第1話 物足りない食事
地球に、日本に帰還して三日目。
ようやく、俺の顔を見ても両親は涙を流さなくなった。
とはいえ、過保護モードであるのは間違いない。朝八時ぴったりに俺を起こしに来て、今は実家のダイニングで朝食中である。
艶々に光る白米と、程よく焦げ目のついた塩じゃけ。出汁の効いた卵焼きに、ネギを散らした納豆。そして、湯気を立てる豆腐とわかめの味噌汁。
どこからどう見ても、100点満点の日本の朝食である。
帰還した初日には「20年ぶりの日本食だ!」と大号泣し、炊飯器が空になるまでお代わりを繰り返したのは記憶に新しい。
「ご飯も卵も納豆も味噌汁も、まだまだお代わりあるからね」
すっかり白髪が増え、小さくなった母親が、俺を気遣うように微笑む。
「そうだぞ、タダシ。遠慮はいらん、いくらでも食べていいからな?」
もうすぐ定年だという父親も、新聞から顔を上げて言葉を掛けてくる。
20年。俺が異世界で死線を潜り抜けている間に、親父の頭はすっかり禿げ上がっていた。どうやらこの20年で、スマホは劇的に進化したようだが、完璧な毛生え薬は発明されなかったらしい。
「いや……ご馳走様」
「えっ、もういいのかい? まだお茶碗、一杯しか食べてないじゃないか」
「納豆、向こうにはなかったんだろ? せっかくだから食べておきなさい」
両親は俺の「異世界に転移していた」という話を不思議なぐらいあっさりと信じてくれた。
その上で、「懐かしい日本食を食べなさい」と、お代わりを勧めてくる。
「うん、大丈夫。もうお腹いっぱいになったから」
「そうかい……」
母親の少し寂しそうな声に胸が痛むが、こればかりはどうしようもない。
誤解しないでほしい。飯は美味い。味覚として文句はない。
ただ――「食べた気がしない」のである。
俺は食器を下げて流しに置くと、「少し横になるよ」と告げて自分の部屋に戻った。
自室の様子は、時が止まったように20年前と同じだった。
色褪せたポスター、旧型のゲーム機、読みかけのライトノベル。いつか帰ってくるに違いないと、両親が定期的に掃除し、そのままにしていてくれたのだ。
ベッドに寝転がり、天井の木目をぼんやりと見つめる。
高校一年の春。
俺は学校の帰り道で、路地裏に浮かぶ不自然な『歪み』を見つけた。今ならあれが時空の亀裂だったと分かるが、当時の俺には知る由もなかった。
ただの好奇心で手を触れ、丸ごと飲み込まれ――異世界へ転移した。
魔法があり、モンスターが跋扈し、多様な種族が生きるファンタジー世界。
そこで20年、俺は血反吐を吐きながら生き抜いた。
強大なモンスターを狩り、魔法やスキルを極め、うっかり神々の派閥争いに巻き込まれ……結果的に肩入れした神様の願いを叶えた褒美として、地球へ、この日本へと送り返してもらったのだ。
たった二日前のことだ。
つい先日まで、巨大な飛竜の肉を丸焼きにして食らっていたのに、今朝は納豆を混ぜている。
ぐうぅぅぅ、と。
腹の虫が、自己主張するように鳴った。
さっき朝食を食べたばかりだというのに、身体の奥底から飢餓感が湧き上がってくる。
俺の肉体は、20年の過酷なサバイバルを経て、高密度の『魔力』を帯びた食材を求めるように変質してしまっていたのだ。
地球の食事は、例えるなら「味のついた空気」を食べているようなものだ。どうしても満たされない。
魔力をたっぷりと蓄えた、あの分厚いモンスターの肉。
ナイフを入れた瞬間、ジュワッと溢れ出す濃厚な肉汁。
噛み締めるたびに全身に活力が満ちていく、あの暴力的なまでの旨み。
……また、腹が鳴った。
「食いたい。……あぁクソ、強烈にモンスターの肉が食いたい」
あんなにも憧れていた日本食より、今は異世界のモンスター食が恋しくてたまらない。
だが、ここは平和な日本だ。オークもいなければ、ワイバーンも飛んでいない。
「はぁ……」
気を紛らわせるため、親父に買ってもらったばかりの最新型スマートフォンを手に取り、ニュースアプリを開いた。
その瞬間、画面のトップに躍り出ていた見出しに、俺は目を疑った。
『特報:新宿ダンジョン第15階層にて、米国調査団がAランクモンスターと交戦中! 素材の国外持ち出しの懸念に、日本政府は遺憾の意』
「…………は?」
ダンジョン? モンスター? この、日本に?
俺は弾かれたようにベッドから跳ね起きた。
「モンスターが食える……!!」
希望を得た俺は、スマホを使って熱心にこの世界のダンジョン事情について調べ始めた。
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