1、螺旋、起動!
狭間陸は月の衛星軌道上にあるコロニーM25の通路を歩いていた。
通路の壁はガラス張りになっていて、宇宙空間が見える。ちょうど、青い地球の輝きが目に入ってきた。
隣には白衣の科学者が3人いる。
「この先です、狭間陸さん。あなたは人類の希望。今日は地球に希望の光が差し込む日になるでしょう」
「……」
科学者にそう言われたが、陸には実感がなかった。
陸は詳しい話は何も聞かされないままここにやってきた。
陸は地球に住む普通の高校1年生だった。
「アルマゲスト」と呼ばれる星団を支配する異星人との戦争が始まったのは今から5年前。
アルマゲストは巨大な宇宙船を携えて、太陽系近辺にやってきた。
人類が3つの巨大ブラックホールに挟まれた銀河の1つ「ローラ」の開拓を始めたばかりのころだった。
アルマゲストも地球人が発見したのと同時期に開拓可能な銀河「ローラ」を発見し、興奮していた。
地球とアルマゲストの科学力は拮抗していた。
アルマゲストは巨大ブラックホールの先にある銀河「ハーベスト」を支配していた。
ハーベストは太陽系における太陽に似たテラという恒星があり、ハーベスト系はハーベスト・テラ系とも呼ばれる。
ハーベストには地球と酷似した惑星が3つあり、その3つの惑星で知的生命体が生まれた。
地球人が宇宙開拓に本格的に着手したころ、ハーベストの知的生命体も宇宙開発に着手していた。
その結果、2つの文明が激突した。
地球とアルマゲストは大規模な交戦からお互いを認識し、その後は外交ができるまでにお互いの理解が進んでいった。
しかし、太陽系とハーベスト・テラ系では資源の量に大差があった。
太陽系に存在する資源を100とすると、テラ系に存在する資源の量は推定60億。
2つの文明が切磋琢磨していくと、時間が経過するほどにアルマゲストが有利になっていく。
技術差は拮抗していたが、いずれはアルマゲストが地球を圧倒する日を迎える公算が大きかった。
宇宙開拓を主導していたアメリカが叩くなら今しかないと判断し、地球側は本格的な攻撃を始めた。
外交は収拾がつかなくなり、戦火は両方に広がっていった。
それから5年。戦いは転換期を迎えようとしていた。
地球人全員を対象とした健康診断が行われた。
健康診断という体だが、その診断は「最終兵器、螺旋」を動かすことができるDNAを探すDNA検査だった。
螺旋の正体はトップシークレットで当時は陸もその存在を知らなかった。
DNA検査の結果、陸には螺旋を動かすDNAパターンが備わっていることがわかった。
その日のうちに陸のもとに政府要人がやってきて、陸は宇宙に向かうことになった。
宇宙エレベーターが世界中に存在していて、陸は東京にある宇宙国際空港からM25コロニーにやってきた。
M25コロニーはアメリカと日本が共同で管理する小さなコロニーの1つで、軍事的最前線を担うコロニーではなかった。
このM25コロニーにて、螺旋計画は進んでいた。
陸はある部屋に案内された。
小さな会議室のような場所に偉そうな人々が幾人か腰かけていた。
陸も知っている顔がいくつもあった。
1つはアメリカ大統領、ケネディ・ジョーンズ。
1つは日本内閣総理大臣、南恵梨香。
その他の顔ぶれもおそらく政治の中枢にいる偉い者と思われた。
よそよそしくしていた陸は秘書と思われる女性に促されて椅子に座った。
「陸、おめでとう。君はたったいま救世主となった」
アメリカ大統領、ケネディが微笑んで言った。
「君は地球を救い、宇宙の未来を切り開き、場合によっては神となる」
ケネディは立ち上がり、手を広げた。勇ましい言葉をポジティブな様相で陸にぶつけた。
陸は反応に困り、たどたどしい表情を作った。
「すまない、いきなりそんなことを言われても困ってしまうね。大人のいけないところだ。大人の都合だけで話を進めるから少しも気が利かない」
ケネディは自粛の言葉を述べた後、陸の隣にやってきた。
「私たちは神話を手に入れたのです」
ケネディはそう言ったが、ますます意味不明だった。
「君も知っての通り、科学の発達が我々を宇宙に導き、宇宙に永住する権利を与えた。科学によって宇宙は開拓され、いずれは科学がすべてを支配することになるかもしれない。しかし、いまはまだ時期尚早だ」
ケネディは秘書の女性に相槌を打った。
秘書の女性が機械を操作し始めた。すると壁にモニターが表れ、映像が映し出された。
そこに映し出されたのはロボットのような機械。
ロボットアニメに出てくるようなデザインに見えた。実用性に特化した兵器には見えない。
陸はその映像をぼんやりと見ていた。
「この機械は螺旋。君の住む日本の地底から発見された古文書に記録があり、冥王星の開拓中に深いドライアイス鉱床からついに発見された。わかるかね? これは科学ではない。我々の科学を超越する神話の存在」
ケネディは陸の隣に腰かけた。
「螺旋はまず核兵器が通じない。持てる科学の粋のすべてを使っても傷1つ付かない。そのボディは現存するすべての原子、素粒子とは異なるもので出来ている。ダークマターの1種というべきか」
ケネディは子供にもわかりやすい言葉を選んで螺旋について説明した。
「しかし、螺旋は無口な犬。我々の問いかけには何も応えない。味方にもなってくれない。螺旋は魂の抜け落ちた抜け殻。螺旋が息を吹き返し、我々の協力者となってくれるためには、神話の続きを刻む救世主が必要です。古文書に救世主のDNA構造のヒントが記されていた」
ケネディはみなまで言わず、陸のほうに目配せした。
「救世主は君に間違いない」
ケネディは陸にそう言った。
言われて、陸は目をそらした。
「いや、まさか、そんな……だって僕……ただの高校生で……」
成績がいいわけでもない。普通の家庭生まれだ。いや、普通の家庭ではないのかもしれない。
物心ついたころにはシングルマザーの家庭で、父親の所在は不明。
母親も父親の話はしたがらなかった。だが、母親に関しては普通の女性だった。
普通の料理を作り、普通のスーパーのパートで働いていた。
科学者ではないし、何か特別なつながりが他にあったわけでもない。
陸も普通に小中高と通っていただけだ。
運動音痴で良くいじめられたが、友人も少数だがいる。特別な人生を歩んでいる自覚はなかった。
母親は去年亡くなった。持病の肝硬変が悪化して意識を失い、そのまま帰らぬ人になった。
その後、陸は政府の援助を受けながら寮で一人暮らしを始めていた。
「ふむ、誰だってそうだ。私も普通の公立学校に通う落ちこぼれの苦学生で、大統領になるなんて信じられなかった。しかし、ある日、プラモデルの大会に誘われ、プラモデル作りに興味を持ち、工業アカデミーに入り、気が付けばこうして大統領に」
ケネディは自分の経歴を簡単に語った。
「君も同じさ。すべてのきっかけは神の気まぐれによって与えられる。君は救世主になるんだ」
「……」
それでも、陸は実感がわかなかった。
「陸、これから螺旋のもとに行ってみよう。何かを感じることができるかもしれない」
M25コロニーには約8000人の人が暮らしている。
大規模コロニーだと、10万人を超えるものもある。
内部は重力波で満たされていて、コロニーの重心を軸に地球上と同じ重力がかかっている。
自給自足が可能な大規模コロニーには、学校やショッピングホールも存在する。
M25コロニーは小規模なコロニーに分類される。
学校やショッピングホールはない。発電はできるが、外部から多くの物資を調達する必要がある。
コロニーには毎日30を超える輸送宇宙船が行き来する。
螺旋が収容された後もM25コロニーに目立った大きな変化はない。螺旋計画は秘密裡に行われており、今日大統領や総理大臣がやってきたのはコロニーの視察という名目だった。
螺旋はM25コロニーの重心近くの最下層の格納庫に収容されていた。
エレベーターで降りること1分。扉が開いた。
陸の目の前に螺旋が姿を現した。
陸は目線を上げて、螺旋と目を合わせた。
兵器にしては小さかった。
全長は7mと説明を受けていたが、ロボットという認識だと一層小さく見えた。
「これが螺旋?」
拍子抜けしたように陸はつぶやいた。
やや遅れて、ケネディが陸の隣に並んだ。
「そうだ、これが地球の希望、人類の希望、最終兵器、螺旋だよ」
「……」
陸はしばらく螺旋と目を合わせていた。
すると……。
一瞬だけ螺旋の目が青く輝いた。
カメラのフラッシュのようにわずかに目が眩んだ。
「螺旋起動?」
近くで研究者が大きな声を上げた。
「おおっ、いま確かに光ったぞ」
ケネディはそう言って興奮気味に螺旋を見上げた。
かなり遅れて、総理大臣の恵梨香がエレベーターから出てきた。
彼女は終始落ち着いていて、何もしゃべらなかった。
「陸、きっと君に反応したんだ。もっと近づいてみよう」
ケネディに促されて、陸は歩を進めた。
螺旋との距離が近づくに連れ、陸は懐かしさを覚えた。
デジャブか何かだろうか。
「陸、いま橋を渡す。螺旋に触れてみてはどうか。おーい」
ケネディが合図すると、螺旋のもとにつながる橋が伸びた。
陸はゆっくりとその橋を進み始めた。
「どこかで見たことがあるような……」
「本当かね?」
「いや、でもそんなわけないんですよね」
「そうとも限らない。前世の記憶については科学的に解明が進んでいるんだ。もしかしたら、君の前世の記憶が思い起こされているのかもしれない」
ケネディは力説した。
「さあ、陸。螺旋のもとへ」
ケネディは足を止め、歩き始めた陸の背中を見送った。
螺旋と陸、二人の距離が縮まった。
その時、螺旋は起動した。
大きな音が響いた。周りにいた者はみな螺旋に目をくぎ付けにした。
彼らの視線は徐々に陸のほうに移動した。
陸の体は青い光に包まれていた。
「おお、これは一体?」
陸は自分の体に起こった異変に気付かず、螺旋に向けてゆっくりと歩を進めた。
螺旋に触れることができる距離に達したとき、陸の姿は突如消えてしまった。
「消えた。何が起こった?」
ケネディは大きなコンピュータの前にいた科学者のほうに目を向けた。
「追えません、物体が移動した重力波の乱れもキャッチできません」
「完全に消えたのか?」
ケネディは興奮気味に螺旋を見上げた。
螺旋は青い輪のようなオーラをまとっていた。
螺旋、起動。それは間違いなく陸の干渉によって現れた結果だった。




