出会い
アリソンの生活は王宮と教会の往復だけで成り立っている。王宮と教会はほぼ隣同士と言ってもいいくらい近くにあるため、彼女の行動範囲は驚くほど狭い。
だが、そのほうが心安らかに生活できる。不満はまったくなかった。
無断で王太子が乗り込んできた日のうちに、国王から丁重な謝罪の手紙が届いた。返事を書くべきか迷ったが、下手に反応してあの王太子の婚約者にでもされたら困る。枢機卿のローガンが代わりに無難な返事を書いてくれた。彼女には頭が上がらない。
◇◇◇
ある日、教会に向かう途中で、アリソンは黒いボロキレのような物体が道端に転がっているのに気がついた。その物体がわずかに動いたような気がする。よく見るとそれは小さな子供だった。アリソンは慌ててその子を抱きおこした。
黒い髪の痩せこけた男の子で、辛うじて息はあるが相当衰弱している。
「アリソン様、そんな汚らしい子供に触れないほうがいいっすよ」
紫の髪色の護衛騎士チャーリー・ジョンソンが面倒くさそうに言った。
「なに言ってるの!? この状況で見捨てられるわけないでしょう!? この子は死んでしまうかもしれないわ」
「でも、その子は黒髪でしょう? 役立たずの黒髪だからきっと親に捨てられたんすよ。生きてても無駄だし、放っておけば勝手に死にますよ。あ、でも死体の片付けは面倒だな」
平然と非人道的なことを言う。アリソンは怒りのあまり思わずキツイ言葉を投げてしまった。
「ふざけないで! 神の教えにもあります。『万人の命は等しく重要であるべき』だと。あなたのような人に守られたくありません。二度とわたしの前に姿を見せないで」
「え!? は? そんな!? アリソン様?」
アリソンは騎士を無視して、全身の力でその子を抱えて教会まで歩きだす。少年は瘦せ細っていて、五歳児のアリソンでも必死になれば運べることが恐ろしかった。
(どうか……頑張って。絶対に助けるから)
どうにか教会の入口まで辿り着くと驚いた大人たちが駆け寄ってきて、慌ててその子の介抱を始めた。
(良かった、あんなチャーリーのような奴ばかりではないわね。それにローガン枢機卿猊下の一番の側近は黒髪の女性だった。やっぱり教会が一番信用できるわ!)
アリソンは安堵に息を吐いた。そして自分の水筒から水を飲ませようとするが、幼児なのでなかなかうまくいかない。
水がこぼれて顔にかかると少年は一瞬意識を取り戻したようで、震える手で水筒を奪いゴクッゴクッと水を飲み干した。だが、はぁーっと大きな息をついた後、その子はまた意識を失った。
アリソンが心配でオロオロしていると神官の一人が、優しく頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。眠っているだけだと思います。良いことをしましたね。神はお悦びでしょう」
教会の神官は医療の心得もある。汚くて臭いボロボロの服の下は痣だらけで暴行を加えられた痕跡があったらしい。また、栄養不足と疲労困憊のせいでとにかく休息が必要だという。教会で回復するまで面倒を看てくれるそうだが、アリソンもその子供に付いていたかった。しかし、時間がきたら容赦なく王宮に追い返される。仕方ない。
(あの子は大丈夫かしら?)
前世で虐待されて殺された子供達のニュースが脳裏をよぎる。
(弱いものにしわ寄せがいくのはどこの世界でも同じなのかもしれない。きれいごとかもしれないけど、子供には安全な環境で健やかに育ってほしい)
◇◇◇
アリソンは正式に紫の護衛騎士チャーリー・ジョンソンを解雇したので、代わりに青い髪で目元涼やかな女性騎士がやってきた。見覚えがあると思っていたら、王太子が乗り込んで来た時に会った美貌の騎士だった。
「リズと申します。アリソン様にお仕えする栄誉に心から感謝します」
リズは優雅に跪いた。女性の騎士のほうが安心だ。以前、希望を言ったことがあるのに「該当者がいない」と断られたことを思い出す。
(女性の騎士ならちゃんといるのに、どうしてダメだったのかしら? ゲームの強制力? でも、チャーリーは攻略キャラじゃなかったわ)
いずれにしても結果オーライである。
翌日教会に行くと、その少年は意識を取り戻していた。身体も清めてもらったのだろう。清潔な服を着て普通の恰好をしている彼の顔を見てアリソンは少し緊張した。
(……こんな美少年だったなんて)
艶やかな黒髪が顔にかかり翳を作る。前髪の隙間から覗く黒曜石のように光る瞳にはまだあどけなさが残っているが、スッとした鼻梁の整った顔貌は将来大変な美青年になるだろうと予想できた。
「あ……」
少年はおどおどとアリソンを見つめた。
「目が覚めたのね。良かったわ!」
アリソンが笑いかけると彼は眩しそうに目をパチパチさせる。
「あの、俺を助けてくださったと聞きました。ありがとうございます」
「いいえ。私は何もしていないわ。教会の方が助けてくださったの。神のご加護です」
「いえ、命の恩人です。こんな……黒髪の俺を助けてくれるなんて」
アリソンはいまだに紫髪の騎士チャーリーが言ったことに腹を立てていた。
「あのね! 私は黒髪が大好きよ! 私が知っている国ではね。緑なす黒髪っていう言葉があるの。艶々した瑞々しい黒髪を褒める言葉よ。そもそも髪の色で人間の価値が決まるなんてホントバカげた考え方だと思うわ! くっだらない!」
力を籠めて断言すると少年の双眸に涙が盛りあがった。そこからポロポロと涙が零れ落ちる。
(涙まで綺麗な宝石のようだわ)
「泣かないで。もう大丈夫だから。私が守ってあげる」
そう言いながらハンカチを渡すと、彼は何度も頷きながらそれに顔を埋めるようにして泣き続けた。




