教会に尽くします!
アリソンは王宮で養育されたが『銀髪の乙女』の存在は秘匿され、彼女と接触する人間は非常に限られていた。
誘拐などのリスクを恐れたためである。
その方が生活しやすかった彼女はひっそりと、しかしスクスクと美しく成長した。
護衛騎士以外で彼女と接触できるのは選ばれた数名の侍女だけである。
侍女たちは素直で優しいアリソンを可愛がった。
そして、女である侍女たちでさえ幼いアリソンの愛らしさに溜息をつく。
金色に輝く無垢な瞳。果実のように熟れた赤い唇。柔らかそうな小さな手。ふっくらと丸い頬。あどけない表情。
「アリソン様が大人になったら男たちが争って血の雨が降るかもしれないわね」
侍女たちは半分冗談で、半分は本気でそんな風に言い合った。
一方、アリソンは自分の容姿など意識することなく、物心ついた時から貞操を守るための努力を継続中。
貞操を守るためのヒントが得られるかもしれないと、この世界のことなら何でも貪欲に学ぼうとしていた。
例えば、歴史。なぜ髪色が重要になったのか?
(胡散臭い神話くらいしかない!)
歴史書によると、ドリームタイムと呼ばれる神話の時代。この地に神々が光臨した。最高神は銀色の髪に金色の瞳を持ち、その伴侶が白い髪であった。最高神の二柱を支える神々の髪色は赤、青、黄色。人類は神々の髪色を綿々と引き継いでいるのだ。
(・・・・なんだそれ!?)
アリソンは机に突っ伏した。
地理。語学。国外に逃げ出した時に役に立つかもしれない。
(外国のことはほとんど分からない。世界地図すらない。ましてや外国語なんて・・・。そもそも国外に脱出できるかどうかも怪しい)
経済。どんな時でもお金は役に立つ。
(くっっ・・・農作物や資源が豊富で交易をしないこの国では経済学はあまり発達していない・・・)
残念ながら座学で役に立ちそうなことはあまりなかった。
しかし、彼女は諦めない。
体術。護身術は必須。
剣術。絶対に純潔を守り抜く。
魔術。同上。
藁にもすがる思いで彼女は頑張った。
周囲の人間はひたすら努力をする幼女を褒め称えた。さすが『銀髪の乙女』だと絶賛された。
さらにアリソンは信仰心をアピールした。
「私は神に仕えたいのです。生涯を修道院で過ごし人生を終えたいと思います」
と周囲の大人に繰り返し訴えたおかげで五歳になる頃には教会に通う許可が下りた。
尤も、事情を知る神官以外にバレないように茶色のカツラを被ることが条件だったが。
教会へは日参した。
この世界の教会は前世でいうカソリックに近い。神に仕える神父・神官や修道女は生涯を神に捧げると言う意味で、現世での結婚は認められない。
アリソンにとってはもってこいだ。
彼女は教会で一番エライ枢機卿に気に入られるためにどんな雑用でも喜んでやった。
教会トップの枢機卿は美しい女性で空のように青い髪をしている。
枢機卿付きの侍従は真っ白な髪とヒゲが特徴的なイケジイだが
「アリソン嬢、君の神への献身は真に尊いっ!さすが『銀髪の乙女』っ!君のような幼子の純粋な奉仕を、神はきっとお悦びであろうっ、うっ、うっ・・・」
と感涙にむせるイケジイに『困ったものだ』と嘆息しながらも、枢機卿は高貴な顔を緩め
「アリソン。私は君のために出来る限りのことをしよう。結婚したくないのであれば、ずっと私の傍におればよい」
と甘く蕩けるように微笑んだ。
神への信仰を熱く語り、魔法学院に入学せずに修道女になりたいのだと懇願するアリソンは枢機卿の秘蔵っ子であった。
***
その日もアリソンは熱心に教会の掃除をしている最中だった。
突然、教会の正面の扉がバンっと開き、白い髪の幼児がエラそうに入ってきた。
その男児の傲岸不遜な態度にアリソンは嫌な予感を覚えた。彼が幼児でなかったら逃げ出しているところだ。
「おい!お前が『銀髪の乙女』か!?銀色の髪を見せてみろ!父上から将来俺と子を為す女だと言われた。どんな女か見に来たが・・・まぁまぁだな。顔は悪くない」
無遠慮にアリソンの髪(=カツラ)を鷲掴みにして、ジロジロと顔を見つめる男児に、アリソンは内心恐怖で震える。
(間違いない。攻略キャラだ。白い髪。恐らく王太子だろう)
アリソンは瞬時に幾つかの選択肢を考えた。
1.しらを切る。
2.逃げる。
3.悲鳴をあげる。
4.びしっとはねつけて二度と近づかせないようにする。
5.穏やかに話し合ったのちにお引き取り願う。
アリソンは4を選んだ。
彼女はパンッと彼の手を払いのけた。
「無礼者!その手を放しなさい!私はあなたなんかと一生涯子供を為すことはありません!」
(私は女優よ。しかも演技派なのよ!ガンバレ!私!)
と自分に言い聞かせながら大声で言い放つアリソン。
周囲の神官は険悪な雰囲気で睨み合っている二人の幼児にどう対応していいか分からない。
「何をしているのですか!?」
その時、涼やかな声と共に現れたのは青い髪の美しい女性騎士だった。
「殿下!?まさかアリソン様に乱暴を働いたのではないでしょうね?」
叱りつけるような騎士の言葉に力を得たアリソンは
「王太子殿下は酷い狼藉を働きました。私は二度とこの方とお会いしません」
と宣言し、出来る限り高圧的な態度をとった。
とにかく攻略キャラとの縁は切っておきたいという一心だった。
しかし、その言葉に王太子は狼狽えた。
「お、おい待て・・そんな勝手なこと、許されるわけ・・・」
「許されるのです。殿下。残念ながらそれがアリソン様の御意思。国王陛下には王太子殿下が『銀髪の乙女』のお眼鏡に叶わなかったとお伝えします!」
女性騎士は驚くほど王太子に冷たい。
「殿下。もうお話しすることはありません。どうかお帰り下さい。二度とその顔を見たくありません!」
アリソンも彼を突き放して教会の掃除を続けた。
しかし目に涙を一杯に溜めて震える王太子を見ると密かに罪悪感を覚えた。
(・・・うう。可哀想。でも、心を鬼にしないと。だって・・・だって、未来の貞操を守るためだもの!)
「うわーーーーーーーーーーん!」
と泣きながら王太子は走り去った。
幼児相手に大人げなかったと胸が痛む。
(でも、これで攻略キャラの一人とは縁が切れたと考えていいのだろうか?)
アリソンは深い溜息をついた。