第四十三話 猿神様
「うん・・・・・・・・・・・・何だ?」
「海太、何かあった?」
建築中の風呂屋の中の、出来上がったばかりの長椅子に座って、現在休憩中の海太と陽子。その途中、海太がおかしな気配を察知した。
「何だかな? 今妙な気配を感じたような・・・・・・人間にしてはやけに大きい」
「何か襲ってきたの?」
「いや・・・・・・気のせいかも」
グールになったことで、全身体能力・感覚能力が強化された海太。彼だけは鉄鬼に変身していなくても、不審な気配を察知する能力があった。
はっきりとした自信はないが、何か悲鳴のようなものも聞こえたような気がする。
だがこの時点では、あまり深刻に受け止めず、しばらくして再び作業を開始することになる。
一時間ほどして、陽子は少し怪訝な表情で、作業中の海太に問いかけた。
「ねえ、遠藤さん知らない? さっきから持ち場に戻ってきてないんだけど・・・・・・」
「いや、さっき休憩に行くっていって、それっきり見てないけど?」
あっけらかんと言っているように見えるが、海太の心中はどうも得体の知れない不安感が募っていた。何故こんな気分になるのだろうか? たかが一時間姿が見えない程度のことで。
もしかしたらグールになると、こういった勘というものも優れてくるのだろうか?
「俺ちょっと見てくるわ」
いつも夢が休憩場所の岩場へと走る海。近くで暇していたブロックジャックも、彼の後についていく。
その場所についてみると、生憎夢の姿はなかった。だがそれとは別の問題となるものがあった。
「何だ? 誰がこんなのを捨てた?」
岩場の中に少しだけ水が残っているペットボトルが放置されていたのだ。
軍はそれなりに規律が厳しい。自然の中にゴミを捨てていくなどいうマナーの悪いことは、絶対に許されない。これは軍人だけでなく、環境保全の意識が強くなった、故郷世界全ての人民に当て当てはまる。
だが何万人も人がいれば、たまには態度の悪い人間がいても不思議ではない。海太は不愉快そうにしながらも、そのペットボトルを拾い上げる。
するとブロックジャックが驚いた様子で声を上げた。
『おっ、おい! このボトル、夢の指紋がついてるぞ』
「へ?」
これはおかしい。少なくとも海太が知っている限りでは、彼女はこういうマナーの悪い人間ではなかったはずだ。
ここまでくるとさすがに不審に思い始める。ペットボトル以外にも何かないかと、周囲をくまなく見る。すると、周りに生えている低木の一つに、動物の毛らしきものが引っ掛かっていた。
『これは猿の毛だな。身体から剥がれたのは、ついさっきのようだが・・・・・・』
この毛の色は見覚えがある。さっきのモンスター接近の警報の後、通信で送られてきた映像の生き物によく似ている。海太に焦りの表情が生まれる。
すぐに通信機を取り出して、母艦に連絡を取った。この時間、休暇中の渡辺艦長は、まだ真河豚にいるはずだ。
『何だ? お前から電話してくるって珍しいな』
ディスプレイに写された艦長は、現在前に貸した海太のゲーム機を握っている。
そういえばあの“不死の女神”をプレイしたいと言っていた。だが今はそんなことはどうでもいい。
「艦長、目目連は今、どこの艦にいますか!?」
『何だか穏やかな話じゃなさそうだな・・・・・・何があった?』
「夢がモンスターに攫われた! この林一帯を目目連に捜索させる!」
(くそ、なんで俺の周りに限って、こんな面倒事が!?)
工事現場から大分離れた距離の山の中。大木が生い茂りすぎて、上空からはそこにあるものなど、木陰と葉っぱに隠れて、一切見つけられないだろう。
それは古ぼけすぎて、元の形が大分崩れているが、知っている人が見れば、すぐにそこが何処か判るだろう。ここは日本式の宗教施設・神社である。
老朽化のせいか、瓦は大分剥がれ落ち、変わりに大量の枯葉が屋根の上に積もっている。地面は草だらけで、一本の若い樹木が、石段の石材を貫き持ち上げて生えてきている。
さりとて境内の中は、樹が生えておらず、少し広めになっていた。境内の入り口のほうには、石造りの鳥居が、苔がびっしり生えながらも未だ健在である。
人がいなくなって百年以上だろうか? 今ここは、人以外の者が集う溜まり場となっているようだ。
そこには二十匹ほどの、あの巨大猿がいたのだ。彼らは円を組んで、中心にあるものを取り囲んでいる。それは俯けに眠らされた夢だった。まるで宴会のご馳走のように、彼女の周りに座り込んでいる。
「「「ヒヒヒヒヒヒヒッ、ヒヒーーーー!」」」
猿たちが一斉に甲高い声を上げると、ボロボロの社殿の奥から、何かがゆっくりと出てきた。
扉の前の賽銭箱は横に捨てられており、障害物のないその通り道を、何かがノソノソと歩いてやってくる。
それは巨大猿だった。
ただし周りにいる猿達よりも一回り大きく、しかも体毛が黒い。この様子から見て、猿達のリーダー格だろうか。
『ウグイスノマリョクノニオイガスル・・・・・・ウマソウダ・・・・・・』
他の猿とは違い、片言ながらも確かに日本語を口にする黒猿。だが発した言葉の意味は、誰が聞いても意味が判らなかっただろう。
猿達は一歩下がり、夢達から距離をとる。黒猿は夢にゆっくりと歩み寄った。今の夢は、まるで邪神に捧げられた生贄のよう。
黒猿の手が、今まさに夢の頭を掴もうとしていた。
「待てぇえええええええええええっ!」
恐らく機械で拡声されたと思われる、とてつもない声が森中に響き渡った。それだけで木々が揺れ、猿たちは耳を押さえて苦しみ出す。
これはただの叫び声ではない。敵軍の聴覚を狂わせる、広範囲の超音波攻撃だ。
黒猿は他の猿よりはタフなようで、一旦動きを止めたが、それほど苦しんでいる様子はない。
それよりも木々で見えない、前方上空から迫ってくるゴオオォッ!という、空気を斬るような音に意識が向いていた。
「ううう、目覚ましきつい・・・・・・て、何!?」
今の音で目を覚ましたようで、意識を取り戻した夢が、見上げる巨大な獣の姿に驚愕した。
すぐに立ち上がって、その場から逃げようとしたが、当然黒猿に気付かれる。黒猿が彼女を捕まえようと、再び手を出したとき、彼がそこに降り立った。鋼鯱である。
上空からカワセミのように、境内に向かって急降下してくる鋼鯱。そのまま格好良くシュタッ!と地面に着地・・・・・・できなかった。
ズゴォオオオオオオオン!
勢いを付けすぎたせいか、そのまま頭から地面に正面衝突だ。しかも着地するつもりだった境内から、少し離れた林の中に突っ込んでいる。
どれほどの速さで落下したというのか、その衝撃は凄まじく、周りの木々は衝撃で倒れ、着地点には直径10メートル・深さ3メートルものクレーターが出来上がっていた。
これは着地点を外して正解だったかも知れない。境内に落ちていたら、夢までもが衝撃で吹き飛ばされていた。
「……え? 今のって何?」
相当焦って飛んでいたのだろうが、かなり間抜けな登場シーン。この光景に、夢も猿たちも、唖然として見ていた。
「ぶはっ!」
クレーターの中心に埋まっていた鋼鯱。土を吹き飛ばして地上に出てくる。そして何事もなかったのように、境内に足を踏み入れ、猿達と対峙した。
「嘘!? 鋼鯱!?」
話には聞いていて、当時はその存在にかなり興奮していた相手。だが時間とともに、すっかり忘れていた謎の戦士。
それが突然目の前に現れたことに、夢はこれが現実なのか判別しにくかった。
「ヒヒーーーー!」
猿たちが爪を立てて、一斉に襲いかかる。鋼鯱は抜刀して彼らを迎え撃った。
両者の戦いは、もはや戦いとも言えるものではなかった。高速で振るわれる剣撃が、猿たちの巨体を藁人形のようにスパスパと容易く切り裂いていく。
十秒も経たずして境内の地面は、猿の死体と血の池で覆われた。
「ヒィッ!」
どうあっても勝てないと相手だと察したのか、黒猿は一旦逃げ腰になる。だが足元にいる夢を見て、即座に行動に出る。
「きゃあっ!」
夢の体をつかみあげ、人質をとるようにして、自分の眼前・鋼鯱の方向へと向けた。さっき言語を喋ったことといい、かなり知性の高い動物のようだ。
「………」
鋼鯱は無言だった。何か対策を考えているのかと思ったら、それは敵の急所に狙いを定めている時間だった。
突然の鋼鯱の仮面の辺りの空間が歪んだ。そう思ったら、その歪みが弾丸のように射出され、夢の顔のすぐそばを通り抜け、黒猿の顔面に命中した。
「ヒヒィ!?」
鉄球をぶつけられたかのような衝撃を受け、黒猿の体が頭部を支点にして吹き飛ばされた。
その拍子に手に捕まえていた夢を放り出してしまう。このままだと生身のまま石の道に叩きつけられる。だがその前に、素早く踏み込んだ鋼鯱の手が差し出された。
「あっ……」
さっきの着地と違って、今度は上手くいった。空中に放り出された夢の身体を、テレビのヒーローのように、横抱きにして見事キャッチする。
『立てそうか?』
「え? あっ、はい!」
かけられた言葉に、反射的に夢はそう答える。訳のわからない事態が続いて、一時腰が抜けたものの、体に怪我はなく今なら自力で立ち上がれそうだ。
敵が目の前にいるため、起き上がると同時に、即座に鋼鯱の後ろに回り込む。
(あの人いったい……? 今、声を隠してたけど、やっぱり軍の人じゃないの?)
今放たれた声は、ロボットのような電子音声だった。これは彼が声を偽装し、正体を悟られないようにしているということ。
つまり彼は、正規に艦隊に協力しているわけではないのかもしれない。
「ヒヒヒヒヒヒーーーー!」
起き上がった黒猿が怒りを込めて、鋼鯱を睨みつける。さっきは逃げようとした黒猿だが、恐怖心より怒りのほうが勝ったらしい。相手との実力差など考えなしに、鋼鯱に飛びかかった。
振り下ろされる砲弾のような巨大な拳。鋼鯱はそれをいとも簡単にかわし、刀を振った。それらは首や脇・や手首など、急所部分を次々と切り裂く。
決して軽くない威力の剣撃が、機敏に何度も放たれ、彼の血肉を斬り裂いていく。最初に首を斬られたため、黒猿は悲鳴を上げることすらできなかった。
やがて弱りきった黒猿の前で、鋼鯱はパワーチャージした刀身を叩きつける。最初に攻撃した首をもう一度撃ち、その首を跳ね飛ばした。
勝負とはとても言えない、一方的に狩られるだけの、鋼鯱の圧勝であった。
敵を倒した鋼鯱は、夢の方へ向き直り、再び声をかけた。
『仕事場の近くまで送る。ここからはかなり離れている』
「え……ええと、お願いします」
彼は夢を、再び横抱きに抱え込む。夢はこの行動に一切抵抗せず、それどころか顔が少し赤いようだ。夢を抱えた鋼鯱は、その場で飛び立とうとするが……
《ありがとう。この社を開放してくれて。いつかご恩を返せればいいのですが……》
突然放たれた、夢でも鋼鯱でもない声。それは声というより、頭に直接響く思念波のようだった。二人は共に、背後に向き直り、言葉にあった社殿のほうを見つめた。
「……今のって?」
『さあな。なんにしろ無理に関わる必要はない』
鋼鯱は特に興味を示さず、その場から夢とともに飛び立った。
狒々:実在する動物のヒヒとは違うらしい。これも都合上、作中で名前を出せなかった。
某半妖漫画でこれの被り物をつけた人を見て、動物の狒々と混同して妙な印象を持ったりした。




