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恋心とは一筋縄ではいきません

——危ない、本気で堕天使になるところだった……。


 エルディは青ざめながら、自分を抱きしめているヒュルケを見つめた。


「どうなさったの? 私、強く抱きしめ過ぎたかしら!? ごめんなさいね、エルディ!」

「いえ、確かに肋骨が折れるかと思いましたが、それよりも心が折れそうです……」


 ヒュルケは心配そうにエルディを見上げると、シーグリーンの瞳を向けた。ドキリとする程に美しい。


「心ですの? 大丈夫、人生七転び八起きですわよ?」


 柔らかそうな唇が可愛らしくそう言葉を告げる様を見つめ、エルディは「……ふむ」と唸った。


「まあ、いいでしょう」


 エルディはヒュルケの頬にするりと指先を滑らせると、銀色の瞳でじっと見つめた。


「そこはお嬢様に倣いましょう」


——要は、惚れさせればいいのだから。


 エルディが抱き寄せてゆっくりと顔を近づけて口づけをしようとし、ヒュルケは心臓がどうにかなりそうな程に強く鼓動しながらも、ぎゅっと瞳を閉じた。


 顔が近づくと、瞳を閉じて鋭敏になった皮膚にエルディの温もりを感じる。野獣の姿ではないエルディの唇を想像し、キスをしたことのないヒュルケは吐き気を帯びる程の緊張を味わった。


——『主従関係』にあるエルディとキスをするのは、おかしいですわよね!? けれど、こんなの拒絶できるはずがありませんわ……! だって、本当は愛しているのですもの!!


 もう僅かで唇が触れるという瞬間、部屋の扉をノックする音が聞こえ、エルディは慌ててヒュルケから飛び跳ねる様にして離れ、再びテーブルの角に脛を打って悶絶した。


「サルメライネン公爵家のヒュルケお嬢様を探しています! 仮面を損傷されたとの事で、代えの物をお持ち致しました!」


 扉の外から使用人が声を掛け、ヒュルケはハッとして瞳を開くと、蹲って痛みに耐えているエルディを見て、憤然として頬を膨らませた。


——使用人の事なんか無視してキスしてくださればよかったですのにっ!!


「仮面を持って来てもらって助かるけれど助かりませんわ!」と不満をぶつけ、まさか叱られるとは思いもしなかったであろう使用人が、「えっ!?」と、喉の奥から悲鳴に近い声を発した。


「し、失礼致しました! ですが、あの……その……!」


 扉の外で戸惑っている様子を気の毒に思い、エルディは脛を擦った後、くるりと優雅に回転した。背に生えた純白の翼が消え、服装が黒いスーツ姿へと変わっている。

 銀髪を整えながらツカツカと扉へと向かうと、扉を開け放って廊下でオロオロとしている従者へと声を掛けた。


「予備の仮面は私が受け取っておきます」

「エルディさん、お戻りだったのですね!」


 使用人はホッとした様にエルディを見つめて涙ぐみ、やはりお嬢様の相手はエルディでなければ務まらないと考えながら仮面を手渡した。



◇◇


 仮面を身に着けたヒュルケは、舞踏会の会場の隅でレモネードを飲んでいた。先ほどの失態で既に身バレしている為、我儘で高慢として悪名高いサルメライネン公爵家の令嬢をダンスに誘う者など誰一人として居なかった。


——まあ、そうなりますわよね。


 時間つぶしでヤケレモネードをしていると、すっと白い上品な手袋を嵌めた手が差し出され、ヒュルケは小首を傾げた。

 金色で縁取られた陶器の様な仮面を身に着けたその男は、手を差し伸べながら「私と踊って頂けませんか」と優雅に尋ねて、僅かに頭を下げた。


 その様子を目にして、ハッと息を呑む。


——アレクシス王子!


 直観的にそう感づいたヒュルケは、差し伸べられた手を暫く見つめた。


『いつか、ダンスを踊る時。ヒュルケは私の申し出を断ったりしないだろうか』


 少年であった頃のアレクシス王子の姿が、ヒュルケの脳裏に浮かび上がる。


『私はヒュルケ程の運動神経が無いから、きっと上手く踊れないと思う……』

『そんなこと、気にする必要なんか無くてよ!』


 幼少期のヒュルケが胸を張ってそう言い切った。


『うまく踊る必要なんか無いわ。だって、貴方はアレクシス王子。この国の第一王子殿下なのですもの。ただただ、自信を持っていさえすれば、大丈夫に決まっていますわ』


 尚も不安げに俯く少年の手を取り、ヒュルケは微笑んだ。


『それに、どんな失敗も私が支えますもの!』


——そう。『支える』。確かにそう誓いましたわ。


 ヒュルケは目の前で不安げに微笑むアレクシスを見つめながら、ズキズキと痛む心を必死に押し殺した。

 おずおずと自らの手を差し出すと、男はホッとした様に口元に笑みを浮かべた。


 スカイブルーの瞳が、仮面の奥から優しい視線を向ける。


 手を取り合い、奏でられる音楽に合わせ、一歩踏み出す。

 それはまるで、何度も練習を重ねたパートナーであるかのように、息がピッタリと合った一歩だった。自ずと周囲の者たちが注目し、そっと間を取り場所を開ける。


 奏でられる音楽に合わせながら、二人だけに用意された舞台であるかのように踊ると、アレクシスははにかむような笑みをヒュルケへと向けた。


「やっと、願いが叶いました。幾度となく貴方と踊る事を願った事か知れません」

「私と、ですの?」

「貴方以外、誰が居ましょう?」


 高鳴る胸をそっと宥めながら、ヒュルケはアレクシスからチラリと視線を背けた。すると、その先に立っていた銀色の瞳の男と目が合った。彼はふいと顔を背け、興味が無い素振りをしてズキリとヒュルケの心が痛んだ。


——エルディ。どうして目を反らすの……?


 そう考えた時、ヒュルケの脳裏にざわざわと異物の様な思考が浮かび上がった。


——私が、アレクシス王子と結婚すれば。エルディは堕天することもなく、執事としてずっと側に居てくれるのかしら……?


「ヒュルケ」


 アレクシスが優しくヒュルケの手を包みながら感極まった声を漏らした。


「貴方とこうして踊る事が出来て、私は幸せです」


 嬉しそうに微笑むアレクシスを見つめながら、ヒュルケは自分の考えの罪深さに絶望した。


——私は、今何を考えたのかしら……? この優しい人を利用して、自分の為だけに都合のいい様に……。


 つ……と、ヒュルケの頬を涙が伝った。


「……ヒュルケ?」

「ごめんなさい!」


 そう言って、素早く踵を返した。


——なんてことかしら。私は、卑怯者になんか絶対になりたくないのに!!


 だが、足が縺れてキャッと悲鳴を上げて倒れこむヒュルケをアレクシスが支え、二人は同時に床へと音を立てて倒れこんだ。


 周囲のざわめきの中、ヒュルケは唇を噛みしめた。


——最悪ですわ。殿下にも恥をかかせてしまうだなんて!


 床に膝をついたまま身動きとれずに居るヒュルケに、アレクシスはゆっくりと立ち上がって手を差し伸べた。


「お怪我はございませんか? 申し訳ございません。美しい天使を逃すまいと必死になり、周りが見えておりませんでした。恋は盲目というものを実感してしまった様です」


 彼の言葉に周囲が笑い、和んだ。ヒュルケが差し伸べられた手を取ると、アレクシスは優しく彼女を立ち上がらせ、スカイブルーの瞳を細めて微笑んだ。


「さあ皆様、天使は無事な様ですのでご安心を。引き続きパーティーをお楽しみください」


 アレクシスは紳士的な振る舞いで卒なくその場を収めると、ヒュルケをエスコートして椅子へと座らせた。


「足をくじいてしまった様ですね。これ以上のダンスは控えた方が良いでしょう」

「ごめんなさい、殿下。私が突然あんな風に……」


 アレクシスはヒュルケの唇の前に人差し指を当て言葉を遮ると、ニコリとほほ笑んだ。


「貴方にとって、今日は社交界デビューの日なのですから、緊張し恐れを抱くのも至極当然のことです。そのように不安に思わずとも大丈夫です。この舞踏会は王室主催。今日は私がホストなのですから」


 そして、「失礼」と低い声で断ると、ヒュルケを軽々と抱き上げた。

「キャッ」と悲鳴を上げて思わずアレクシスの両肩に手を回して掴まると、「一人で歩けますわ!」と顔を真っ赤にして言った。


「この様な役得をむざむざ手放す訳にはいきません。ヒュルケ、皆気づいているのです。私がこの国の王子であり、貴方がサルメライネン公爵家のご令嬢なのだということを。仲睦まじい様子を見せることで、婚約破棄の申請を棄却する絶好の武器になります」


 ヒュルケを抱き上げながら、颯爽と歩を進めるアレクシスの姿は、彼の言葉通り招待客達の記憶にしっかりと刻み込まれた。


 二人は想い合っているのだと……。

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