第四十一話 氷の洞穴
異世界来訪48日目のこと。
前回の廃村に続いて、これまた新たな発見があった。そこは以前の廃村とは別方角の、ある山地にあった。
探索部隊の鉄鬼達が数人、空を飛びながら移動許可範囲の土地を常に見回っている。例の山地の上空を飛んだとき、あることに気がついた。
これまでの何人も鉄鬼がここの上空を飛んだが、あまりに判りにくい変異であるため、今日まで誰にも気付かなかった。
「おい、あそこ変じゃないか?」
「変? どこがだ? 普通に樹が生えた山じゃないか?」
「あそこだ、あそこ! あの洞窟のあるところだ! 赤外線探知してみろ!」
空の上からその兵士が指差すと、確かにそこは妙だ。山の中で一箇所だけ、緑がない部分がある。岩肌があるわけでもなく、草一本生えていない土の地面が剥き出しになっているのだ。
そこには山の壁の開けられた、洞穴のような空洞部分がある。言われたとおりに赤外線探知してみると、見た目以上におかしな事実が発覚した。
「何だよあれ!? 何であそこだけ、あんなに気温が低いんだ!」
周辺一帯に比べて、その部分だけが冷蔵庫の中のように、異様に気温が低い。植物が生えていないのは、この低温のせいだろうと考えられる。
更に詳しい解析をすると、その低温の空気は、あの洞穴から出ていることが判った。
一時間ほどして、その異常地帯に千人もの部隊が、探索のためにざわざわと訪れていた。
あの妙に気温の低い洞穴の前に、まるで敵を取り囲むように、大勢の鉄鬼達が武器を構えて見据えている。
「気を付けろ! 今までのパターンからして、中には氷の化け物がいるかも知れん!」
部隊を率いているのは鉄鬼:雷電武者=城 繁准将 55歳。副官に天道武者=見崎 由里子大佐 41歳。
雷電武者は赤茶色の和風甲冑のようなデザインで、兜にはカブトムシの角のような立物がついている。
天道武者は赤と黒のカラーリングの鎧で、頭は電球のような滑らかで、前頭部に開いたテントウムシの羽のような装飾がついている。
彼らは自ら先頭に立ち、武器を構えながらゆっくりと洞穴の中に入っていった。ちなみ洞穴の中には、現在生体反応はない。
「これは・・・・・・何かの施設か?」
洞穴の内部にあったのは、思っていた化け物の巣とは違うようだった。
中は横長のホールのようになっていて、そこに綺麗に整列された石の台座がある。一見すると椅子のように見えるが、台座の内部は空洞になっていて、上部にその穴が開いている。そしてその下には地下に続く穴が開いていた。
「これは井戸のようですね。しかし変わっています・・・・・・」
「井戸? 確かに変わっている・・・・・・というか、これは本当に井戸だと思うのか? こんな洞穴に造る必要性が感じられないが?」
雨風を凌ぐのが目的ならば、屋根を上につければいいだけのことだ。一般的な井戸とはそういうものだ。
だが洞穴の中は、完全に冷凍庫とかしている。氷点下の気温のせいで、一帯の壁に霜が張り付いており、洞穴全体を真っ白な景観に彩っている。
もし鉄鬼に変身していなかったら、全身凍傷になって倒れていたかも知れない。そしてその自然ではありえない冷気の出所は、その謎の井戸からであった。
「この下に何かあるな? ここには生体反応は・・・・・・ないようだな」
とりあえずモンスターの危険性は無さそうだとして、繁は外の部下達に、ここの探索を命じた。
まもなくしてこの井戸の内部から出ている、冷気の正体が判明した。正体といっても、元凶が判ったと言うだけで、その元凶の正体はまだ不明なのであるが。
井戸の中には謎の固形物が、山のように大量に積まれていたのだ。
その謎の物体は、どれも小石程度の大きさで、半透明の茶色い結晶のようだった。まるで宝石のように美しい輝きを放っている。
そしてそれらは、常に外の空気に冷気を放出していた。その冷気の強さは尋常でなく、素手で触ったりしたら、あっとうまに血液が固まって、指が千切れてしまうかも知れない。
「面白いなこの結晶。何もエネルギーを送っていないのに、常に冷却し続けるのか? ここはどのぐらい凍っている?」
「不明です。ですがこの洞穴が凍ったのは、少なくとも数年程度ではないようです」
検査班のその回答に、繁は少し考え込んだ。
「こいつは・・・・・・今技術班が頑張ってる、冷蔵庫の材料に使えないか?」
この発言に、黙って成り行きを見ていた由里子が声を上げた。
「材料って、こんな得体の知れない物をですか!?」
「危険かどうかは、これから調べればいいさ。とりあえず、これ全部持って行くぞ!」
井戸の中に積まれた謎の冷凍結晶を、まるでお宝を見つけたかのように、彼らは意気揚々と艦隊群へと持ち運んでいった。
艦隊群で検査したところ、これは精霊に近い力を宿した、魔力物質であることが判明する。
成分を解析すると、これは6割が凍りついた水分で、残りは死滅した複数の生物(動物・植物両方)の細胞と、細菌類の死骸であることが判明した。
いったいどうすれば、このような素材でこのような不思議な力を持った物質ができるのか? 例のない発見に、研究者は全員首を傾げたという。
ちなみにあの洞穴の中には、壁に掛けられた木製板の看板があった。だが表面が凍りついて、真っ白に外観が染まっていたため、目視でそれを確認することは不可能である。
もし繁が、氷を削って壁も調査するよう言っていたら、彼らはそれを発見することが出来ただろう。
その看板には“雪女専用便所”と書かれていたことに・・・・・・
異世界来訪52日目のこと。海太達の家にて。
「おっしゃ私特製の初物メニューだ! ど~んと食え!」
「「は~~~い!」」
渡辺 紺艦長が、自分が作った料理を自慢げにテーブルに揃え、皆が元気よく答える。
今日のメニューは特別だった。今回出された食事には、艦から持ち出された食材が一つも使われていない。全てがこの世界で採れた食材でできている。
メニューは、キャベツとキュウリを刻んだサラダ・ウサギ肉とキャベツの炒め物、である。
農場で育てられた作物は、実によく生長した。キュウリの蔓からは、十分に育った初物キュウリが、今日ついに収穫されたのだ。
これに合わせて、手頃な大きさになったと見られる、いくつかのキャベツも収穫された。
キャベツは食べるの結球部分のみで、残った大量の葉っぱは、ウサギ牧場に送られた。向こうも何匹も子供が生まれてきて、絶賛繁殖中とのこと。
炒め物に使われた食用油は、以前採れたアブラナに近い植物の菜種から製造された。
またそれ以外に調味料として“蛇タレ”と呼称されるものが使用されている。
これは以前農場を襲った、マジックモンスター化した巨大な蛇の身体の一部から作られたものだ。
あの大蛇の肝臓部分の成分が、故郷世界の味付けや調味料に使われているタレに近いものであることが判明した。
おそらく味も同じようなものだという。それをミンチにして、水に溶かして作ったのが、この蛇タレである。
ちなみに言うまでもないことだが、普通の蛇の肝は、そのような成分にはなっていない。
またこれには豊富な魔力が染みついており、衛生兵達の見解では、これは薬の材料にも使えるかも知れないとのことだ。
これらの数々の食材が、真っ先に海太達の元に送られた。最初に農場を指揮した功労者へのお礼ということだが、それとは別の目的もあった。
これらの出所不明の種子や、得体の知れない生物から作られた食物が、果たして本当に安全なのかと危惧するものが多数いるのだ。
いくら機械の検査で安全だと言われていても、不安なものは不安なのだ。
何人かの兵士が、海太達に初物を送るよう推薦したのは、彼らに真っ先に実験台になってもらおうという、極めて不謹慎な心情があるのだ。
最も彼ら自身はそんなもの気にせず、躊躇いなくこれらを調理して、食卓に並べた。
「「いただきま~~す!」」
いつもより力強い響きで放たれる、食事の挨拶言葉。彼らは次々とそれらを食べていく。
「うわ、これおいしい! ただ焼いただけのウサギ肉なんかよりずっと!」
「うん、何かこうちゃんとした料理を食べるのは久しぶりな気がするな。ザリガニの鍋はちょっと微妙だったし」
『うむ確かにこれはいける。俺の味覚サーチが、今まで一番良好なステータスを示しているぞ』
「機械が味見をするってのも微妙な感じだな」
思い思いの感想を述べて、料理を頬張る海太達。味はおおむね良好だった。
蛇の蒲焼きのような、独特すぎる料理でなく、故郷世界のものを忠実に再現した料理は、彼らを実に喜ばせた。
彼らの感想は、瞬く間に村中に広がり、翌日から競って収穫物を貰おうという動きが起こる。
これは前々から予想できた事態であるため、既に検討済みのある案が提出された。それは作物・物資支給のポイント制である。
農場及び艦隊管理など、艦隊群の仕事を行ってきた者達に、点数が記された木札が配られた。
それは働きがよいものほど、沢山の点数分が与えられる。それらが収穫物や、今後生産されるだろう物品等と交換するためのポイント券だ。
あまり働いていない者には、与えられる点数が少なくなる。今までは誰もが平等に食料を支給されていたが、ここにきて働かざる者食うべからずの規則が出来はじめる。
艦隊群の社会は、農場の初物収穫を境に、少しずつ変わり始めていった。




