↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「姉だから」八年間も妹の呪いを引き受けてきましたが、婚約者まで妹を選んだので、家族と縁を切ります  作者: 姫野ことは(旧名:KOTOHA)


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/2

第1話:……もう、いいのよ

【御礼】


おかげさまで、本作が週間異世界〔恋愛〕ランキング・連載中部門で1位をいただきました!(2026年10月24日時点)


ここまで多くの方にお読みいただけるとは思っておらず、本当に嬉しいです。


お読みくださった皆様、評価やブックマークで応援してくださった皆様、心よりありがとうございます!

「お姉様。私、レオン様が好きなの」


妹のリリアがそう言ったとき、セレスティアは自分の左腕を見た。


ドレスの袖の下に、黒い痣がある。


妹の呪いを代わりに引き受けた痕だ。


八年前。


最初の痣ができたのも、この左腕だった。


あの日、父は言った。


――お前は姉なのだから、リリアを守ってやってくれ。


だから守った。


一度、二度、十度。


百回を超えてからは、もう数えていない。


その妹が今日欲しいと言ったのは。


セレスティアの婚約者だった。


「……リリア。レオン様は、私の婚約者よ?」


「分かってるわ」


リリアは俯き、ぽろぽろと涙をこぼした。


「何度も諦めようとしたの。でも、好きになってしまったの……」


母が口を開いた。


「セレスティア。譲ってあげられないかしら」


やっぱり、そうなるのね。


「リリアはずっと呪いに苦しんできたでしょう?」


「お前は昔から丈夫だった」


父も続ける。


「剣も魔法も使える。これからいくらでも幸せを見つけられる。だが、リリアは違う」


――違う。


苦しんできたのは、私だ。


リリアが味わうはずだった痛みを、全部引き受けてきたのは、私だ。


「姉なのだから、これくらい譲ってやれないか?」


姉だから。


また、その言葉だった。


◆


八年前。


セレスティアが十歳、リリアが七歳のときだ。


リリアの腕に、小さな黒い痣が浮かんだ。


《黒蝕の呪い》。


身体を内側から蝕み、やがて命を奪う呪いだと医者は言った。


治癒魔法は効かなかった。


痣は日ごとに広がり、リリアは高熱にうなされ、息をするのも苦しそうになった。


「お姉ちゃん……」


伸ばされた小さな手を、セレスティアは握った。


助けたい。


そう強く願った瞬間、手のひらが熱くなった。


リリアの腕から、黒い痣がすうっと消えていく。


代わりに、セレスティアの左腕へ黒い痣が浮かんだ。


「痛っ……!」


焼けるように痛かった。


怖くて、泣いた。


それでも、妹の呼吸は楽になった。


両親は泣いて喜び、セレスティアを抱きしめた。


「ありがとう、セレスティア。さすがお姉ちゃんね」


最初は、それでよかった。


妹を助けられたことが、ただ嬉しかった。


けれど、呪いはリリアの中に根を張っていた。


数か月後、黒い痣はまた現れた。


「セレスティア、頼む」


引き受けた。


また現れた。


「リリアを助けて」


引き受けた。


何度も。


何度も。


「あなたしかいないの」


そして最後には、決まってこう言われた。


――姉なのだから。


だから、引き受け続けた。


けれど、引き受けた呪いは消えるわけではない。


今度はセレスティアの身体を蝕みはじめる。


だから毎晩、家族が眠ったあと。


セレスティアは一人で自分の身体に光魔法を当て、呪いを焼いた。


一晩で消せなければ、次の夜も。


痛みで朝まで眠れない日もあった。


一度だけ、母に言ったことがある。


「お母様、腕が痛いの」


母は困ったように笑った。


「お姉ちゃんでしょう。リリアはもっと痛かったのよ」


それきり、誰にも言わなくなった。


呪いを焼き消しても、黒い痣だけは身体に残った。


そのおかげで、リリアは元気になった。


走れるようになった。


舞踏会にも行けるようになった。


そして今では――


姉の婚約者を欲しがるほど、元気になった。


◆


「……レオン様も、同じお考えですか?」


レオンは目を逸らした。


「僕は……リリアを幸せにしてやりたい」


「そうですか」


不思議と涙は出なかった。


怒りも湧かなかった。


ただ胸の中で、何かがぷつりと切れた。


「分かりました。婚約は解消いたします」


「本当に!?」


リリアの顔が明るくなる。


「ありがとう、お姉様!」


父は安堵の息をつき、母は胸を撫で下ろした。


レオンまで、ほっとした顔をしていた。


ああ、そうか。


この人たちにとって、私が何かを譲るのは「ありがたいこと」ですらない。


姉なのだから、当然なのだ。


「ではお父様、こちらに署名を」


セレスティアは二枚の書類を差し出した。


一枚目は、婚約解消の届け。


二枚目は――いつか使う日が来るかもしれないと、ずっと鞄の底にしまっていたもの。


父は疑いもせず、二枚続けて署名した。


そして二枚目の表題に目を落とし、表情を変えた。


「……セレスティア。これは何だ」


「絶縁状です」


セレスティアは、署名済みの書類を素早く取り上げた。


「何を馬鹿なことを! 婚約者を譲れと言われたくらいで、家族を捨てるつもりか!」


「いいえ」


セレスティアは左腕の袖をまくった。


手首から肘へ。


肘から肩へ。


黒い痣は、さらにドレスの下まで続いている。


リリアの顔から笑みが消えた。


「これは、八年間あなたから引き受けてきた呪いの痕です」


誰も、何も言わなかった。


「お菓子を譲りました」


一つずつ、数える。


「ドレスも譲りました。誕生日のお祝いも、王立学院へ進む夢も」


黒い痣に目を落とす。


「健康も」


最後に、レオンを見た。


「婚約者も」


もう、十分だった。


「私がリリアに譲らなければならない理由は、『姉だから』なのでしょう?」


父は答えなかった。


セレスティアは微笑んだ。


「でしたら、姉でなくなればいいのではありませんか?」


「待って、セレスティア!」


母が立ち上がった。


「婚約者を譲ってほしいと言っただけじゃない! あなたなら大丈夫だと思ったのよ!」


セレスティアなら大丈夫。


セレスティアなら我慢できる。


セレスティアなら耐えられる。


八年間、ずっとそうだった。


「ええ、大丈夫です」


母の顔が明るくなる。


「私は一人でも大丈夫です」


母の表情が固まった。


「ですから――もう、耐えません」


その日のうちに、セレスティアは家を出た。


◆


翌朝。


屋敷に悲鳴が響いた。


「お母様ぁっ!」


リリアの右腕に、黒い痣が浮かんでいた。


いつもなら、姉を呼べば消えるもの。


けれど、その姉はもういない。


「セレスティアを呼び戻せ! 今すぐだ!」


父が怒鳴ると、使用人は困った顔をした。


「セレスティア様は昨夜、王都の神殿へ向かわれました。それに……昨日付で、正式に当家の籍を抜けておられます」


父の顔が強張った。


自分で署名した、あの絶縁状だった。


「そんなものは後だ! リリアが苦しんでいるんだぞ!」


だが、セレスティアは戻らなかった。


痣は止まらない。


その夜には肩まで。


翌朝には胸元まで。


熱が出て、息が苦しくなった。


「お姉様……お姉様……」


何度呼んでも、姉は来なかった。


三日目。


黒い痣が、リリアの全身を覆った。


「嫌……お姉様……!」


次の瞬間。


黒い靄がリリアの身体から噴き出した。


「きゃあああっ!」


靄は窓を突き破って庭へ流れ出し、渦を巻き、膨れ上がっていく。


四本の脚。


捻れた角。


背中から伸びる、無数の黒い腕。


巨大な黒い獣が、屋敷の庭に立っていた。


八年間。


セレスティアがたった一人で、暴走を食い止め続けてきた呪いだった。


◆


駆けつけた領兵たちが火球を放った。


爆炎が獣を包む。


だが、炎が消えたとき、獣は無傷だった。


雷も。


氷も。


風も効かない。


騎士の剣で裂いた傷さえ、瞬く間に塞がってしまう。


前脚の一振りで、騎士が吹き飛ばされた。


「下がれ!」


神殿から駆けつけた神官が叫ぶ。


「普通の攻撃では倒せません! あれに効くのは光の魔法だけです!」


「光……」


父の顔色が変わった。


「セレスティアだ! あいつなら光魔法が使える! 誰か、セレスティアを――」


「その必要はありません」


人々が振り返る。


白銀の胸当てに籠手、脛当てを身に着けた女性が歩いてきた。


長い髪を後ろで束ね、腰には細身の剣。


真っ直ぐに、獣だけを見ている。


「お姉様!」


リリアが駆け寄った。


「来てくれたのね!」


「勘違いしないでください」


リリアの足が止まる。


「え……?」


「神殿からの討伐依頼で来ただけです」


セレスティアは剣を抜き、切っ先を獣へ向けた。


「あなたを助けに来たわけではありません」


獣が咆哮した。


大地が震える。


セレスティアは左手を刃に添えた。


白い光が、柄から切っ先へ走る。


剣が眩い光に包まれた。


その瞬間。


獣が一歩、後ずさった。


炎にも、雷にも、騎士たちの剣にも怯まなかった怪物が。


初めて、人間を恐れた。


セレスティアが地面を蹴った。


◆


振り下ろされた前脚を、横に跳んでかわす。


直後、地面が砕けた。


舞い上がった土煙へ、逆に踏み込む。


白い軌跡が走った。


黒い前脚が、宙を舞う。


獣が絶叫した。


切り口から黒い靄が噴き出す。


だが、刃に残った光がそれを焼き、傷は塞がらない。


「効いている……!」


背中の黒い腕が、一斉にセレスティアへ襲いかかった。


斬る。


かわす。


弾く。


一本が肩を掠め、鎧が裂けて血が飛んだ。


それでも、セレスティアは止まらない。


リリアは、ただ見ていた。


姉が剣を使えることは知っていた。


光魔法が使えることも。


けれど、姉が毎晩何と戦っていたのかは、考えたことすらなかった。


獣が大きく口を開く。


黒い光が集まっていく。


「全員伏せろ!」


放たれた黒い奔流を、セレスティアは逃げずに受け止めた。


左手から、白い光の壁が広がる。


黒と白が激突した。


「くっ……!」


じりじりと押される。


足が地面を削る。


光の壁に亀裂が走った。


「こんなものを……」


母が口元を押さえる。


「セレスティアは、ずっと……?」


神官が静かに言った。


「呪いを引き受ければ、今度は自分が呪われます。彼女は自分に移った呪いを、光魔法で焼き続けてきたのでしょう」


そして、獣を見上げる。


「人の身体の中にある呪いは、斬ることができません。ですが、外に出た今なら――断ち切れます」


「そんな……」


母の顔から血の気が引いた。


「私、知らなかった……」


その瞬間、八年前の声が蘇った。


――お母様、腕が痛いの。


そして、自分が返した言葉も。


――お姉ちゃんでしょう。リリアはもっと痛かったのよ。


母の膝から、力が抜けた。


「……言ってた」


父が振り返る。


「え?」


「セレスティアは……ちゃんと言ってた……」


知らなかったのではない。


知ろうとしなかった。


セレスティアなら大丈夫。


丈夫だから。


強いから。


姉だから。


それだけで、終わらせていた。


黒い奔流が途切れた。


同時に、光の壁が砕け散る。


その向こうに、セレスティアは立っていた。


息は荒い。


額から血が流れている。


それでも、剣を握っている。


「セレスティア……」


父の唇が震えた。


「お前は、ずっと……こんなことを?」


セレスティアは、少しだけ笑った。


「ええ」


剣を構え直す。


「姉でしたから」


そして、再び走り出した。


◆


黒い腕の群れへ、真正面から突っ込む。


斬る。


走る。


斬る。


白い光が、黒い夜を切り裂いていく。


八年間。


私はこいつと、自分の身体の中で戦ってきた。


眠れない夜も。


焼けるように痛む夜も。


泣きたい夜も。


ずっと。


でも、今日は違う。


もう、私の身体を戦場にしなくていい。


一本。


また一本。


黒い腕が落ちる。


そして、最後の一本を斬り落とした。


獣が咆哮する。


セレスティアは剣を両手で握った。


八年間。


妹のために。


家族のために。


自分を削って使ってきた力。


その光を、今度は自分を解き放つために使う。


白い光が、剣へ集まっていく。


「これで――」


踏み込む。


「終わりです!」


振り抜いた。


巨大な光の刃が、夜を走った。


獣の巨体が、真っ二つに割れる。


最後の咆哮。


白い光に包まれ、黒い靄は夜空へ溶けるように消えていった。


◆


静かになった庭で、セレスティアは剣を鞘に納めた。


「お姉様……」


リリアが泣きながら近づいてくる。


「ごめんなさい。知らなかったの。こんなに苦しいなんて……お姉様が、ずっとこんな思いをしていたなんて」


小さな手が差し出された。


「だから……帰ってきて」


セレスティアは、その手を見る。


昔なら、握っただろう。


妹だから。


家族だから。


姉だから。


「嫌です」


リリアの手が止まった。


「……え?」


「呪いは消えました。もう、私がいなくても生きていけます」


「でも……」


リリアの声が震える。


「私たち、姉妹でしょう?」


「はい」


セレスティアは頷いた。


「三日前までは」


リリアの顔が歪んだ。


父が歩み寄り、深く頭を下げた。


「私たちが悪かった。お前がしてくれていたことを、何も分かっていなかった」


「帰ってきて、セレスティア」


母が泣いている。


「今度こそ、あなたを大切にするから」


「もう何も我慢させない」


レオンも一歩前に出た。


「セレスティア。僕も――」


「結構です」


言葉を遮る。


「私はもう、あなたの婚約者ではありません」


「でも僕は……君がこんなに苦しんでいたなんて、知らなくて――」


「大丈夫です!」


四人が、はっと顔を上げた。


その言葉は、何度も言われてきた。


セレスティアなら大丈夫。


姉だから、我慢できる。


耐えられる。


だから、妹に譲ってあげなさい。


でも、今日だけは意味が違う。


涙が一粒、頬を伝った。


それでも、セレスティアは笑った。


「私はもう、あなたたちがいなくても、大丈夫なんです」


背を向ける。


「セレスティア!」


父が名前を呼ぶ。


彼女は、振り返らなかった。


◆


それから、セレスティアは王都の神殿に仕える剣士になった。


もう、誰かの呪いを自分の身体に引き受けることはない。


呪われた魔物を、光を纏わせた剣で斬る。


それが新しい仕事になった。


身体を覆っていた黒い痣も、少しずつ薄くなっていった。


ある日。


訓練を終えたセレスティアに、若い神官が声をかけた。


「セレスティア様。ご実家から、また手紙が届いております」


「捨ててください」


「……読まなくてよろしいので?」


「はい」


「それから、レオン様という方からも」


「それもお願いします」


神官が苦笑する。


そのとき。


「セレスティア様ー!」


訓練場の向こうで、新人の少女が手を振っていた。


「次の訓練、お願いします!」


「ええ。今行きます」


セレスティアは歩き出す。


ふと、八年前の自分を思い出した。


小さな妹の手を握り、黒い痣に覆われた腕の痛みに、ひとりで耐えていた十歳の少女。


――どうして、そこまでするの?


もし今の自分が尋ねたなら、あの子はきっと笑って答えるだろう。


――だって、お姉ちゃんだから。


セレスティアは目を閉じた。


そして、八年前の自分にだけ聞こえるように、小さく呟いた。


「……もう、いいのよ」


目を開ける。


その先には、自分で選んだ道が続いていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


本作はこの一話で、いったん完結です。


もし「セレスティアのその後も見てみたい」と思っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると嬉しいです。


皆様の反応を見ながら、続きを書くかどうか決めたいと思います。


セレスティアの新しい人生が、もう少し続くのか。


それとも、このまま王都で幸せに暮らすのか。


全ては応援次第です!


【10/20追記】

皆様からの熱い応援をいただき、第2話の公開が決定しました!


10月23日(金)20時20分公開予定


第2話『私が、知りたいのです』


引き続き、セレスティアの物語をお楽しみいただければ嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
セレスティアかっこいいですね。 物理的に戦う聖女様の設定が大好きなので出会えて本当に嬉しいです。 ただ、戦うのは彼女1人ですか? 一緒に戦ってくれる仲間はいないのですか? 失礼ながら、聖女様なんだから…
この善人面した元家族にイライラしました。この人たちホントに更生するのかなぁ?
お姉さんでしょう?という親はどうして次女のほんの少し年上なだけの子供に無理をさせるんだろう。 お姉さん以上に、お母さんでしょう?お父さんでしょう?とは思わないのが不思議。特にこのような呪いとかの場合。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。