7.遺されたもの
それから。
頭の良い第一王子の婚約者はすぐに事情を納得しましたし、マユンも第一王子もきちんと役目を果たしました。
まあ、第一王子はやはり、結婚前は時々気まぐれに花街に出没していたようでしたが、婚約者のナミルが、マユンも婚約者に内定したと報告を受けた時に涙を流していらっしゃったのが効いたのでしょうか。それとも、次に違法行為が発覚したら婚約を辞退させると公爵家に脅されたのが効いたのかもしれません。
あの茶会の日から法的に処罰を受けてしまう犯罪を行うことはなかったようでした。
それに、結婚後はもう決して花街には近づかなかったのです。結婚と同時に王太子となり、影の扱い方を学んだからでしょうか。それは分かりません。
そういうわけで、マユンは残念ながら、死ぬまで自分で銀色の薔薇を胸元につける事は出来ませんでした。
それに、マユンの1人息子にはその力は受け継がれなかったのか、第三王子である彼が不思議な言動をすることはなかったのです。
でも、彼女の結婚指輪には、きちんと薔薇の意匠が施されており、死んだ時の棺の中にも、きちんとそれは納められたのでした。
「お母様……!お母様……!」
泣きながら何度も棺に呼びかけるマユンの息子を慰める者は僅かでした。彼にはもうほとんど後ろ盾はありませんから。
「マユン様は……お幸せだったのでしょうか?」
王太子妃は黒い装束に身を包み、黒いベールを被っていました。
「さあ……どうでしょうね。いつも楽しそうに絵を描いていましたから、幸せだったのではないでしょうか」
「無自覚なままで運命に翻弄されるというのは、きっとおつらいことだったでしょうね……」
「私のことも、いつも見た目だけは褒めてくださいましたが、あまりお好きにはなられなかったようでしたからね……」
まだ王太子のままであった第一王子は、少し目を閉じて続けました。
「マユン様がお若くして亡くなられたのも、私のせいなのかも……しれませんね」
王太子は泣きませんでした。王家としてきちんと教育されていましたから。
「……」
王太子妃は黙ったままそれに答えませんでした。
王太子妃もまた、無自覚に運命に翻弄された者だったからかもしれません。この王国での法の垣根を超えない以上、花街以外での不貞ごときで王太子と離婚する権限や地位、そしてその正当性が彼女にはありません。
元々、政略結婚ですから。
出来たとしても精々、相手と王太子に裁判で微々たる慰謝料を請求するか、接近禁止条項を出せるぐらいでした。
花街に近付かずとも、王太子は法的処罰がないのをいいことに様々な街娘や貴族夫人と避妊にだけは気をつけた性的行為を繰り返し、裁判で接近禁止条項が出ると別の相手と行為に及ぶということを繰り返していました。
英雄色を好むと言いますが、彼の実績が何なのか詳細は不明でした。その後の歴史に名も残りませんでしたから。
それでも、マユンが遺したまだ幼い1人息子を正しく育て上げなければならないでしょう。王家の一員として。
しかし、それから1年も経たないうちに、その幼い息子は行方不明になりました。王家は国を挙げて探しましたが、何年経っても見つかることはなかったのです。
数年後、治療薬特化の魔法使いに弟子が出来たという噂が流れることになりましたが、それも、魔法使いしか知ることのない風の噂として、人々の記憶の片隅に流れて行きました。
その頃、とある工房でこんな会話がなされていたとか。
「いいですか、何度も言うように、僕たち魔法使いは生まれ持った特異能力だけで魔法使いと呼ばれるわけではありません」
「はい、先生」
2人の美しい師弟が、薬草をすり潰しながら話をしていました。
「ある一定の知的水準を超えなければ、その者はただの特異能力者として社会に消費されます。自身で人生を選択するためには、知的水準も満たしてこそ、僕たちの仲間となれる資格があるのです」
「でも全員じゃない、んですよね?」
「僕たちも万能ではありませんからね。好みだってありますし。見つけられた素質ある者を次世代のために気まぐれに少しだけ教育する。それが僕たちの生態ですから」




