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仮面舞踏会

 アレクシスから受け取った舞踏会の招待状は、仮面舞踏会という一風変わった趣向のものだった。


 悪名高いヒュルケを貴族達が遠ざける、『社交界』という場を変えるきっかけとなればと、彼なりに考えあぐねいた事なのだろう。

 それにはヒュルケも内心ホッとしていた。


——そうでもなければ、誰も私とは踊りたくないと思いますもの……。

 ……別に構いませんけれど。


 ぷっと頬を膨らませたヒュルケに、侍女が「お嬢様、メイク中ですから」と慌てて声を掛けた。


「あら、ごめんあそばせ。でも、どうせ仮面で隠れてしまうのですもの、どんな顔をしていようとバレやしませんわ」


 その言葉に周囲に居るヒュルケを飾り立てる準備をしている侍女達も、クスクスと明るい笑い声を上げた。『メイクが失敗しても気にするな』という、先ほどから緊張しながら熱心にメイクを施してくれている侍女への、ヒュルケなりの気の使い方なのだ。


 ヒュルケに『思いやり』の心が戻った事で、サルメライネン公爵家に仕える使用人達は、今ではすっかりと公爵令嬢に対する警戒心を無くした。


 彼らが心を許す事になったきっかけは、ヒュルケ自身が直接使用人達に謝罪をしたからである。『今までの自分はどうかしていましたの……』と、それはそれは随分な低姿勢ぶりに、父である公爵までもがあんぐりと口を開けて驚いた程であった。

 とはいえ、それまでがあまりにも酷すぎた為、簡単に蟠りが解けるものでもなかった。


 だが、エルディを失った寂しさのあまり、時々ぼんやりとしながら寂しげに肩を震わせて涙を零す姿をみせつけられては、放っておけるはずも無かった。

 公爵家に仕える使用人達はそれほどに皆誇りを持って従事する者達ばかりなのだから。


「私、今日の王室主催の仮面舞踏会が、社交界への初めての参加ですの。上手く踊れるかしら……」


 不安気なヒュルケに、侍女は優しく微笑んだ。


「上手く踊れずとも問題ございません。だって、仮面舞踏会なのですから」

「そうですよ、お嬢様。失敗したって誰が誰だか分からないのが良いところです」


 侍女から励ましの言葉を貰い、ヒュルケは「そうですわね!」と持ち前の天真爛漫な元気さを取り戻した。


——エルディなら、なんて声を掛けてくれたのかしら……? いつもの淡々とした口調で、皮肉の一つも言ったに違いありませんわ。


 そう考えて、クスリと小さく笑った。


 どうせ彼の事だ、『例え仮面を身に着けていようとも、お嬢様がサルメライネン公爵家の方であると馬車を見れば一目瞭然でしょう。淑女としての振る舞いをお願いしますね』と注意したに違いない。


——今、どうしているのかしら。魔法使いには魔法使いの国というものがあったりするのかしら? もう二度と会う事はできないの……?


 ヒュルケの寂しげな表情を見つめ、侍女達は口を噤み、皆黙々と準備に取り掛かった。



◇◇



 王城へと続く道は馬車の長蛇の列が出来、大賑わいだった。やっとのことで正門へと到着し、馬車から降りる事が出来る解放感を味わいながらも、ヒュルケは仮面を身に付けるという今度は別の窮屈を強いられた。

 ヒュルケが身に付けた仮面は、ガラスの靴をイメージして薄水色のシルクで仕上げた仮面だった。エルディと共にシンデレラの物語の中で夜の散歩を楽しんだ思い出が忘れられなかったのだ。


 馬車のドアを開けて降りようとすると、公爵家のフットマンではない別の男がヒュルケへと手を差し伸べた。

 彼も皆と同様に仮面を身に付け、どこの誰なのか全く以て分からない。

 白い羽根を固めて作った様な上品な仮面で目元を隠してはいるものの、シャープな顎や整った形の唇から、随分な美青年の様に思えた。


 そして、品良く手を差し伸べる様子には威厳すら感じる程に洗練されており、身分の高い高貴な者である事が分かった。


——ひょっとして、アレクシス王子がフットマンに変装しているのかしら……?


 ヒュルケはニコリと微笑むと、差し出された手を取って馬車から降りた。


 羽根の仮面の男にエスコートされながら踏み入れた王城のダンスホールは、派手派手しい衣装の者達で賑わっていた。豪華絢爛な王城内の装飾が霞んで見える程に、皆めいめいの個性を生かした統一性のない衣装は、仮面舞踏会というよりも仮想パーティーの様でもあった。


 怖気づくヒュルケにお構いなしに、羽根の仮面の男は颯爽とフロアの中央へとエスコートすると、無言のまま深く頭を下げた。

 ダンスの申し入れのつもりなのだと察知し、ヒュルケは戸惑った。


——随分と強引なダンスの誘いだけれど、断るのは無礼ですわよね……。


 渋々ヒュルケが承諾すると、奏でられる音楽に惹かれる様に、周囲にも妙な出で立ちのカップル達が集まって来て、皆一斉に踊り始めた。


 ヒュルケは内心ではおろおろとしながらも、堂々とステップを踏んだ。羽根の仮面の男はリードが上手く、場慣れしている様に思えた。やはり正体はアレクシスなのだろう。

 踊り出してみると直ぐに楽しくなり、周囲に合わせたターンがぴったりと決まると、ヒュルケは嬉しそうに極上の笑顔を仮面の下に浮かべた。


「あの……」


 羽根の仮面の男が踊りながら困った様に小さく言葉を吐いた。


「その様な顔をなさってはいけません」

「何の事ですの?」

「笑ってはいけません」

「あら、そんなルールがあったかしら?」

「いえ、ルールではございません。ですが笑顔があまりにも美し過ぎて、皆が貴方に注目してしまいます」


 ヒュルケはその言葉にくすくすと笑った。


「お誉め頂き光栄ですわ。でも、仮面をつけているのですもの、誰も気に留めませんわ」

「……ふむ」


 羽根の仮面の男が呟く様に言って、周囲を見渡した。周囲の視線が二人へと注がれている様子を確認し、コホンと咳払いをした。


「やはり目立ってしまった様です」

「別にいいのではなくて? それに、注目を浴びているのは私ではなく殿下ですわ」


「え?」


 音楽が止み、二人は慌ててお辞儀をし合った。拍手喝采が沸き起こり、羽根の仮面の男は満足そうに口元に笑みを浮かべた。


「会場に着くなり誘ってしまい、申し訳ございませんでした。何か飲み物をお持ちしま……」


 男はそこで言葉を止めると、次のダンスをヒュルケに申し込もうと待ち構えている男たちを一瞥した。


「どうかなさって? 仮面をつけていると視界が悪くて困りますわ。少しリボンが緩んで落ちてきてしまっていますの」

「私が直しましょう。手で押さえていてください」


 ヒュルケは指示通り仮面を押さえた。男が長身を活かしてすっと手を伸ばし、仮面についたリボンを解き、結びなおす。

 その様子をじっと見上げていると、彼は照れたように咳払いをした。


「あまり見つめないでください」

「あら、どうしてかしら?」

「結びづらいので。手元が狂ってしまいます……」


 頬を染める男を見つめ、ヒュルケもなんだか恥ずかしくなってつられる様に頬を染めた。


——アレクシス王子も照れる事があるのね。


 見つめる事を止めようとしないヒュルケに、男が困った様に一瞬だけ視線を向けた。


『銀色の瞳』を……。


「……エルディ?」


 その瞬間、周囲の音が全て消え、まるで時が止まったかのような感覚に襲われた。


 ピタリと止めた仮面のリボンを結ぶ手が、僅かに震えている。


「……申し訳……ございません」


 その一言を聞いた瞬間、ヒュルケは男の手首をガシリと掴んだ。


——何処にも行かないで!! 私の側に居て!!


 ヒュルケのガラスの仮面が床へと落ち、砕け散る。


 仮面舞踏会で正体を晒すということは禁忌である。それも、今回は王室主催の格式高い催しだ。

 ざわめく招待客の声が耳に届く前に、エルディは咄嗟に魔法を使い、ヒュルケと共にその場から姿を消した。

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