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想いは言葉にのせず





私は地球の日本という国で生まれ育った普通の社会人だった。

先生とはその頃からの関係だった。

私の趣味は乙女ゲームを作ること。

その発想を持ってきてくれるのが先生だった。

他の時空天使と作家はどうだか知らないが、先生は頻繁に地球にやって来た。


『…それは私に出してくれるコーヒーですよね?

ただでさえ甘そうなのに砂糖を7本も溶かし込まないでくれるかな?』


『これが美味しんですよー、はい、どうぞ』


『……』


先生は無言でコーヒーを啜る。


『……っ…!…!!』


先生が口元を押さえて固まる。

そしてふらりと頭から机に突っ込んだ。


『なんか勝手に燃え尽きてる』


『っ君のせいなんですが』


私は突っ伏したままの先生をツンツンと人差し指でつつく。

私がつつく度揺れる艶やかな髪。


『なんか可愛い』


『…あんまり嬉しくない言葉だね』


『えー、先生には似合うと思いますよ。

先生は首輪もリードも似合うでしょうし!!』


『それは少々危ない意味にならないかな?』


『だって先生、子犬みたいなんですもん』


『あ、私が付ける側なんだね。

それはそれで大変な変態では…?』


『あくまで空想ですよ。

だって先生は天使のくせして、蹂躙して笑ってるのとか似合いそうですし』


『………!!!』


先生が目を見開く。

言い過ぎただろうか。

でも、滅多に見ることができない呆けた先生の顔に、なんだか愛嬌を感じてしまい、私は気分よく続ける。


『それで血を浴びながら頬を紅潮させるんですよ、きっと』


『なるほど。…君はそういう私は嫌いかな?』


『いえ、大好きですよ。むしろときめいちゃうかも!!』


『ふふっ…………………嬉しいな』


『ん?何か言いました?』


『いや、なんでも』


今思えばこの後から先生は私にたくさん会いに来てくれるようになった気がする。

先生は昔から優しかった。

このことから数か月して私が死んでしまう時も。

本来なら天寿を全うしないまま死んでしまった魂は転生するための徳が足らず消滅してしまうのに、同族のせいだからと言って私を時空天使にしてまで助けてくれた。


そのせいで上司に大目玉を食らったのに、時空天使たちの悪行を盾にその場の空気を支配し、私の教育係も買って出てくれた。


でも、あの事件で気になることといえば私を襲った時空天使どもの目が可笑しかったことだ。

どう見ても正気を失って狂ったように笑ってた。


”玩具、楽しい”

”もっと遊ばなきゃ”

”遊具どこ”


分からないが、私たちの世界で言うところのやばい薬でも手を出していたんじゃないだろうか。

そんな理由で殺された私は一体何なのか。

いや、死んでも助けてくれる人がいるだけでまだマシなのだろう。












私は思い出に蓋をするようにかぶりを振る。

今は目の前のことに集中しなきゃ。


先生に助けられたこの命、捨てちゃダメ。

そんなことは分かってるけど、怖くてたまらない。


「先生、担当から外れても、また私と話してくれますか」


「ええ、君のことは気に入ってますからね」


その言葉にちょっと救われてしまうのは我ながら単純だ。


「だから君が傷つくくらいなら止めちゃってもいんですよ、時空天使」


「へ?」


先生がふわりと背後から私を抱きすくめる。

いや、いつの間に背後に。というか、いい生地使ってるな、ずるいっ


柑橘系の匂いが微かにかおる。

そういえばミカンの匂いが合成剤の中で一番好きだと言ってたっけ。


「今回のヒロインのように囲ってあげましょうか?」


カチっと首元に何かが付けられる。

思わず振り向くと先生がリードらしきものを持って、目元を細める。


「懐かしいですよね、これ。

あなたが人であった頃に私に似合うと言ってくれたものです」


「いや、なんで私に」


「貴方が辛そうだから、ですかね。

言ったでしょ、私、貴方のこと気にいってるんですよ」


揺れる青の瞳には熱情を表す夕焼けの色が交じり螺旋を描いている。

淡い桃色の唇は薄く、白磁の肌も相まってアンティーク・ドールのような精密な美をたたえている。

普段は道化師のように固定された笑顔を浮かべるくせに、今は仮面を剥がされた麗しき支配者にしか見えない。


屈服したい。

素直にそう思うが、私はあまり素直じゃない。


「おや、先生はこんなひよっこにその手の感情は持ってないのかと思ってましたよ」


「傷つく君が壊れていく様があまりにも素敵で、つい」


「大変な変態であってるじゃないですか。

いや、言い出したのは私じゃないですけど」


恋とは傍にいたいと言う想いなのだろうか。

私は知らないものが怖いけど、知りたくないから、一人になりたくないから離れたくないだけなのだが。

少なくとも、先生のやばい思考に合わそうとする気は一切ない。


というか、不可能が過ぎる。


「普通に無理なんですが」


「知ってます。だから今日はこんなことしますよ~という説明をしただけ。

全てを頂くのは君の心が完全に壊れてから。

ふふ、時空天使って素敵ですよね。これからもお仕事頑張ってください」


「あ~、そういう感じなんですね」


普段の先生がアルカイックスマイルを浮かべるあれな方なので、私もつい自然と普段のように返してしまう。

確かに私は先生がごり押しで時空天使にしたせいで、時空天使に必要な精神的耐性がない。

きっといつかは壊れてしまう。

何十年も掛けて作り上げる精神の厚みをたったの数年で至れるほどの度胸も器用さも無かった。


「もしかして今回のストーリーもその為に仕組んだんですか?」


「ええ、素敵なハッピーエンドだったでしょう?」


「人によっては議論別れそうですねえ」


少なくとも私の作成した乙女ゲームだとそんなエンドはバットエンドと名が付くだろう。

でも、それもいいのかもしれない。


私は先生に身を預ける。


「ではその時は宜しくお願いします」


体の力を抜き人形のようにだらりと手を下げてみる。

考えようによっては見目麗しい青年に介護してもらって余生を過ごすことが出来るのだ。

それも、恋情かはともかく好意を抱いている人に。


「ふふ、予行練習ですか?いいですよ」


先生はリードを腕に絡ませ、短くなったそれを引っ張る。

ただし首輪の長さは変わらないし距離もほんの数cmなのであまり痛みは無かった。


「あが、」


先生は奇麗に整えられた指先を私の口に突っ込む。

何がしたいのか、歯をなぞっていき、私の唇を閉じた。


「痛いでしょうからこちらに集中してください」


痛い?

わけが分からないまま唇を強引に押し当てられる。


「んんっ」


甘い甘い柑橘系の味。

でも、先生はもっとさわやかな方が好きじゃなかっただろうか。

どちらかというと、これは、どこかで…


何故か人間時代に時空天使に殺された瞬間がフラッシュバックする。

同時に耳に痛みが走る。


「ん!!!」


私は咄嗟に先生から体をはがそうとするが、流し目で制されてしまう。


私は涙目になりながら先生にしがみつく。

もうお人形の振りなどやっていられない。

ただ甘い味の口づけに縋りついた。



「もういいですよ」



その言葉に私は身を離す。


「ぷはっ…ねちっこすぎませんか?」


「だってそうしないと痛いですよ」


「だから痛いってなんですか!」


先生が自身の左耳を指さす。

当然そこには何もなく無駄に形が良いだけ。


私は何となく鏡みたいに真似て自身の右耳に触れる。

カチャリ。

何か固いものに指先が当たる。


私はがたっと音を立てて立ち上がり、鏡に直行した。


「なにこれ…」


右耳は微かに血が滲んでいるが、注目はそこじゃない。

蒼の三日月のピアスが堂々と最初からそこに在ったかのように右耳を陣取っていた。

一瞬私の目とお揃いな色なのかと思ったが、私の色はどっちかと言うと水色に近い青。

こんなに深い色合いはどっちかというと…


「所有の証ですよ」


そこでニコニコしている先生の色だった。


「痛かったんですけど」


「安心してください、今日はこれで終わりです」


先生はそういうとパチンと指を鳴らす。

首の圧迫感が無くなる。

リードも見えないし、回収してくれたのだろう。


「では、次は君が壊れた時に。

待っていますよ、ーーー私の囲いのなかで甘く鳴く君を、ね」


もう一度パチンと音がなる。

先生は最初からいなかったかのように姿を消した。

でも、夢ではないのだろう。


私は右のピアスにそっと触れた。

まだ鈍い痛みがする。


それもそのはず。


「耳だけは治さないなんて地味に陰湿っ」


鏡の中の私はいまだ血をにじませたまま、苦々し気に毒を吐く。

だが相変わらず私は素直じゃないのだろう。


わずかに染まる頬は確かにあの人への想いを綴っているのだから。










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