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抵抗があるのは、会わされてじゃあそこからどうするのって気持ちがあるのが一つ。
けれど会わされることに以上に一番問題なことがもう一つある。
「金曜で、決定?」
もりやんの顔は出来れば潰したくないし、元居た営業のメンバーは好きだから妙な柵を取り除けば呼ばれることは嬉しい。
だけど、金曜日は……金曜日だけは、困る。
ちろりともりやんを見上げると、両手をパンと顔の前で合わせて頭を下げられた。
「ごめん。急に言っておいてこっちが完全悪いのは分かってんだけど……明日がみんな一番都合良くてさ」
「うーん……」
「実は同期の神野さんも誘ってくれって頼まれてて」
「神野さん? なんで?」
神野さんは他部署だし、その上まだ営業には行っていないはずだ。いくらなんでも呼ぶには無理があるでしょ?
脳内が疑問でいっぱいに敷き詰められていたら、もりやんに呆れたのがありありと分かるため息を吐かれた。
「だからさー、お前空気読めよ」
「どういうこと?」
「神野さんも何気にモテるって話。で、以下お前と同じ。ついでに単独では呼びづらいから、江藤も呼べば同期で一緒だからとかなんとか言えるだろ」
「えー……それ、私のこと良いように使ってない?」
「気のせいだろ?」
ニヤリと笑うその笑みが、さっきまでの笑い方と微妙に違う。それにこういう笑い方のもりやんは、大抵ロクなことを言い出さない。まぁ、誰でもこんな笑みを浮かべているときは同じだろうけど。
「鈴木係長から、もし江藤がごねたら『こないだの謝罪の代わりだと思え』って言えと言われてるんだけど」
「係長、ひどっ!」
この間はすっごくいい人、良い上司! な態度だったのに、どういうことよ!? 今さらそれ引き合いに出して、強引にことを運ぼうだなんて酷すぎるでしょ!?
「まぁまぁ、大体意味は分かってて俺も言ってるし」
「分かってるなら言うなよ!」
「ほら。係長ってお節介だろ? 特に神野さんのことは構い倒したいみたいでさ。まぁ付き合ってやってよ。同期会でも神野さんとはなかなか会えないし。たまにはってことで」
そう言われるとぐうの音も出ない。
神野さんは私たちとは同期とは言え、中途採用枠で来た人で、歳が離れていてちょっと一線引かれている感じがある。とはいっても、物腰も柔らかくて雰囲気は嫌いじゃない。
――うーん……どうしよう
そんな風に思いながらも答えは出ていた。結局のところ、私もお人よしってことなんだろう。
「詳細はまたメールでも頂戴」
そう返事をすると、もりやんは「りょーかいっ」ってガッツポーズでもしそうな調子で返事をしてくれた。
結局メインの用事はこっちだったんじゃないよね?
疑りたくなる気持ちを胸の奥底に押し込めつつ、どちらからともなく立ち上がってエレベーターへ向かって歩き出した。
隣で任務完了を全う出来たせいか、だらしない表情のもりやんに毒づきたい気持ちにかられながらも、私の中はたった一つの事実に占められて、それ以外のことが考えられなくなっている。
――補佐の家、行けなくなっちゃった
後で連絡しなきゃ、って思いながらも断ることが辛いと思う気持ちも拭えない。
けれど、どっちにも参加することは不可能で、明日しか無理な行事が飲み会だとすれば、そっちを優先せざるを得ない。落ち込む気持ちを総務に戻るまでに浮上させなければ、と頬をペちりと叩いていたら、ポーンと音が鳴ってエレベーターが開いた。
そして目の前に立つ人物に私は目を見開いた。
「ほ、補佐!?」
頭の中でずっと思い描いていた人が突然目の前に現れて、動転して不必要に声を上げてしまった。
やばい。
よくよく現状を思い正してみたら、人事と営業行って来いって言われてそれきり部屋に戻らず、こんなところで会ってしまった。明日のことを断らなきゃいけないし、頭の中はいっぱいいっぱいだ。
けれど、そんな私のパニくりように気づくこともなく、箱から降りてきた補佐に対して思い切り頭を下げ、隣で大声で挨拶を始めた男が居た。
「永友補佐ですよね!? 営業の風間と言います。先日は部長と掛け合って頂いてありがとうございました!」
横目でもりやんを見てから、そろりと目線を正面へ向けると一瞬目があって、補佐は困った顔をしてもりやんを見た。
こっそりやってきたのに、こういう風におおっぴらに頭下げられたりすると弱っちゃうよね?
それに私には一連の出来事を黙ってたと言うのも、大きいのかもしれない。
またチラリと私を見た目が『お前、聞いたのか?』とでも言ってるようだ。私はにっこりと笑ってそれを肯定すると、補佐はふぅっと息を吐きながら少しだけ上を見た。それからわしわしと後頭部を掻くと、もりやんを見てフッと笑う。
「迷惑になっていないようで、良かった」
「そんな、迷惑だなんて。俺、本当に」
「役立てたなら良かった。後は君らが頑張ってくれよ」
その表情に、その対応に、私もふわりと力を抜いて笑う。
あーあ、やっぱり補佐って格好いいって思いながら。
顔とかじゃなくて、なんというか……上司として男性として人間として格好いい。
なんて、好きな人だから、かな?
「頑張ります!」
私がなんだかくすぐったい気持ちに見舞われていたら、隣で元気よくもりやんが返事をしていた。
なんというか、完全な体育会系だ。けれどその潔い爽やかな感じも、彼の好感度を上げる要素だって思う。
 




