色から深緑へグラデーションする長髪。それを七つに分け束ねる髪飾りが、何だか異質に感じる。
「――そういや、嬢ちゃんは何で『妹君』って呼ばれてんだ?」
「――イメチェンと言えば、僕らが狙うボスなんですが…」
だが暇な移動時間を埋めるために、次から次へと何気ない会話で流れていった。




