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第十一話

「……僕のいた世界では、クロエさんや……もしかしたら他の陣営に喚ばれた人たちも、“誘拐”や“拉致”されたんじゃないかって大騒ぎなってます」


タケルは、アナスタシアに召喚される前の大規模な失踪事件のことを静かに語った。

巨きな金色の瞳が、音もなく彼に向けられている。


「陣営戦に勝つために喚ばれる人は、きっと元の世界に強い未練がない……そんな条件なんでしょうね。ラズロさんも、ミルラも、クロエさんも……僕も、そうだった。

無理矢理連れてきたところで、協力なんて望めませんしね」


淡々と言いながらも、タケルの胸の底にはひっそりとした戸惑いが沈んでいた。

アナスタシアを“悪”だと断じることが出来なかったからだ。

 




≪『私の傍にいてくれる方に、自分のことを“外れ”なんて言ってほしくないです……』≫


ここに喚ばれたばかりの自分を、涙を溜めてそう言ってくれた――

その姿がタケルの中で、ゆっくりと、優しく光り続けていた。


「……でも、クロエさんの母親が、娘の帰りを泣きながら祈っているのを僕は見てしまったんです……」


その瞬間、アナスタシアの瞳が揺れた。

闇がざわりと波打ち、見えない風が立ち上がるようだった。


「クロエさんは、自分は母親から“利用するためだけの道具”としか見られていなかったって……そう言ってました。でも……もし、あの涙が本物だったらって思うと……僕には、何が正しいのかわからなくなるんです」


アナスタシアは沈黙のまま、ただタケルを見つめていた。

その静けさが、逆に胸を締めつける。


「アナスタシアさんは……いや、この世界はこれからも誰かを喚び続けるんですよね。陣営戦のために。

そうまでして皆さんが陣営戦にこだわるのは何故なんですか?」


答えはない。

ただ、完全に闇に閉ざされた球体――アナスタシアが、重くそこに浮かんでいるだけだった。





ゆっくりとまつげが動き、薄い金色の光が闇の向こうに覗いた。


『元々私達の世界は、アビス領、ルミナス聖王国、ガイア連邦、イグニス帝国、テンペスト公国の5つの勢力がそれぞれおさめていました。

お互い干渉こそあまりありませんでしたが、争いもなく平和な世界だったのです』



アナスタシアの独白は、遠い過去をそっと撫でるような声だった。


『しかし、突然、人々は原因不明の病に倒れ、日照り、大雨……災害が続き、この世界は滅びの縁にいました。

その時、神の啓示があったのです』


「……神って、まさか」


タケルのつぶやきに、アナスタシアは静かに続けた。


『神は、生き残った者たちを五つの避難地に集めよと言いました。

そして、それらの土地をひとつに束ね……中心に神の都市キウィタス・デイを置き、強固な結界で災厄から守ったのです』


「陣営戦が”奉納戦”と言われたのはひょっとして、その事に何か関係があるんですか?」



『陣営戦とは儀式的な戦いなのです。目的は陣営戦の最中に発生する「選択の可能性」。

それは創意、犠牲を避けるための工夫、異種族の連携などの可能性をエネルギーとして扱うのです。

そして生命や文化が選択、成長することで生じる可能性のエネルギーも同様に神によって回収、再分配されます。』



タケルは思わず息を呑んだ。


自分が想像していた“神の愉悦を得るための戦い”とはまるで違う。

一見すると誰も不幸にならない、完璧な循環システムだ。


「そのエネルギーが“恩沢”……。そして恐らく結界にも使われてるんですね。

……じゃあ、陣営戦は止められない……か」


アナスタシアは悲しそうにタケルを見つめた。

その色は、ただの贖罪ではなく、深い慈悲さえ滲んでいる。


『神は……そのエネルギーを別の世界の再生にも使っています』


「え……?」


『この世界のみならず……崩壊の危機に瀕している世界は他にもあるのです。


それはラズロさんのいた惑星の≪呱々≫、ミルラさんのいた惑星≪シルヴァン≫、……そしてタケルさん、貴方のいた≪地球≫もです』






胸の奥が凍りつく。

アナスタシアの悲しげな光の意味がようやく形を取ろうとした、その時――。


「――売られたんでしょ、私たち」


透き通った声が石室に響いた。

タケルとアナスタシアしかいないはずの空間に、歌姫の声が落ちる。


クロエが、通路の影からゆっくり姿を現した。


『クロエさん……どうして……』


「私ね、ここに喚ばれる時に言ったのよ。

ウンザリするほど歌いたくもない歌を歌わされる毎日から開放される事に感謝しかないって。

お礼をしたいのは私の方をですって言ったら、教えてくれたわ。」



アナスタシアは、静かにその続きを待っていた。


「ここに喚ばれた者たちは全員惑星から差し出された者たちだって。惑星の存続のために……。

だから君たちが惑星からのお礼そのものだから何も気にしなくていい……だそうよ。」





「差し出された……? 僕たちが……?」


アナスタシシアは小さく頷くように光を揺らした。


『……回収された可能性のエネルギーは、他の崩壊寸前の世界の救済にも使われています。

惑星という“集合意識の器”と契約する形で。

その対価として差し出されたのが――』


「私達ってわけ。年間数百万の行方不明者が出てるのよ。その中から少しばかり他の世界に差し出すことなんて地球からしたら些細なことでしょうね」



タケルの喉が張り付いたように動かない。



「じゃあ……僕たちは、戻れないのか?」


クロエは苛立ちを隠さず顔を背けた。例え自分の産みの親が泣いて懇願しようが戻るつもりは毛頭ないのだ。

この召喚は相互利用の関係でしかない。


ただ一人、召喚した主を除いて。


『実はもう一つ……陣営戦には各陣営が競い合う理由があるのです。


陣営戦で高い評価を集めた陣営に一つだけ神が願いを聞いてくれるとされています……。

わたしは……皆さんの開放を神に願うつもりです。』


「はあっ!?」

タケルが何か言う前に、クロエはアナスタシアの前に立ち、闇ごと瞳を抱きかかえるように掴んだ。


「勝手なこと言わないで!。誰も帰りたいなんて思ってない。

きっとラズロも、ミルラも、フレアも、ミアも、ノアも、ベルドも、イリスも……。

喚んだのはそっちでしょ。ようが済んだら帰れって?」


『違います……そんなつもりでは……』


「クロエ、やめろよ! アナスタシアがどんな人か、君が一番知ってるはずだろ!」


タケルはクロエの肩を引き離しながら訴えた。

だがクロエは振り払う。


「そりゃあ、アンタは元の世界に帰りたいかもしれないけど、私や他の皆はそうじゃないの!余計なお節介はやめてよっ!!

大和国の人間で名前に”大和”がつくなんて、どういう事かくらいわかるわよ。

大事に育てられてたんでしょうね。"私達とちがって"!!」



そして最後に、冷たく言い放った。


「陣営戦には勝ち続けるわ。でも、その願いは絶対に叶えさせない」


タケルもアナスタシアも、ただその背中が消えていくのを見送るしかなかった。



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