日笠海々
夢を見た。今ではありえない。
起こるはずのない。そんな楽しく、愛で満ち溢れた夢。それこそが夢なのだから。
「恤、無理しなくていいんだよ?」
慈愛に溢れた、春の陽だまりのような暖かい声。
「私は恤には幸せになって欲しいの」
その声の持ち主は表情はよく見えないが、いつも優しく私の頭を撫でてくれた。
「だからね、その為の選択を間違わないで。あなた自身の道を踏み外さないで」
幼い私にはよくわからなかった言葉。
今でも理解できない言葉。
それを今でも鮮明に覚えている。
「疲れた時くらい休んでもいいよ」
そう言って私の姉は膝枕をしてくれた。そうだよね、お姉ちゃん。
現実から疲れた時くらい、夢見ていいよね?
コードネーム『鳥居』、刀願恤。
明解女学院に通う中学三年生である。学力は中の中。得意教科も特になく、難なく器用にこなし平均をさまよっている。ゆういつの特技とすれば、剣道部に所属し、全国大会8位というかなりの腕を持っていることだろう。
中学二年の時に初めて人を殺した。
あの時の感覚は嫌でも覚えている。
人を刺す感覚、抜刀の時の肉との擦れ合う音、目に焼き付く死人の空虚な目と血で滲んだ服。恤はその時、すぐに気を失ってしまった。そして現在、『御影』の相棒として任務を遂行している。
また、『御影』の元相棒が恤の姉『逢瀬』だと聞いた。縁がある。これを党首は企んだのだろうか。
一度だけ、御坂に恤は聞いたことがある。
「私のお姉ちゃん、幸せだった?」
「さて、どうかな」
初めははぐらかされたと思った。けど、それに続く言葉があった。
「個人によって幸せの考え方は違うんだよ、『鳥居』。だから、幸せだったかなんて他人にわかるはずがないんだよ」
「なら、御坂さんの幸せってなにです?」
「··········一人になること」
「··········」
恤は何も言えなかった。追求しようにも、御坂の背中はとても弱々しく、触れれば壊れてしまいそうな気がしたから。
それから、御坂とは何となく距離をおかれているように感じる。一人は怖いこと、それを何より知っている恤自身がその日、決心したことがある。
御坂をどうにか助けたい、と。
「またね、『鳥居』」
「はい、またねです『御影』」
あのビルから離れ、歩きで帰る。
ビルの中は地獄のような裏の世界。
けど外に出てみれば、平穏で普遍の世界。
表と裏。その違いは単純だ。そこに『悪』があるかどうかだ。
単純な『悪』、軽い窃盗や詐欺じゃない。その『悪』を成してしまえばもう戻れない。ただただ堕ちていくだけ。私もきっと、その穴に堕ちていってる途中だ。
気まぐれによったデパートはたくさんの人で溢れていて、少し酔いそうになった。近くの椅子に座って一息ついていると見知った顔を見つけた。
「………………あれ?刀願さんじゃない?やっぱりそうだ!私、覚えてる?」
「えと、同じクラスの日笠さん?」
いつも笑顔でクラスの中心にいる目立った人物なので覚えている。
「正解!日笠海々だよ!刀願さんはここで何してるの?」




