獣人に関する考察
急に魔法のある世界で獣人を書きたくなりました。
あんまり魔法は活躍しませんでしたが……。
絶対人選ミスだ。
そう抗議してやろうと意気込んで、カナは呼び出された教官室の扉をノックもせず勢い良く開け放った。
「……」
「……」
中にいたのは今回の指令をくだした昼行灯の上司ーーではなく、褐色の肌に丸い耳をピンと立てた、獣人のイケメンだった。
尻尾を逆立て、目を丸くしてる。明らかに驚いてる。
誰かは知らないが狙ってた上司ではないので、いったん扉を閉め直す。
「いや閉めたってなかったことにはならんだろう?」
「なんで私より後に来るんですかピノ様」
背後からの声に八つ当たり気味で振り向いた。
「資料取りに行ってたんだよ。カナこそなんでこんなに早いんだ?何か興味を引かれたか?」
「逆です。興味ない話を持ち込むな、とさっさと文句言って終わらせたかったんです」
「いくら文句を言われたって撤回は出来ねぇよ。俺だって上から言われてんだ」
「上から言われてホイホイ私を差し出したのはピノ様でしょう。責任持って取り消してください」
「差し出したっつーよりしめ「あの……」」
廊下で言い合ってると、先程閉めた扉が中から開かれ、戸惑ったイケメンが顔を覗かせた。
「悪いなムツキ。この通りゴネられて」
この、でピノがカナを指すと、ムツキ、と呼ばれた男性はカナを見下ろした。
人族の平均身長よりもかなり低いカナから見たら、獣人の青年なんて皆巨人の域だ。
彼も例外でなく、視界に入れるのが大変だったのか少し屈んだ。
「……彼女が、例の?」
「そう、元天才少女」
「元とか言うな」
「……こんなに小さいのに」
なんだか労るような目で見られたが、小さいことはカナの能力とは関係ない。たぶん。
ムッとした顔に気付き、彼は慌てた。
「いや、馬鹿にしてる訳じゃないぞ?頑張ってるんだな、と思っただけで」
フォローしてるつもりのようだが、まったく響かない。
表情を変えないカナの様子に、ムツキは萎れてしまった。
顔だけでなく、耳も尻尾も下を向く。
普段獣人と接することなどほとんどないカナにとっては、感情豊かに動く耳も尻尾もだいぶ新鮮だった。
「とにかく、話は部屋の中でやろう。カナの不満も聞いてやるから。な?」
ピノの提案に、不満げなカナも萎れたムツキもひとまず同意した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
扉を開けたムツキにエスコートされ、なぜか彼の隣に座らされる。
「?」「?」「……?」
三者三様、疑問顔だがまあいい。話が進まない。
ソファもふたつしかないのだ、どちらかに二人が腰掛けるしかない。組み合わせについては深く考えまい。
そう結論付けて、そのまま話を始めてもらう。
「絶対人選ミスなので私を外してください」
「おい不満は聞くっつったが、お前もちょっとは聞けよ」
「聞いてる時間が勿体無い」
「この魔法バカが……」
ピノが額を抑えているが、これ以上何を聞けと言うのか。早く部屋に戻って資料に没頭したいのだ。
そう思っていると、頭に視線を感じた。
ほぼ真上を見上げると、何か言いたそうなムツキの顔がある。
「何か?」
「いや……、俺だけ話が分かってないのかなって」
「安心しろムツキ。カナもわかってねえから。わかってねえのに聞かねえから」
「安心出来るか……?」
「とにかく、断るにも内容を把握した上で、だ!聞け!」
ピノの叫びに、カナはまたムゥっとするもとにかく話だけは聞いてやる姿勢に変えた。帰れそうにないし。
今度は気配を感じて振り仰ぐと、ムツキの大きな手が頭の上に来ようとしている。
「なにか??」
「や、これは……偉いな、と思ったら撫でそうに……」
初対面の女性の頭を断りなく撫でようとしたらしい。ジト目で見詰めるとまた耳が萎れてた。
分かりやすいが、行動はいただけない。
座る位置を離したいが、広くもないソファなのであまり効果がなさそうだ。
意に沿わない行動を取ったら、即座に電撃を撃ち込んでやる。
カナの不穏な決意を読み取ったらしく、ピノが引き攣った顔で話し始めた。
「……まず認識を合わせるぞ。俺達がこの部屋に集まったのは、上が提示した『獣人のフェロモンと魅了魔法についての考察』に関わるよう指示されたからだーーって、いきなりやる気をなくすなよ!話す意欲が減るだろうが!」
まだ本題のほの字も言えてないのに、やる気をなくしてダラっとするカナを見て、ピノは泣きそうな声をあげた。
「もう、そこからして聞く気が失せるー。獣人とか興味ないー」
「お前、よくもまぁ隣に獣人を置いてそんなこと言えるな……」
信じられないような目付きで見られたが、そこを取り繕うことに利点はない。
チラ、と横目で見上げると、丸い耳がまたもやヘタってた。
「ピノ様の言うとおり、私は魔法にしか興味のない魔法バカなので。魔力を持たない獣人とは相容れないです。以上、帰っていい?」
それだけ告げて立ち上がるが、ピノが「待て!」と制止した。
「魔力があればいいんだな?!そこのムツキは獣人と人族のハーフ、それだけなら珍しくもないが、なんと父親から魔力を受け継いだんだ!魔法も使えるぞ!」
自棄のように叫んだピノの言葉が、カナの興味にクリーンヒットした。
それまでまったく意識の外、デカい置物くらいにしか考えてなかったムツキが一気に観察対象になる。
立ち上がっても座ってるムツキと近い目線だったが、好都合とばかりに彼の顔をガシッと掴む。
「目の奥……本当に魔力がある。しかもけっこうな量だし、属性も複数?ホントに?獣人の血の方が強くて魔力は相殺されるのが定説なのに。受け継がれた魔力が莫大だった?魔力の使い方は習えば出来るもの?人族の子どもが基本的な魔力操作を親から教わることを、獣人でも可能に??」
「カナー、カナー、集中し過ぎて顔が近いぞー。完全にイケメンを襲ってるぞー」
背後からのピノの声に、はたと気付いた。
確かに、瞳の奥にある魔力を見たいがためにめちゃくちゃ顔を近付けていて、もうすぐ鼻が触れ合う距離だ。
ムツキの瞳孔が開いてるので見易いと思っていたが、ピノの位置から見たら完全に痴女だろう。
我に返ったカナがここからどうしようかと考えていると、シュル、と何かが腰に巻き付いた。
ムツキの尻尾だ、と思う間もなくクルリと視界が反転し、そのまま彼の膝に下ろされる。
んん?と思ってるうちに腰に腕が回り、後頭部にムツキが顔を埋めた。
完全にホールドされたまま、ピノの真正面に座っている。
「?」「……ムツキ、大丈夫か?」「……」
またもや三者三様の反応になるが、今回ばかりはカナが悪いとわかる。
「ごめんね。えと、ムツキ?」
「……あんまり無防備に、男に顔を近付けちゃダメだよ……」
「そうだね、ごめん」
腰に回る腕をペシペシと叩くと少し緩みはしたが、解放はされなかった。
カナの危険性を封じてるつもりだろうか?
なんとも妙な状況だが、とにかくまたもや話を進めよう。
「ピノ様、続きをどうぞ」
「そのまま続ける気か……?」
「それは彼に言ってください」
キュ、と腕が締まる。うん、続ける気だ。
コホン、と空咳をしてピノが仕切り直す。
「……年頃の獣人がフェロモンを発揮して、異性との仲を深める話はさすがにカナでも知ってるだろう?ムツキもフェロモンを放つ年になったんだが、効果があまりに強過ぎて通常の対策では抑え切れなくなっているんだ。まるで昔の物語の『魅了魔法のようだ』と上の方で考えたらしい。そこで、ムツキの魔力との関連性も踏まえた考察を打ち出すことになったんだ」
ふむふむ、とカナは先程とは真逆の熱量で聞いている。魔法が絡むのならむしろ聞きたいのだ。
しかし、フェロモンねえ。
「……モテ自慢?」「違うっ!」
ボソッと呟くとすぐさま反論された。
つか耳元で怒鳴らないでほしい。
「あ、ごめん!」
慌てて耳を撫でられるが、くすぐったいだけで耳のダメージは減らないんだけど。
「ピノ様。フェロモン、魅了魔法が対象なのに異性の私が選出された理由は?」
ムツキの撫でる手を邪険に払い、カナは自分の役目を確認する。
「今お前も言ったことだがな……、男同士だとどうしてもモテ自慢の話になるんだよな。観察対象がムツキと女性の関わり方だから、用例を集めることこそモテ自慢としか思えない」
「確かに。……ムツキ、苦しいんだけど。力込めないでよ」
「ごめん……」
「んで、なら女性の研究者と検討して行き着いたのが『精神抵抗値の高さ』だな。魅了魔法はもちろん、フェロモンに惹かれるかどうかも同じ抵抗値次第なことはわかってるし」
「まぁそれなら、私が一番でしょうね」
「何より、この考察の詳細が分かったらお前は必ず首を突っ込む」
「もちろん」
「だからだ。ちなみに、今はムツキのフェロモンを感じるか?」
今、とな?
後ろから抱き締められてる状態で確認せよとは、なかなかな難題だが。
可能な限り背を反らし、ムツキの首元へ顔を近付け匂いを確認する。
「……特に何も。ムツキ、今フェロモン出してるの?」
「勝手に出るやつ以外は抑えてる」
「ふーん。後でそれも検証しないとね」
姿勢を戻してピノを見ると、なぜか口を抑えてた。
「ピノ様?なんです?」
「……普通にイチャつきだしたかと……」
確認しろと言った当人が何を、とムッとすると、後ろからムツキが囁いた。
「……カナは、なんだか花みたいないい香りがするね」
天然のタラシがいた。




