第036話:自分の作った街に、自分が驚かされていた
『魔獣超特急』の車窓から流れる景色は、最果ての地に打ち立てられた「新しい時代」の動動たる足跡そのものであった。
ツヴァイクの黒鉄山脈を後にした『魔狼車列』が、一本の太い白い帯――百四十キロメートルに及ぶシームレスなコンクリート道路を南下していく。
最初に差し掛かったのは、かつて作物の育たない泥湿地と、高利貸しの脅迫に怯えるだけの貧村であったシルト男爵領である。
だが、現在のシルト領の風景に、かつての陰鬱な泥の面影はどこにもなかった。
「おい! クレイ本領からのサスペンション馬車が入るぞ! 三号倉庫のスペースを空けろ!」
「クレイ鋼の最新式農具とセメント袋、降ろし落とすなよ! 明日の朝にはショア湊へ転送だ!」
車窓から見下ろすシルト領の沿道には、ハンス工兵隊が適正価格で建設した、真っ白なコンクリート製の巨大な平屋建て倉庫群が幾重にも立ち並んでいた。
ツヴァイクの鉄、クレイのセメントや醸造物、ショアの海塩――。
自領および同盟領の物資が安全かつ迅速に集積される『大型一時貯蔵庫(中継ハブ拠点)』として、シルト領は目覚ましい変貌を遂げていたのだ。
道路沿いには木造やコンクリートの露店、出店商人がひしめき合い、クレイ特産のピートスモーク肉や温かいスープを買い求める人々で、まるで王都の市場のような活気に満ち溢れている。
そのシルト領の館では、気弱だったトマス男爵が、ピカピカの作業服を着た五人の幼い子供たちとともに、食卓を囲んでいた。
湯気を立てる食卓には、シルト領の肥沃な土壌で採れた甘いカブや根菜だけでなく、ラストン領から届いた滋味豊かなジビエ肉、ショア湊の新鮮な魚介、そしてクレイ特産の鴨肉など、同盟領地群の豊かな恵みが所狭しと並んでいた。
子供たちが「美味しい!」「お肉も野菜もいっぱいだ!」と笑顔で頬張る姿を、トマス男爵は涙ぐみながら見つめていた。
(ああ、オルテシア様……。我が領地を借金地獄から救い、このような豊かさと活気を与えてくださるとは……。この命、永遠にクレイ男爵家に捧げます……!)
*
超特急はさらに南下し、最南端のショア湊へと至る物流ラインを指し示していた。
かつて土砂が溜まり「死に湊」と化していたショア港は、嵐魔狼ブランカたちの圧倒的馬力による大浚渫を経て、巨大な「深海港」として完全に蘇っていた。
ツヴァイクから産出される高品質な鉄や製品は、サスペンション超特急と白いコンクリート道路による『自領・同盟領内の陸路ロジスティクス』によって、ショア湊を含めた各拠点へ完璧に制御・巡回されていた。
「野郎ども、気合いを入れろ! オルテシア様が通した白い道路のおかげで、陸からの物資は無限に届くぞ!」
港の埠頭では、日に焼けた強靭な体躯を持つ三十代半ばの現役船乗り――アルド・ショア男爵が、腕まくりをして威勢よく船乗りや荷揚げ人夫たちを指揮していた。
「遠方の商船が、うちの深海港とクレイ鋼の噂を聞きつけて続々と入港してきてる! 最高の礼節と適正価格で迎え入れろ!」
港町全体が、溢れんばかりの活気と熱気に包まれていた。
*
そして、対魔獣防衛線の最前線――ラストン子爵領『ラストフォート(最後の砦)』。
かつては補給を絶たれ、錆びついた粗悪な武具とボロボロの盾で、命を削りながら魔獣の侵攻に耐えていた悲壮な砦であった。
だが、いまやラストフォートの城壁には、驚天動地の光景が広がっていた。
「全隊、前進! クレイ鋼の防護板を前衛に立てろ!」
勝気な女騎士ヘレナ副隊長の凛とした号令とともに、漆黒のクレイ鋼甲冑と大剣を身に纏った兵士たちが、一糸乱れぬ鉄盾の陣を展開する。
凄まじい肉薄を見せる魔獣の爪や牙が、クレイ鋼の迅速防護板に激突するが――ガギン!と甲高い金属音を響かせ、魔獣の爪が真っ二つに砕け散る。
「引くな! 一気に押し返せ!」
ガレス子爵が振るうクレイ鋼の大剣が、一閃。魔獣の頑強な皮膚を紙切れのように切り裂く。
補給が途絶える恐怖はもう存在しない。適正価格で無制限に供給される無欠のクレイ鋼武具と、腹を満たす兵站食を得た最前線の兵士たちは――かつて防戦一方だった防衛線を、逆に『魔獣の支配領域(前線)を少しずつ押し返す』までに圧倒的な強化を遂げていたのだ。
*
そして――サスペンション超特急は、ついに最果ての中心地、クレイ領本城の駅へと滑り込んだ。
車窓から見えたクレイ領の景色に、オルテシアは密かに息をのんだ。
(……ちょっと待って。ここ、本当に私の知ってる泥湿地のクレイ領……!?)
かつての寂れた村の面影は皆無であった。
爆発的に増加した人口と、それを取り囲むように立ち並ぶ無数の店舗や住宅。
さらに、希望する領民や商人たちに対し、ハンス工兵隊が適正価格で建設している『真っ白なコンクリート製の建物や建造物』が、幾重にも美しく屹立していた。
まるで古代帝国の要塞都市と、近代の機能美都市が融合したかのような、白銀に輝く美しき拠点――。
駅のホームに降り立ったオルテシア、ギルベルト、ミリー、そしてヴィオラ一行を出迎えたのは、白衣を纏った醸造助手ルイーゼであった。
「お嬢様、皆様! おかえりなさいませー!」
ルイーゼが丸眼鏡をキラリとさせ、元気いっぱいに一礼する。
「ルイーゼ、留守をよく守ってくれましたわね」
「はい! 泥炭スコッチの追加熟成も順調で、『クレイ・スパ』用の美容オイルも大人気です!
あ、試飲でほんの少し舐めたら、また笑いが止まらなくなって大変だったんですけど……キャハハ!」
「……こほん」
ヴィオラが手元の羊皮紙をサッと広げ、丸眼鏡の奥の切れ長な瞳をすっと光らせた。
「ルイーゼ、無駄話はそのくらいにしなさい。お嬢様、出張中にご命令いただいた件、手配は完了しておりますわ。
ブルクハルト子爵からの防護板五百枚、大剣二千振りの受注試算に基づき、連続反射炉の二十四時間連続操業シフト、
ならびにセメント工場の二倍拡張計画の第一期工事を手配済みです。
……ハンス隊長も『新しい巨大なコンクリート防壁と工場を普請できる!』と、
歓喜で鼻血を出しながらハンマーを振り回しております」
「ふふ、頼もしいかぎりですわね、ヴィオラ」
オルテシアは優雅に微笑み、完璧なポーカーフェイスを維持した。
だが、その胸の内では、大歓喜のガッツポーズが炸裂していた。
(よっしゃあああ!!! 内政もインフラも生産体制も、完璧に噛み合いすぎでしょこれ!!!)
(シルトは物流の要の倉庫拠点、ショアは海と陸を繋ぐ交易港、ラストンは無敵の防壁、そしてこのクレイ本領は真っ白な超近代要塞都市!!!)
(完璧だわ……! この圧倒的な生産性とロジスティクスがあれば、どんな大貴族の圧力が来ようと、札束と鉄の暴力で返り討ちにしてやるわ!!!)
最果ての地に築かれた真っ白な要塞都市を見上げながら、オルテシアのポーカーフェイスの裏で、勝利への野心がさらに大きく燃え上がっていた。




