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グール鉄鬼  作者: 大麒麟
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第四話 女剣士

 大量のビーストの死骸が山を創り、大量の血液が赤い沼を創っている大地。見るだけで気分が悪くなる光景だが、部隊は何とか我慢してその場に降り立った。


 蛇人型のビーストの腹の上に、先程確認した人間らしき生物が、気の抜けた表情をしながら腰掛けている。


 その人物は細身で身長150センチ台の小柄な人物だ。

 髪は短く、ある物が付着して汚れた顔からは、目測では性別が掴みづらいが、恐らく女性だろう。彼女は和風の着物らしきものを着ており、髪の色は恐らくは銀色。僅かに見える、濡れていない部分の肌は褐色であった。

 どれもこれも恐らくという推測系になるのは、彼女の全身が血を被って、真っ赤に染まってしまっているからだ。染まりすぎて着物の元の柄など判りようがない。地獄の鬼に会ったかのような不気味な姿だ。

 手に日本刀を持っており、それを鞘のまま地面に突き立てて、こちらを見ている。


 あまりに得体の知れない姿に、部隊は警戒した。見た目は子供のように見えるが、状況からして見た目通りに考えない方がいいだろう。


【俺たちは地球連合軍カナダ地方鉄鬼部隊長の一人、ダラス・パスカル。お前は何者だ! このビーストはお前が殺したのか?】


 ホワイトカリブー=ダラスが装備している槍を突きつけて問いつめる。

 相手はすこしきょとんした表情で、ダラス達を見る。もしかして言葉が通じていないのかと、ダラスは懸念した。


【ビースト? ああ、確かにこいつらなら私が殺したよ。それがどうしたの?】


 懸念は杞憂だったようだ。相手は流暢な英語でこちらに答えた。だが予想していたとはいえ、恐ろしい回答だ。

 あの刀一本で殺したというなら、まず人間業ではない。近くでよく見ると、彼女の持っている刀の鍔と鞘は、結構高級感を感じられる造りだ。

 鞘の方には、桔梗(ききょう)と書かれた、銀色の文字装飾が描かれている。


【悪いがあなたには我々と同行していただく。その武器を捨てて、手を挙げてこちらに来い】


 今までだるそうな雰囲気だった着物女の表情が、一気に険しくなる。ゆっくりと起きあがる。


【うちらの縄張りに勝手に上がり込んでおいて、それはなんだい? 礼儀がなってないんじゃないの?】


 その言葉の直後、隣にいたトリケラトプスが、背中にしょっているバズーカのような大型銃を着物女に向けた。まともに会話すらしていないのに、一方的な攻撃行動である。


【化け物が、なめた口を!】

【まっ、待て!?】


 ダラスの制止も聞かず、大型銃が発砲される。だが相手はその弾道をあっさり見抜き、右横にちょっとそれて、砲弾を容易く回避した。

 外された砲弾が、彼方へと飛んでいき、丘の方に転がっている骨山を大破させた。


【礼儀がなってないだけでなく、問答無用で殺そうとするとはね・・・・・・。あんたらみたいな野蛮人には、少しお仕置きが必要ね】


 着物女が鞘に収まった刀の鍔元を抜いた。彼女からは明確な殺意と怒りが感じ取れる。


(しかたないか!)


 弁明の余裕はないと判断したダラスは、自身も先制攻撃を仕掛けた。突き出された槍の先から、白い風が舞う。それは強い冷気の風となって、着物女に襲いかかった。

 その冷気攻撃が自身に激突する直後に、着物女は素早く抜刀した。


 シャアン!


 刀身を振るうと同時に、不思議な風が舞い、ダラスの冷気を弾き飛ばした。辺り一面の血の沼が一気に固体化し、ビーストの死骸の表面が小麦粉を被ったように白く変色する。

 だが攻撃を受けた着物女の姿は何の変化もなく、全くの無傷だ。


 着物女は先制攻撃のお返しか、その場で一気に走りこんだ。チーターを凌ぐ走力で、恐ろしい身体能力だ。

 ダラスとの間合いを一気に詰め、その小柄な体躯から音速を超えるのかと錯覚するほどの速度の剣撃を放った。


(くっ!?)


 ダラスは慌てて、その剣撃を槍の柄で受け止める。するとどうだろう。受け止めた直後に、槍の柄は二つに分裂した。否、槍の柄が叩き切られたのだ。


(馬鹿な!?)


 敵のパワーと武器の斬れ味は、こちらの想像を遙かに上回っていた。あの小柄な身体から、あれほどの重い一撃。

 例え斬れなくても、力負けして押し返されていただろう。


 ダラスは後退して相手と距離を取ろうとするが、相手の方が速く動いて彼の胴体に更に一撃を与えた。


【ぐは!?】


 その一撃はホワイトカリブーの装甲に深い傷を付けた。中身までは切断されていなかったが、衝撃はダラスの肉体に響き渡り、内臓に圧迫を与える。

 防弾チョッキは弾が身体を貫くのを防げても、衝撃は身体に直に響くと言うが、それと同様の現象である。


 他の隊員が援護をしようと走るが、それよりさきに二撃目がダラスに命中する。肋骨が折れる音が聞こえて、ダラスは意識を手放しその場に倒れ込んだ。


【貴様ぁあああああ!】


 アイアン・トリケラトプスが巨大な刀剣・グレートソードを振るって、着物女に斬りかかった。

 彼女はそれを避けようとはせず、正面から日本刀で防護に入る。


 ガキン!


 大柄な体躯のトリケラトプスの重厚なグレートソードと、小柄な体躯の着物女の細身な日本刀がぶつかり合う。

 普通なら後者があっさりと叩き潰されそうだが、この場に起こった現実は違った。


 着物女はグレートソードの一撃を、余裕で受け止めていた。それどころが彼方を振り上げて、グレートソードを弾き返した。

 あれだけの体格差でこの結果。両所の力の差はあまりに顕著であった。


【ぐがぁああああ!】


 着物女の刀の連撃がトリケラトプスを襲う。あまりに速く、あまりに重い攻撃を全身に喰らったトリケラトプスは、全身の鎧をボロボロにされて倒れ伏した。


【くっ、くそお! なめるな!】


 隊長二人を倒されながらも、残りの隊員達がやけくそで次々と着物女に襲いかかる。

 彼女は彼らの攻撃を余裕でかわし、一人ずつ次々と剣撃を当てていった。結果全隊員がこの死骸の大地に倒れ伏した。




 偵察に向かった鉄鬼部隊が見たものは、カメラを通して司令艦の映像に全て伝わっていた。


【あの女を敵と認識する! 鉄鬼大隊出動を命ずる! 敵は可能な限り死なせないようにしろ! 生け捕りが最優先だ!】


 六百隻の大艦隊の各主力艦・輸送艦から、次々と鉄鬼達が発進していった。その数は約一万五千人。全てレベル3以上の高性能機種だ。

 その姿は様々で、武器も日本刀型・ロングソード型・ククリ刀型と、各生産国の特徴が現れている。


 空を飛ぶ一万人の人間が空中隊列を組み、戦闘が起こった奇形地形の場所へと戦闘態勢で高速で飛んでいった。


 着物女は遙か上空に見える、蜂の大群のような無数の鉄鬼達の影を、呆れ顔で見つめていた。

 やがてその影は大きくなっていき、常人の肉眼でもその姿が識別できるようになってくる。


『【我らは地球連合軍鉄鬼部隊! おとなしく武器を捨てて降伏しろ!】』


 黒鉄鯱=総隊長が、上空から鉄鬼に内蔵されている拡声機能を使って、着物女に投降を要求した。


 だが着物女は武器を捨てようとはしない。それどころか彼女の刀の刀身が、緑色に発光し始めた。そしてその光とともに、刀身から弱い風が発生し、周囲の草を揺らし始めた。


『【敵意を認識した! 攻撃しろ!】』


 相手は見た目はか弱い子供だが、実際はレベル6の鉄鬼が二人がかりでも倒せない猛者。この場の誰も、相手が人間などとは思ってはいなかった。

 命令とともに数千の鉄鬼達が、一斉に一人の敵に向かって、何の迷いもなく対地攻撃を放った。


 銃弾・エネルギー斬撃・火炎弾など、各々の武器から放たれる、いくつもの遠距離攻撃が、雨あられのように、着物女に襲いかかる。


 着物女は攻撃が迫り来る空に向かって、勢いづけて刀を振った。何もなければ何もない空間を、上に向かって素振りをしただけ、だが実際はそれ以上の現象が起こる。

 太刀筋が空を通ると同時に、凄まじい風が斬撃のような形の衝撃波となって、物凄い速さで空を裂いた。衝撃波は流星群のように降り注ぐ鉄鬼達の銃砲攻撃を、まるで豆を払うがごとく次々と弾き返した。

 衝撃波は敵攻撃を無力化しただけでなく、その攻撃を繰り出した鉄鬼たちにも余波の突風を浴びせる。


 あまりに強い風に半数以上の鉄鬼達が、空中でバランスを崩し、危うく遠くへ運ばれそうになる。

 あの総攻撃を全て受け止めた上に、こちらにまで僅かながらもダメージを与える程のエネルギー。それをあの小柄な人間の体から発せられたことに、総隊長は戦慄した。

 だがこれだけで負けを認めるわけにはいかない。


『【くそ! 怯むな! 攻撃を継続しろ!】』


 すぐに態勢を取り直し、更なる銃砲攻撃を発射する鉄鬼部隊。着物女もまた、再度あの衝撃波を放ってそれらを弾き返す。

 戦況は着物女が圧倒的優位だった。鉄鬼部隊は衝撃波を受けきれなくなり、防御する暇も取れず、その衝撃波を自身で受け止める羽目になる。


『【【うわぁあああああああ!】】』


 風の鞭とも言える衝撃波に打ち付けられ、鉄鬼達が次々と大ダメージを受けて墜落する。

 着物女は休むこともなく、次々と衝撃波を撃ち、鉄鬼達は殺虫剤をかけられたハエの群れのようにボトボトと地上へと落ちていく。


 三十ほど攻撃を当てた辺りで、ほとんどの鉄鬼達が大地にカッコ悪く降りていた。

 彼らは今の衝撃波でほとんどがダウンしている。だが二割ほどは墜落はしたものの、まだ戦闘続行できる余力は残っており、何とか地上で立ち上がって、着物女のいる方角へと、武器を構える。


 上空にもまだ残っている鉄鬼達が六百程いた。総隊長を含めたレベル5以上の精鋭中の精鋭達だ。彼らだけは今の衝撃波を何とか耐え抜いたのだ。


『【全員地上降下! 陸上近接戦でいくぞ!】』


 鉄鬼たちは空を飛ぶ際、重力操作で自身の体を極限まで軽くしている。身体が軽くなれば宙に浮きやすくなり、容易に空を自在に飛べるようにもなれる。


 だが身体が軽くなるということは、その身から繰り出される攻撃も軽くなるということ。

 同じ速度で同じ質量の物体が何かに激突しても、それが鉄の塊とスポンジ程の差があれば、衝撃力は圧倒的な差が出る。


 そのため空中から繰り出される攻撃は、地上で発射するよりも威力が大幅に低下していることが多い。空対地攻撃では地上の敵にどれだけ攻撃を与えても、十分なダメージを与えられないことがよくある。

 それゆえに陸上のビースト戦では、あえて一見有利に見える空中攻撃を行わず、わざわざ地面に降りて原始的な格闘戦に出ることが多い。


 今回の攻撃もそれゆえに、こっちの攻撃が全く通じなかった判断された。まあその点を差し引いても、鉄鬼数千の銃砲を全て打ち返す力は尋常ではないが。


「黒鉄音!」


 総隊長が日本語で技名を叫ぶと、黒鉄鯱の仮面から空間の歪みが発生する。その歪みは波となって着物女に襲いかかる。黒鉄鯱の特殊技の超音波攻撃だ。

 だが着物女は超音波を正面から受けても、大した反応がない。ただ強い不況音に不愉快そうな表情を見せるだけだ。


「効かないか! ならば!」


 総隊長が即座に抜刀し、着物女に突撃した。他の三千人以上の鉄鬼達もそれに続く。

 可能な限り生け捕りにしろと命令されていたが、そんな余裕を出せる相手ではない。全員敵を殺す気合で突撃した。


 各々の近接武器が荒波のように着物女を襲う。だが着物女は全く慌てる様子はなく、それらをとてつもない敏捷力で難なくかわしていった。

 そして自身の得物を、鉄鬼達に次々と繰り出す。


【ぐぁあああああっ!】

【ばっ馬鹿な!?】


 機関銃の掃射速度を超えるのでは、と思えるほどの速さで無数に繰り出される緑光の斬撃。

 それを受けたレベル5の鉄鬼は一撃で意識を手放す。レベル6は一撃目で膝をつき、二撃目で倒れた。


「うぉおおおおおおっ!」


 敵が大勢の相手に気を取られている間に、総隊長が刀身に必殺技エネルギーを溜め終えた。

 そして背後から着物女に襲いかかった。こういう卑怯な不意打ちは、総隊長自身も好まないが、今は何としても勝たなければならない。


 だが着物女は彼の気配に気付いていたようで、素早く反応し身体を独楽のように回転させて、総隊長の剣撃を受けようとする。

 よく見ると彼女の刀の緑光が、今まで一番強く光っているように見える。


 バキン!


 両者の刃がぶつかり合った途端、何かが折れるような音が聞こえた。互いの一撃がぶつかりあった途端総隊長の刀は、竹のようにポッキリと折れていた。


(そんな!? 我々ではどうやっても勝てないのか!?)


 着物女の剣撃が、腹に二発・胸に一発命中した。強い腹部への圧迫と、肋骨が軋む痛みに震えながら総隊長は倒れ伏した。無念の敗北である。


 その後総隊長が倒れたことに士気を崩された残りの鉄鬼達は、瞬く間に着物女に倒されていった。

 彼女のあまりに素早い動きに、退却するタイミングを一切見つけられないまま、部隊は壊滅した。


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