第五話 真河豚
鉄鬼部隊の壊滅は、艦隊を震撼させすぎた。艦隊はレベル3以上の鉄鬼をほとんど出動させてしまったのだ。これは艦隊の全戦力の大半を、たった一人の敵兵に倒されたことを意味する。
この事実は艦隊兵士達を絶望の底に追いやった。
ビーストの墓場の上に、気絶した鉄鬼達が山のように倒れている地面の上で、着物女は艦隊のいる方角を真っ直ぐ見つめた。
その方向の空には、常人には遠すぎて艦隊の姿を捉えるのは難しい。だが着物女にははっきりと見えているようだ。
着物女の周囲を囲うように、小規模な竜巻が発生した。それは彼女の足下に扇風機が置かれているのではないかと思えるような、奇妙な風の発生の仕方。
着物女の身体はその風によって上へと持ち上げられ、宙に浮いた。そして今度は下だけでなく、後ろ向きにも風が放たれる。
それが推進力となって、着物女は空へと舞い上がった。そして真っ直ぐ艦隊のいる方向へと突進していく。
【大変です! 敵がこっちに向けて飛行しています!】
通信士が大慌てで叫ぶが、わざわざ言わなくてもその姿は、司令部のモニターにも映っている。
【どうしましょう!? 主砲を撃ちますか!?】
【あんな小さな相手に、主砲なんて当たらないよ! 誘導光弾を撃て!】
各主力艦の装甲の一部から、引き出しのように何かが抜け出てきた。それは艦から小型の敵を撃ち落とすための固定武装の、誘導光弾の砲台である。
引き出しの側面は透明になっており、そこに砲身の短い大砲らしき物体がある。その後ろに砲兵が、発射装置のレバーを握っていた。
【発射!】
300隻の艦の2000近い砲台が一斉に砲弾を発射した。
その砲弾は一昔前まで使われていたような貫徹弾やミサイルなどとは全く違う。サッカーボールの二倍ぐらいの大きさの、白い光の弾だ。白く輝くエネルギー攻撃の砲弾が、一斉に一人の敵に発射された。
光弾は直線上をただ飛ぶだけではない。まるで鳥のように自在に軌道を変えて、敵に襲いかかる。
こういう誘導タイプは、直線上を狙撃するタイプよりも威力が落ちるが、命中率が格段に高いため、現代の軍艦の主力となっている。
目に見えないプロペラを纏って空を飛び、艦隊に接近してくる着物女に、数千の光弾が悪夢のように襲いかかる。
着物女は空中でも俊敏だった。軌道の判らない光弾を次々とかわす。かわしきれなかったものは風の刃で弾き飛ばした。
【駄目です! まったく当たりません! 艦に接触されます!】
通信士の悲痛な叫びがむなしく響く。着物女は既に艦の一隻に接触していた。一隻の攻撃艦の上面装甲の上を、漁船に舞い降りたカモメのように着地した。
そして足下の装甲に、刀を突き立てた。強固な特殊合金で造られた装甲に、その刃は豆腐のようにあっさりと突き通っていく。
そして緑光が一瞬強くなり、装甲の下の艦内に何かが送り込まれる。
艦内のある一室。その部屋には数人の機関兵と共に、とても大きな変わった機械が設置されていた。
台座のようなものに置かれた、青く透き通った半球状の物体である。大きさは運動会の大玉転がし程。それはプラネタリウムの装置によく似ている。
この装置はこの艦の重力制御装置である。これがこの艦に浮遊能力を与え、飛行能力を助けているのだ。
この艦が移動能力を持つために、決して壊してはならない重要箇所だ。それは青い光を淡々と照らしながら、今でもこの艦の航行を助けている。
スカン!
缶を蹴ったような妙な金属音が聞こえた。整備兵が何事かと戸惑うと、突然重力装置の光が消えて、その機能を停止させてしまった。
唐突な出来事に、整備兵達は慌てふためいた。
【何だ!? オーバーヒートか!?】
【いえ、そんなことは! つい2時間前に点検したばかりですよ!】
【おおい! 見ろあれを!】
一人の機関兵が指さす方向を、他の仲間達が一斉に目を向ける。そこは部屋の天井だった。彼らが見上げるその天井の一点、重力装置の真上についさっきまではなかった物があった。
その天井にはキツツキの巣のような、円形状の綺麗な穴がポッカリ開いているのだ。見ると下の装置の天辺にも、同じ大きさの穴が開いているのが見えた。
【何かが上から飛んできて、装置本体を貫通した?】
一人の機関兵のその呟きは常識ではあり得ないこと。だがそう考えれば今の事態の辻褄が合う。
事態を受け入れかねている最中、艦全体に地震のような揺れが発生した。艦が空中でのバランスを失ったのだ。
【ジェット噴射を最大限に放て。可能な限り安定を保ちながら、地表に不時着するぞ!】
艦長の指示により、艦は戦闘を諦めて、ゴタゴタと揺れながらゆっくりと大地へと降りていった。
その後の着物女の攻撃は、もはや単一な作業だった。
空中を自在に駆け回りながら、一隻また一隻と船の上に飛び乗り、その艦の装甲から風エネルギーの弾丸を艦内に撃ち抜く。それらは正確に艦内の重力装置を破壊し、各々の艦の空の自由を奪っていく。
ある艦がそんな作業を繰り返す着物女に、再び光弾を放った。だがそれらは全て避けられ、近くの味方の艦に被弾して装甲に損傷を与える。
【馬鹿者が! 同士討ちをする気か! 各艦に下手な攻撃をしないように言え! 艦同士の距離を開けるように移動させろ!】
艦隊は総司令の命令通りに動こうとするが、小さい者に飛び回られて撹乱していることもあって、思うように艦同士が離れられない。下手をすれば艦同士が衝突してしまう。
【敵が本艦に接触しました!】
その報告の僅か数秒後に、総司令が乗る司令艦が揺れ出した。今更事態を確かめる必要もない。とうとう司令艦までもが、敵に墜とされたのだ。
敵は狙って撃ったわけではないだろう。手当たり次第艦を墜としていたら、偶然敵の頭に当たったと言うだけだと思われる。どのみちこれは地球連合軍の敗北と同義だった。
【我々の負けか・・・・・・。これで良かったのだろうが、少し悔しいね・・・】
総司令のその呟きに、近くにいた操縦士は怪訝に思いながらも、艦の不時着に奮起した。その後艦隊は撤退すらできずに、あっとうまに全艦が墜落することになる。
長年の戦争に決着をつけるべく出動した地球連合軍の大艦隊は、出動1日目にして、たった1人の敵に惨敗をしてしまった。
『【先行した鉄鬼部隊の全員の生存が確認されました。骨折など重傷者が多数いますが、すぐ命に関わるような深刻な負傷者はいません。鉄鬼システムも、どれも修復不可能なほどの損傷はないもよう】』
【判った。すぐに全員を各艦に帰還させ、早急な治療を行え】
着物女に壊滅させられた部隊の救援隊からの報告は、死亡者ゼロというある意味驚異的な報告だった。そしてあの着物女は、艦隊を全て堕とした後、何も言わず何もせず、どこへともなく飛び去ってしまった。
副官のロバート・コープ少将が困惑して大元帥に問いかける。
【・・・・・・どうしましょう総司令? 正直この状態は全く予想していなかったのですが・・・・・・】
【さて、どうしたものかね。とりあえず相手の出方を待つか。通常ならこれだけの敵軍が領内に立ち往生していれば、討伐なり捕縛なりするための部隊が来るはずだ。通常ならば、だけどな・・・・・・】
異世界のどこかの大陸の、無限に広がるかと思える山林の海。その中に、この日おかしな建物が大量に建造されていた。
厳密には建物ではなく、墜落した飛行艦であるが。全長が150~300mはある巨大な金属の船が、大量の木々を踏み潰し、山林の上にどでかく乗っかっている。
そんな状態の巨大な人工物が、602もの数点在しているその光景は、自然の中の高級住宅街のよう。まあ一隻にかかる製造予算を考えれば、あながち間違いではないだろうが。
ちなみに皆着地を上手く成功させたようで、船体に深刻な損傷をしているものや、曲がったり倒れたりと不安定な体勢になっている物は、一隻もなかった。
あまりに早い敗戦に、艦内の兵士達の動揺は相当な物だったが、それは意外と早く落ち着いた。先行隊を含めて味方で命を落とした者が、誰1人としていなかったのが原因であろう。
そんな船団都市が形成された場所の一角。船の山々のかなり外側の部分にある、ある一隻の船での出来事。
その船は大型エネルギー砲が装着された主力艦と違って、あまり大きな武装はついておらず、形も少し変わっていた。全長220メートル程で、横幅がかなり太い。主力艦よりも大型なのに、その太ったデザインはかなり不格好に見える。
この艦の名前は“真河豚・三番”、武器・食糧・修理用部品などを大量に詰め込んだ大型輸送船である。所属は第16番艦隊。
通常この艦は戦闘に出ることはない。だが戦地に趣くにおいてとても重要な艦であることには変わりはない。
この進軍は長期に渡ってこの世界に在住することが計画されていたため、必要な物資は主力艦に詰められる程度の量では、すぐに不足することは明白だった。そのためこういう輸送専用の艦も必要になる。
より多くの荷物積む積載量+戦闘の流れ弾が当たっても大丈夫な為の分厚い装甲+荷物を積んで重くなりすぎた船体をきちん飛ばせるようにするための大型の飛行機関部分、といった要素を詰め込んで建造した結果、このような太った体型になったのだ。
この目立つ大きさは、かえって敵の標的になるのでは?という議論もある。だがそういう作戦を立てるような敵=人間との戦争に使われた事例はまだないのでなんともいえない。
『艦長の渡辺だ! 総司令部からの命令を皆に伝える! 全員このまま艦内に待機しろ! また艦内の積載している品を、再度確認しろ! 何か起こったときのために、必要な物の位置を今一度覚えておくんだ!』
真河豚艦長の渡辺大佐の命令が艦内に放送される。全員が言われた通りに、各兵自分の寮に待機・積載品の確認を始めた。
これだけの大型輸送品になると、倉庫の大きさも相当になる。体育館のように広い部屋の中を、きちんと見通すのは結構大変な作業だ。
実はこの艦、作戦発令が発表された直後に、いきなり作戦参加を命じられていた。輸送物資を少しでも増やすために、唐突に補充に入れられたのだ。そのため倉庫管理がかなり大急ぎで行われていたため、中の物資の分類や数などの管理は、結構雑になっている。
中にはその急がしい作業に紛れて、物資に私物を紛れ込ませている者もいた。
大量の箱や袋の中身を、各兵が一つずつ点検している中、1人だけおかしな行動をしている兵士がいた。
他の未点検の物資には目もくれず、特定の何かを探すような行動。この兵士の名は、高橋 海太少尉 18歳。身長168センチ、中肉中背でそれほど特徴のない顔立ちの若者だ。
僅か18歳で少尉という階級は、相当なエリートなのだろうと思われるだろうが、実はそうでもない。これには彼なりの不本意な事情がある。
倉庫の奥にある、大量の箱に押し込められた大きな棚の列がある。チョコ菓子のような見た目の保存食が大量に詰め込まれた中で、一個だけ異なる物が入った箱があった。
海太はその箱の場所をあらかじめ知っており、そして周りに人がいないのを確認してから、箱を棚から引き出した。
「うし、無事で良かったなお前ら」
箱を開けるとその中にあったのは、大量のコミック本や携帯ゲーム機・ゲームソフトであった。本来持ち込みを禁止されていた私物である。
この進軍は、一度行くと一年は帰って来れないという話だ。何もないかもしれない未知の領域で、何の娯楽もなく一年も過ごすなど耐えられないと考えた彼は、物資を運ぶ仕事を請け負った際、こっそりこの箱を紛れ込ませておいたのだ。
海太はその中のゲーム機といくつかのソフトを懐にしまうと、丁寧に箱を目立たない場所に隠す。
そしてチェック用の紙を出して、周りの物資の確認を始めた。後でこの辺りの物資は、全て自分がチェックしたと報告するつもりだ。
仕事は何も問題なく終わり、海太は自分の寮へと戻っていった。




