第三十話 艦長
その日の夜、農地の村にて。
この農地に建てられた家は、まだ建築中の物も含めれば二百件を超えた。夜になると各々の家に明かりがつけられて、この薄暗い夜の平地を照らしている。
明かりには、最初は艦から持ち出したライトが利用されていた。だがしばらくしてから動物の脂肪から取り出した油を燃料にする、原始的なランタンを利用する者が現れ始める。
最近では家屋用の電灯を、自分たちで作ろうという動きも出ているという。
その中の一つ、海太の家では現在夕食の準備がされている。何故か渡辺艦長までいた。数日前から、昼夜の食事にはこの家に入り浸るようなったのだ。
「なあ、陽子。米が出来上がったら、酒も造れるか?」
「無理です。お酒の作り方なんて知りませんし。ていうか酒税製造免許のない人が、お酒を造るのは違法だよ!」
「固いことにこだわるなよ。ここは御国の領土じゃないんだ」
渡辺艦長が酒を飲めないことに不満そうだが、陽子は断固違法製造には反対である。すると夢が口を挟んできた。
「お酒なんかより、大事なのは服だよ。私達ずっと同じ軍服を着た切り雀だよ」
「予備の服があるから着たきりじゃないと思うけど? それに本当の戦場じゃ、服なんて気にしてられないし、すごい贅沢な悩みだよ」
「まあ・・・・・・そうだけどさ。艦に服作りの上手い人とかいないかな?」
夢がちらりとブロックジャックに目配せする。
『さすがに俺でも服は無理だ。とうか材料がないだろう?』
「ウサギの毛皮とかは?」
『できなくはないだろうが、これからの季節、人間にはきつくないか?』
観測したところ、今は春が過ぎ、夏に入り始める季節らしい。ウサギの毛皮のコートが必要になる時期は、もっと先の話だろう。
「夢さん! 今の会話で思いついたんだけど、艦からウサギの肉を貰ってきてくれない? 今日の料理に使ってみたい」
「え? うん、判った」
唐突に陽子が、料理当番でもないのに夢にそう頼んでくる。夢は特に変に思わず、家を出て艦に向かっていった。
夢がいなくなったのを確認してから、陽子が海太に話しかけてくる。
「ねえ海太。最近噂の洞窟の話知ってる?」
「ああ、知ってるけど?」
その洞窟は、この村に結構近いところにあった。実は海太も、ちらりとそこを見に行ったことがある。
「私思ったんだけど、あれ海太の鋼鯱なら攻略できないかな?」
「俺が? できるかもしれないけど・・・・・やめておくわ」
「そう・・・・・・」
おおよそ予想していた返答であるため、陽子は特に言葉を返さず残念そうに俯いた。
あの洞窟は確かに重要な情報が隠されているかも知れないが、命令を受けたわけでもないのに、彼があそこに行く理由がない筈だ。
「実は俺も理由があってさ、何度かあそこに挑戦しようと思ったんだよ。でも色々考えて止めたわ」
「え!? 何で? 面倒だから?」
意外すぎる海太の言葉。彼にはあそこに行く理由があるというのだ。
だがそれより、理由があるのに挑戦しようとしない事実に、陽子は戸惑った。鋼鯱の実力なら、あの程度の敵造作もないはずだ。
「面倒だからってのもあるけどさ・・・・・・まあ単純に言えば臆病風かな? 正直あんな所に踏み込む度胸なんて、俺にはねえよ」
この返答に陽子だけでなく、側で聞いていた艦長まで首を傾げている。二人の不思議そうな反応に、海太は逆に戸惑っていた。
「臆病風? おかしなことを言うな。一本だたらの時は、大した度胸を見せたじゃん。危険かも知れない武器を、即座に使おうとしたりさ。私も結構かってるぞお前のこと」
「あれはほとんど勢いだったし、初めて会ったときも言いましたけど、俺かなり無能な奴ですよ。艦長みたいなエリートとは違うっての」
その言葉の瞬間、その場の気温が突然下がった気がした。よく見ると艦長の海太を見る視線が、睨むような形になっている。
(俺、何かやばいこと言った?)
困惑する海太。陽子の方も、艦長の不機嫌の理由がさっぱり判らない。
「そういう弱者のふりは止めろよな。逆に腹立つよ・・・・・・」
いきなり怒った口調になる艦長に、海太は目を丸くする。本当に気に触ることを言ってしまっただろうか? あまりに唐突な展開だ。
最初は洞窟の話題だったのに、何故か海太が責められるような構図になっている。
「弱者のふり?」
「お前最初に会ったとき、とんでもないことを言ってくれたよな? あれは臆病な人間が出来る事か?」
海太が入隊したとき、彼は上官や同僚が大勢いる中でこう言ったのだ。
《大元帥のクソババアに無理矢理入隊させられた高橋海太です。戦場なんて怖くて今すぐ脱走したい臆病者ですが、犯罪者になるのは嫌なので、しかたなく軍なんて組織に、不本意でお世話になります。みなさんよろしく!》
こんな言葉を、何の迷いもなくはっきりした物言いで、堂々口にしたのだ。これには皆、愕然として次の言葉を探すのに苦労したのだ。
「あれはああ言っておけば、規律違反とかで除隊されないかな?て思っただけですけど・・・・・・。最初の通告にあった軍への入隊は果たしたし、後はいいかな?て。ただみんなが大げさに反応しすぎたのでは?」
生憎これで注意はされたが、除隊はさせてもらえなかった。じゃあもっと問題のある言葉を言えば、クビにしてもらえますか?と聞いたところ、皆必死にやめてくれとせがまれたのだ。
『いや、普通の奴はそんな考え、実行に移せないと思うが・・・・・・』
「海太ってすごい。大元帥をクソババアなんて・・・・・・」
横で聞いていた陽子とブロックジャックが、信じられないと言った感じで、海太を見つめている。
海太はますます困惑した。この程度のことの、どこがすごいというのか?
「お前さ・・・・・・本当は臆病者じゃなくて怠け者だろ? 確かに無能だったら、責任重大な面倒な仕事を任せられなくて済むからな。今回のことだって、自分で現場判断するのがめんどくさいだけだろ?」
「それは・・・・・・どうだろ?」
ある意味的を得ている発言に、海太は何も返さない。思い起こせば、自分はあのダンジョンに、確かな命の危機を感じていただろうか?
「それともう一つ間違えてることあるよ。私はエリートなんかじゃない。私もお前と同じコネで昇進したクチだ」
「「ええっ!?」」
これには陽子もかなり驚いた。海太と共に驚愕の表情を向ける。
「・・・・・・ちょっと、声大きい。ていうかそんなに驚くことか?」
ここまで大きな反応をされるのは、艦長も予想外だったようで少し戸惑っている。
これはさっきの海太と同じ心理であった。何故こんなことで驚かれるのか?
そんな艦長の動揺など知らず、陽子も会話に割って入ってきた。
「そうだったんですか!? 確かに三十代で大佐というのは、かなり早い昇進でしたけど・・・・・・いったい何処のコネです?」
「いやあ、私もよく知らないんだよな・・・・・・」
「「『??』」」
この返答に、今度はブロックジャックまで疑問符を浮かべる。
「高校を卒業した時に、いきなり軍から推薦状が来たんだ。よく判らなかったけど、就職先を探す必要はなさそうだと、そのまま受けた。それで入ったら、とんとん拍子に階級を貰って、今では一艦の艦長というわけ・・・・・・。推薦者が誰なのかも知らない。ちなみに私の実家は、名家でも資産家でもないぞ。それなのに不思議な話もあったもんだ」
「「『・・・・・・・・・』」」
沈黙する一同。海太の感想は「それだけ? 他に細かい事情はないの?」だった。
「それは不思議というより・・・・・・不審と思うべき所じゃないですか?」
陽子が海太の思っていたことを、そのまま代弁してくれる。確かにこの話は怪しすぎる。
だが考えてみれば、渡辺艦長は将校としては変わった人だった。アニメ・ゲームオタクであるだけでなく、海太達のような格下の若者の家に、気軽に遊びに来たりと、随分考え方が庶民的だ。
最も一般的なエリートの人柄など詳しく知らないから、本当は変に思うところではないのかもしれないが……
「……それじゃあ軍学校とかは?」
「入ってないぞ。訓練も一月ぐらいで終わらされた。いっちゃなんだけどさ、英語が少しできる以外は、私の能力は凡人以下だぞ」
「そうなんですか?」
艦長は首を縦に振って話を続ける。訓練期間は海太と同じぐらいしかなかったのだ。その若さで大佐というから、雲の上の人だと勝手に思っていたのに……
こう考えると艦長の不機嫌の理由が判った気がした。多分本人もちょっと気にしているんだろう。その上でエリートとか言われたのだ。だがこれは彼女のプライドだけが問題でないはずだ。
「そんなんで世間体とか大丈夫なんですか?」
「大丈夫だったぞ。艦の連中は半分ぐらい知ってるけど、特にどうとも言われないし。艦のことは、誰かが指揮して責任とってくれるなら、誰でもいいって感じ?」
「そうなんですか・・・・・・」
今まで自分が思っていたことは何だったのか? この話が本当だと、船員のほとんどが、自分の予想していた思考とは全く違っていたことになる。
ドラマで見たような、階級・規律主義の軍人など、一人もいなかったのだ。入隊時に考えていた不安は、単なる自意識過剰だったのか?
「もしかしてコネがどうとかを気にしてたのか? だとしたら確かにその点は臆病だな。今の時代そんなの誰も気にしないし、ファイブドラゴンの事件があってから、望んで昇進したいと思ってる軍人も随分減ったし。
言っちゃ何だが、私からすれば真河豚の中で、一番優秀なのはお前だと思うぜ
あの洞窟、挑戦してもいいんじゃないか? どんな理由があるか知らないけど、本心ではあそこに行きたいんだろ?」
最初の怒気がだいぶ薄れて、次々と言葉を続ける艦長。本心では海太にあそこを探索させたいのだろうか?
だがこれに何と返せばいいのか海太は悩む。自分の視野の狭さを後悔するべきなのか? ただ目の前の女性艦長に、今までにない親近感が湧いてきた。
その自分にはない堂々さに、尊信すらあるかも知れない。彼女に優秀だと言われることが、どのぐらいの意味があるのか。世辞ではなく、本心で褒められるなど初めてな気がした。例え相手が、後半投げやりできだるそうな口調であったとしても。
「何か変な空気になったな・・・・・・。まあ私が勝手にキレて、話を脱線させたせいだけど。すまなかったな。じゃあ私はこれで・・・・・・」
「ま、待ってください!」
立ち上がって帰ろうとする艦長に、海太は慌てて声を上げた。




