その4 80年モノの熟成
「百年の孤独」っぽく言ってみたかった。
その祖父母ですが、戦後に遠い親戚の(どうも同じ部隊の仲間でもあったらしい男性の)遺児を引き取った、面倒を見たらしいのです。
80も半ばを超えたそのおばあちゃん、今も亡き祖父への感謝を口にします。
あずかり知る限りの祖父の人柄を思えば、美化はともあれ「それらしいな」と。
ただ、その。
元・ベイスターズファンとしては、どうしても引っ掛かりを覚えたのです。
ポリアンナ(パレアナ)症候群……ではないよね、と。
「日常があまりにつらいものだから、小さな『良いところ探し』をしてしまう」という、現実逃避の一種だそうです。
「村田が本塁打、内川が三安打。だから今日は勝ったも同然だ」というアレ。
往年の阪神ファンこそがよくご存じの感覚かもしれません。
「桑田から1点とったから、斎藤の完投を阻止したから、今日は勝ったも同然だ」
「ス……セカンドの和田が今日もヒットを打った。ビールがうまい」
つまり、その。
もしや両親を亡くしたつらさ、あるいは……「引き取られ先」でのつらさ。
そういったものが存在していたのではないかと。
そのせいで「こうして生きている、それだけでも、いやそれこそが幸せなんだ」と強く思うようになって「しまった」ということではないのかと。
長年話を聞いてるうちに、「これは本音の感謝だ。祖父母は相当まじめにやっていた」と、まあ。いちおうの確信を得るには至りましたけれども。
裏返して言うならば「六尺之孤」「戦友の遺嘱」というもの、想像以上に重いようです。
これもあるいは戦争経験者にしか分からないところなのかもしれません。
ともあれ。
確信を得た理由の一つとして、何十年たっても挨拶に来ては感謝の言葉を口にする、思い出話にできる……というあたり(その事実だけなら疑いようもありましたが)にまつわる事情があります。
このおばあちゃんについて、雑に言うとと申しますか、いえおそらく、彼女の心情を最も的確に表現しうる言葉を挙げるとすれば、「家の子郎党」意識であろうかと。
事実、「家を盛り立てていかなくちゃ」という言葉が5分に一度は出てきます。
私のような「若君(若いとは言ってない)」にあたる一族の男どもに対しても、「老臣」ポジからの善意による説教が、まあめんどくさい。
それも内容がアレなんです。戦後民主主義とは遠いにもほどがあるのです。
祖父も年の割にはリベラルな部類だったのですが、その実像を忘れ果ててる、見ようとしない。
豪傑ぶりの男らしさを以て善と為し、一片の疑いすら容れることがない。
当たり障りないところを挙げるならば、酒飲めないとか言えたもんじゃない。だから代わりに食べるしかない。ガツガツ食べて大声で笑っていれば、そのなんです、うるさいことを言われずに済む。
なお、食べ終わった皿を台所に運ぼうものなら……私が説教されるなら良いんですよ。親戚の女性に怒りだすとあっては、もうどうしたら良いのですかと。戦後80年ですよ?
それでも、です。
どれほど反感を覚えても、日ごろのポリシーに背くものであっても。
このおばあちゃんに対して「いまどき『家制度』なんて」「『男らしさ』なんて」とか、言い出せるものではない。
祖父との思い出、歩んできた人生。聞いてしまいますと。
「家というもの」が、若き日この人の心を守り背中を押し続けていた。
私の目には疑いようもない、これはひとつの事実です。
そしてもうひとつ。
孤児とその人生。
これもまた「戦争が必然的に生み出すもの」「戦争が長年残し続けるもの」であること、疑いを容れぬひとつの事実であろうかと。
「ひと様のこと」・「それそのもの」を小説の・話のネタにする、消費する。
どうにも自己嫌悪感が拭えないところはあります。
ただやはり、こうした形で現れた戦争体験について、最近言及がすこし減ってきているような気もしたもので。
とはいえ「おしん」や「世界名作劇場」が共感を呼ぶ時代すら遠くなりつつある。
それもまた、良いことだろうと思うのです。
(実のところは「安全圏」に引き取られた人も多かったのだろうと想像しています。そうでなければ、ドラマですら見ることがつらいんじゃないかなって)




