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永遠に触れたくて  作者: 桜倉ちひろ
転:絡まる恋
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 「失礼します!」

 満面の笑みでもりやんがそう言って頭を下げるのに、私も慌てて無言で頭を下げようとした。 

 ココは便乗して一緒に上へあがるべきだ、って何となく脳内に鳴り響く警笛がそう言っている。けれど、そうは簡単に逃してくれる上司様ではないらしい。

 「江藤、ちょっと」

 ……ですよね?

 ほっといて下さいませんよね?

 がくっと肩を落としそうになりながらはいと返事をしていたら、もりやんが明日な! と言いがらエレベーターに乗り込んで、その扉が閉じた。

 エレベーターホールに残されたのは、私をじっと見下ろす補佐と、挙動不審の私。もりやんが『明日な』なんて言ったから、私はドキドキして堪らなくなっている。そのドキドキはいい方じゃなくて、もちろん悪い方だ。

 ただでさえ切り出しにくかったのに、こそこそ裏切り行為を働いていたかのようで余計に気持ちが落ち込んでいく。スタスタと目の前を歩いて行く補佐を追いかけ、自販機の前で立つ補佐に何かいるかと尋ねられたのに勢いよく横に首を振るとフッと笑われた。

 「別に怒ってないぞ」 

 それが何を指しているのか受け取りかねて瞳を揺らすと、補佐は私の肩を軽く叩いてからさっきもりやんと並んで座ったベンチに腰を掛けた。

 それに倣って私も少し距離を置いて隣に座る。……ちょっとだけ、もりやんよりは近い距離で。

 チラと横を見ると、珍しくスポーツドリンクを購入して補佐が飲んでいた。

 コーヒーを飲まないなんて胃の調子でも悪いんだろうか?

 コーヒーとコーラとお酒以外のイメージが無くて、なんだかおかしいなって思っていたら横から視線を感じる。

 「江藤、いいか?」

 「あ、はい、どうぞ」

 ペットボトルに蓋をして横に置くと、補佐は私に向けて煙草の箱を見せながら尋ねてきた。

 ――珍しい……

 どうぞと言った後、補佐は箱から一本抜き取るとそのまま口に銜えて火をつけた。その横顔を見ながら、トキ兄の吸っている姿はイメージできるのに補佐のイメージがまるでないことに気が付く。

 そうだ、私の前では吸ったことがないんだ、一度も。

 久しぶりにタバコを吸う補佐を見ながら、格好いいな……と素直な感想が浮かんだ。なんだかんだで、私は中学の時からずっとこうやってタバコを吸ってるトキ兄が好きなんだろうって思う。――いや、違う。吸ってる姿が好きなんじゃなくて、こうやって隣に座っているのが好きなんだ。

 吸ってる間のただの無言状態が、たまらなく心地よくてホッとする。

 「変わらないですね」

 「え?」

 自然に零れた出た言葉に、補佐が私を見た。無意識過ぎて慌てて口を塞いだけど、出ちゃったモンは仕方ない。

 「えと……、あの、タバコ。同じ匂いがする」

 「あぁ。そう、だな……」

 補佐は相づちを打ちながら答えて、また煙を吸い込んだ。ちりちりと灰になっていくのを見ながら、私はまたぽつりと漏らす。

 「でも、トキ兄は変わっちゃった。髪は短くなったし、眼鏡もかけてる。私の頭に残ってるイメージと全然違う。って、……す、すみません。ここ、会社でした」

 補佐の隣で、すっかり昔にトリップした私は、会社の中だというのにうっかりトキ兄と呼んでしまった。自分のトリップ加減に心中で叱咤しながら、頭を下げながらもう一度すみませんというと笑う声が廊下に響く。

 「ハハハッ、誰も居ないから大丈夫だろ、もっぷちゃん」

 「ちょっ、それ禁句! 死語ですってば」

 「ククッ。死語にするなよ」

 「駄目です! 封印したいあだ名なんですからっ」

 頬をわざとらしく膨らませて言うと、補佐はまたカラカラと笑った。そんな補佐を見てるのが、私は幸せだって思う。もっぷちゃんは嫌だけど、笑ってくれるなら、いいやって。

 悲しい顔してないなら、いいやって思える。

 私の中に残ってるトキ兄が煙草を吸っている姿は、どこか消えてしまいそうで、涙を耐えているように思える姿だった。そうだ……煙を吐き出しながら、満天の星空を見上げて目を細めていた。あのイメージが強い。だから笑いながら煙草を吸ってくれているなら、それでいい。

 「お前だって、変わったよ」

 笑う補佐に愛しさを募らせて見つめていたら、不意にタバコを挟む手で指さしながらそう言われた。

 その補佐の目が、やっぱり優しくて私はドキリとする。いつか泣いた時のように優しく私を包み込むような、そんな瞳をしているから。

 ジッとその瞳が私の瞳を捉えて離さなくて、徐々に鼓動が速くなるのを感じる。

 数秒絡み合って離れない視線。まるで、いつかの車の中みたいだ。ただ、あの時と違うのは逆光でもなくて頭上から照明が煌々と照っている点。補佐の顔がしっかり全部見えて、髪の毛一本すらすべての動きが視界に入る。

 細められた瞳が少しずつ開いて真顔に変わる頃、あまりにも真剣な表情に耐えかねて顔を背けたくなった。

 ――補佐は、何を考えているの? 

 探るように見つめ返すと、とうとうスッと視線を私から逸らして補佐は煙草をポイと吸殻捨ての蓋つき缶に捨てた。

 「江藤は……眼鏡はなくなったし、髪は短くなっただろ? それに……女の子じゃなくなった」

 またペットボトルの蓋を開ける。それを一口飲んで蓋をすると、補佐は私の方を少しだけ見ながらこつんと頭を壁に当てた。その横顔をまたじっと見つめるけれど、補佐は何も言わない。

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