第6話 米国調査団
赤坂、在日米国大使館、ダンジョン部。
三年前、日本にダンジョンが発生した直後に発足したこの部門は、大使館の中で最も慌ただしく、熱気に包まれた場所だった。
壁面にはプロジェクターによって各ダンジョンの状況がリアルタイムで投影され、職員たちが秒単位で情報を処理している。
現在、米国調査団が攻略のメインターゲットにしているのは新宿ダンジョン。
そのモニターの片隅で発生した「イレギュラー」について、二人の職員が食い入るように画面を見つめ、熱心に議論を交わしていた。
『この鉄仮面のパワー、どう思う?』
『異常だ。ギネスに載っているゴリラの握力は600kgと言われているが、片手でゴブリンの頭を捻り切るこの動きは、少なくともそれ以上だ。それに、このパンチの衝撃波……』
『ジーザス……本当にこいつ、人間なのか?』
二人の職員はPCを操作し、新宿ダンジョンに現れた鉄仮面の動画を何度も巻き戻しては再生していた。
拳一つでゴブリンの頭部が水風船のように吹き飛ぶシーンを見る度に、顔を顰める。
その時。ダンジョン部のフロアに、硬いミリタリーブーツの足音が響いた。
二人の職員はその音を聞いた途端、弾かれたようにサッと背筋を伸ばし、溌剌とした声を響かせる。
『おはようございます! キャンベル団長』
米国調査団、団長アーサー・キャンベル。
貴公子のような金髪碧眼の偉丈夫である。
ダンジョン発生初期から調査団のトップに君臨し、莫大な『スキルオーブ』を使用したことで、現在【人類最強の男】との呼び声が高い絶対的エースだった。
キャンベルは職員が操作するPCのモニターを覗き込み、ニヤリと鼻で笑う。
『よく出来たAI動画だな』
二人の職員が気まずそうな顔を見合わせた。
『これは……日本政府が運営するダンジョン監視サイトの公式動画です。恐らく、フェイクではなく本物かと』
キャンベルの顔が俄かに険しくなる。
『そんな筈ないだろ。拳一つでゴブリンの頭を吹き飛ばすなんて、人類最強と呼ばれるこの俺にだって出来ない。あり得ないんだよ』
『……そうですね。日本政府による、同情を買うためのプロパガンダの線を検証してみます』
不機嫌そうに鼻を鳴らし、キャンベルは自分の席に着く。
少しすると、髪を鮮やかな蒼に染め、褐色の肌をした女がフロアに現れた。
女はスターバックスの紙カップを二つ持ち、ご機嫌な様子でキャンベルの隣の席に腰を下ろす。
そして、紙カップを一つ、キャンベルのデスクに置いた。「貴方の分よ」とウインクしながら。
『いつもありがとう、ヴィクトリア』
『どうしたの、眉間にシワを寄せて。そんな難しい顔をしていると、せっかくのハンサムが台無しよ』
キャンベルは未だにPCに釘付けになっている職員二人を顎でしゃくり、肩をすくめる。
『昨日の夜、新宿ダンジョンでイレギュラーがあったと騒いでいるんだ。拳一つでゴブリンの頭を跡形もなく吹き飛ばす男が現れたってな』
『あぁ、ゴブリンBBQの件ね。今朝SNSを見たら、トップトレンドに入っていたわよ。その男、ゴブリンを倒した後にダンジョン内でBBQを始めたんだって。私も動画を見たけど、あまりに馬鹿馬鹿しくてコーヒーを吹き出しそうになっちゃった』
ヴィクトリアはBBQ動画のシュールな光景を思い出し、堪えきれないようにクスクスと笑う。
『そもそも、モンスターの肉を食べたら人体が魔力に耐えきれずに死にかけるからな』
『そうね。まぁ、ダンジョン系のフェイク動画がバズるのはいつものことよ』
気になったのか、キャンベルはスマホを手に取り、呟き系SNSを立ち上げる。画面をスクロールする彼の目に映るのは、鉄仮面に対する世界中からの嘲笑と批判の嵐だった。
『鉄仮面の男、世界中から非難殺到だな』
『応援しているのは、現実が見えていない日本人だけじゃない?』
『終わりゆく国に現れた、虚構のヒーロー……か』
『そんなところね』と呆れたように相槌を打ち、ヴィクトリアはフラペチーノのストローを咥える。
SNSの状況に満足し、くだらない妄想を切り捨てたキャンベルはノートPCに向かい、セキュアな会議アプリを立ち上げた。
そして、気を取り直して米国調査団の定例ミーティングを始める。
ノートPCのディスプレイには10の顔が表示された。
米国調査団のエリートメンバーは、キャンベルとヴィクトリアを入れて総勢十名。その大半は前線基地やセーフハウスからリモートワークで参加しているようだった。
『では、明日からの新宿ダンジョンの調査についてブリーフィングを始める』
ディスプレイの中で、調査団のメンバーたちの表情が一瞬でプロフェッショナルなものに切り替わり、こくりと頷いた。
『前回の偵察で15階のフロアボスの全貌が明らかになった。牛の頭をもった巨大な人型のモンスター。通称、ミノタウロスだ』
ミノタウロスの名前が発せられた瞬間、メンバーの顔に緊張が走る。苦い記憶がよみがえったのだろう。
前回の調査で、エリート揃いの米国調査団はあのミノタウロスに挑み、あっけなく敗退している。
鋼鉄のような皮膚には、団長であり最大の火力を誇るキャンベルの【風魔法】すらも容易く弾き返された。これ以上の攻め手はないと判断し、致命的な被害を被る前に撤退の判断を下したのだ。
『現状、我々の持つスキルや魔法では、奴に致命傷を与えることが難しい。新たな武器を手に入れる必要がある』
『そうね』
キャンベルの隣の席で、ヴィクトリアが冷静な声で同意する。
『今まではスピードを重視して下の階層に進むことを最優先していたが、これからしばらくは新宿ダンジョンの各階層を隈なくまわり、ミノタウロスに通じる力――より高位のスキルオーブやアーティファクトを手に入れる。これが直近の我々のタスクだ』
メンバー達はキャンベルが示した方針に同意し、短いブリーフィングは散会となった。
彼等に焦りはない。
自らの卓越した能力と、これまでの輝かしい実績を信じ、どんな困難なボスであろうと最後には必ず乗り越えられるという、絶対の自信に満ちていた。




