2.敵地に降りて、ギルド崩し【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「テメェが一番乗りか、まぁそうだよなァ」
「うっへぇ、勘弁してくださいよぉ。僕、戦闘職じゃないんですから」
ベアルが迷子になる少し前。
新堂は既に近藤のもとへ辿り着いていた。
彼の職種は錬金術師。大部分が石で覆われたこのアジトとは相性が良く、物質の【分解】と【構築】スキルを巧みに操り、自在に道を作れる。
――だが、バトル向きではない。
攻撃の手段は一応無くはない。が、彼はそれらに能力を割かず、アイテムや武器の生成といった分野を伸ばしたプレイヤーである。
彼が肩を竦めてみせる通り、現時点で肌に傷を作っている。避けられない戦闘では苦戦したことを物語っていた。
「じゃあ尻尾巻いて退散でもすんのかァ?」
「いやぁ、ありえないでしょう」
否定と共にゴトンッと、インベントリから重厚な鉄塊を召喚。
新堂がそれに手を触れると、瞬く間に鋭利な杭状へ変形。そのまま弾かれたように、心臓へ向かって破竹の勢いで伸長させた。
近藤はこれを見越していたように素早く回避行動。空を切り壁にヒビを入れる。
しかし、その一回だけで攻撃は終わらない。
鉄杭の幹となる部分が変形。まるで蛇のようにジグザグと伸長を繰り返す。
「素材をリサイクルすんのはいいが、直線的な攻撃だなッ」
だが人間の限度を上回る動体視力で読み切っていた。
身を捻り、首を傾け、踊るように躱して見せる。
やがて逃げ場がない壁に追い込まれると、次には拳を握る。
「んで伸ばす度に強度が落ちるってなァ!?」
喉元を狙う鉄の一閃。それが彼へ届く寸前――近藤の打撃が横から幹を叩きつける。
バリィンと重低音を盛大に鳴らし、遂に鉄杭そのものを破壊。
そのまま攻撃の意思は緩めない。新堂が次の手を投じる前に懐へ踏み込み、彼の頬を捉えた。
「――ガハァッ!」
大きく吹き飛ばされがらも、手に持った試験管を床に投棄。二人の間に氷の茨が広がり、追撃を防ぐ。
(…ふぅ、やっぱキツいですねぇ)
痛みを堪えながら、距離が空いた今のうちに回復薬を頭から被り、復帰までの時間を稼ぐ。
「一つ聞きたいんですが、レアエネミーの情報。――わざとバラ巻きました?」
明確な時間稼ぎ、だが確かに疑問だった事だ。
このゲームにおいて、情報の優位性を理解していないプレイヤーは存在しない。
それがレアエネミーともなれば尚更だ。報酬は巨万の富に勝る可能性があるのだから。
故に、すんなりと彼らの狙いを掴めた時は困惑した。
「――おうよ」
それに対する近藤の返答は短い一言。だが曇りもないハッキリとしたものだった。
「理解できないですねぇ、プレイヤーを釣るための撒き餌にしては上等すぎる。今、この状況でも黒字なのは僕らですよぉ?」
相手はレアエネミーから得る天恵で、業の清算を狙う。
だが前提として、それを遂行するには相当な労力――すなわち人手を要する。
「君のもとへ辿り着く過程で、我々は相当な数のプレイヤーを刈るでしょう。数だけの下っ端も、幹部相当の実力者も。――そんな戦力を削がれた状態で、果たしてレアエネミーに対処できますかぁ?」
ルシフェル・オンライン内での負債が現実の資産を超過すれば、まともにゲームをプレイすることなど叶わない。
装備やアイテムなどは購入が不可能になり、金銭を稼ぐ元手そのものが用意できない。何より、現実で借金返済に追われる。
新堂らが葬ったプレイヤーは誰も彼もが業値が大きい。
ゲームの世界から死を通し、現実に引き戻された彼らは今頃、狂るほど頭を抱えているだろう。
今回発生した負の遺産、それを帳消しにして復帰できるプレイヤーは極わずかだ。
「どう考えても僕らには動くメリットしか無い。利益を考えれば、君は黙々と天恵で願いを叶えるべきだった」
裏ギルドの面々は一つの死で莫大な赤字を生む。
一方、新堂らは業の値がマイナスではない為、道半ばでゲームオーバーになったとしても大した損失は無い。
むしろ彼らの討伐報酬を差し引いてもプラスだ。
「そもそもPKとなる動きを活発にした時点で間違――」
「理由ぅ?――んなもん、そうしてェからに決まってんだろ」
「――ハぁ?」
だから、儲け話しかしない主義の新堂は相容れなかった。
回復ついでにコソコソとイベントリから呼び寄せ、アイテム整理を行っていた手がそこで止まる。
「この情報を漏らせば、テメェらは動くしかねぇ。んで俺らも必死に抵抗する。敵味方関係なく、甘い蜜を前に足掻く叫びは最高だぜ?俺にとっちゃあれこそが天の恵みだァ」
「わざわざ仲間の危機感を煽ってどうするんですか、平常心を失うだけだ」
「人ってのァ緊急のが素直になれんだろ?」
会話はそこで終わった。
バンッ、と何かが爆発したような音と共に氷の茨は弾け、二人を隔てた壁は崩れ始める。
(恐らく肉体強化系の付与術師…。捕まったら詰み)
これまでの相手の異様な反応速度、筋力から新藤はバトルスタイルの仮説を打ち立てる。
白兵戦においてどちらに軍配が上がるかは明白だ。
そうして氷の幕が開いた瞬間、いつの間にか折れた鉄杭を持った近藤は、それを新堂の喉元へ剛速球の投擲。
ギリギリで避けるも、強化された膂力からなる風圧。重心がよろめき、おまけに砂利や破片が舞い上がって相手の姿が隠れる。
「視界不良…ですねぇっ」
「おらよォッ!」
死角からの中段突き。
先ほどの速度を注視した時とは違う、攻撃力に付与を施した一撃。
まともに当たれば致命傷は免れない。
拳が彼の胴体を破壊する――刹那、フラスコを複数手に持ち、砕く。
「――あ"ァッ?」
今度は氷ではなく、彼が錬成した人工のエネミーが顕現。
計五体の植物型エネミーが創造主の意の元、蔦を腕に絡ませて寸前で食い止める。
ギチギチと音を立てて、それでもしっかり腕を捉えるエネミーは、次第に全身に蔦を伸ばして力を奪い始める。
「ギリギリ…ですねぇッ!」
「チッ――!?、ガアァァッ!!テメェッ――」
眼前に突き出された腕に新堂が触れた途端、近藤は悶え苦しむ。
蔦ごと引き千切ろうと暴れるも、爪が食い込むほどに右手で掴んで離さない。
そして一瞬の膠着を挟んで――近藤の右腕が【分解】された。
ボトボトと床に落ちる肉塊。錬金術師の技能である錬成を人体でやってのけた。
「もっと戦闘特化だったら全身バラバラだったんですけど…」
「おいおい、バラしちゃァ俺から情報盗れねぇだろうがッ」
「構いませんよぉ、僕には秘策があるので」
痛みに顔を歪ませながらも、近藤の余裕と不敵な笑みは消えない。
とはいえ敵の戦力が削げたのは事実。
エネミーの蔦が全身に絡みついた今、このまま叩かない手は無い。
「次は――首ッ!!」
「グァッ!?」
身体を封じれば、いくら肉弾戦が得意だろうと意味は無い。
抵抗も許さないまま近藤の顔面を鷲掴みにし、再度【分解】スキルを行使。
明確な殺意を掌に込める。
次の瞬間、新堂の手が返り血で染まる――よりも先に、ズガンッ!と、重い衝撃が走った。
新堂の真っ黒な瞳が驚愕で開く。
目に映る景色の中、何故か近藤は無事なままで、何故か居る筈だった人工のエネミーが居ない。
代わりに、爆炎が轟いていた。
同じくその爆炎に吹き飛ばされ、壁に衝突する新堂。
体が宙に浮かび激突するまでの間、彼の頭の中にはどこか見覚えのある光景――突入時、爆発によって部屋が崩落した瞬間――がフラッシュバックし…。
「――ッマズぃ!」
彼の予想が真実へ辿り着くと同時、再び重い怒号が鳴る。
肩に一発、脇腹に一発、腿に二発。何かを撃ち込まれたように体が震え、ドサッと崩れ落ちる。
「…ほぉ、生きてんのかテメェ」
まだ泡となって消滅せず、荒い呼吸をする新堂を見て、意外と驚く。
――そんな近藤の手には拳銃が握られていた。
「格闘家では…なく銃撃師だったとは…完全に…してやられま…したねぇ…」
「あんま銃ァ好きじゃねえんだがな…――にしても、錬金術師ってのは便利だなァ?んな事も出来んのか」
銃弾が貫いたのは新堂の肩のみ。他の箇所は弾痕が残るものの、貫通せずに彼の足元に転がっている。
初撃の肩以外は、錬成した硬化薬を自らに投与した事で防御が間に合っていた。
「衝撃で…体の内側は…ボロボロです…けどねぇ…。――にしても…腕を治さずに…攻撃はおかしいでしょう…」
「あァ、マジで痛てぇぜ?狂いそうだ…が、油断したろ?――ップハァッ」
「えぇ…爆撃は銃撃師のスキルにも…あり…ましたね…。失念したなぁ…」
勝利の美酒の代わりと言わんばかりに、所持している回復薬の全てを使用。
再生までは至らないも、片腕の出血を止める。
「秘策が何だったかは知らねぇが…とりあえず最大出力で殴ってやるよ。後で教えてくれや」
(死んだら報告出来ないでしょ…)
とうに茶々を入れるだけの体力は尽きている。
彼に許されるのは、自身が製薬したアイテムの硬化を信じる事のみだ。
――そうして今日、最も大きな轟音がその部屋から響いた。
ステータスの業値は、殺した敵がマイナスの業だった場合、変動しない。
同様に相手が業値マイナスじゃなくても、正当防衛だったらセーフ。
近藤のギルメンの業値は平均で-50くらい。他の裏ギルドに比べたら上の下くらいの数値。
天恵でマイナスの業値をなんとかしてもらうのは、PK界隈でもわりとメジャー。
世界のどっかには余裕でマイナス三桁いってる人もいる。死んだ時お金ヤバそう




