"ごちかわ先生の奇跡" 前編
当作品「MOZA-CHAN」に登場する「ごちかわ」が、
もしもブルアカのシャーレの先生になったら?
という設定で作られたに〜な先生作"ごちかわ先生の軌跡"。それのさらにスピンオフです。
番外編としてぜひどうぞー
乾いた烈風が突き抜けている。
「………………………暑い」
それは、つい口から出た言葉。だがそれだけで、唇の水分が大幅に奪われてゆく。
熱風が喉を掠め、刺すような痛みを生じる。
異様な暑さだ。思わず声を出してしまったことを、少し後悔したのも束の間、
「……っ」
ふら、と目の前がぐらつく。
……もうか。迂闊だった。
意識はもはや希薄だ。
長い長い距離を歩いた足の疲労すら、もはや感じないくらいには。
「………」
膝をつく。もはや、自重を支えてられぬ。
「は───」
陽光に熱せられた流砂に、ズチャ、と倒れ込む。
それから、一体どれほどの時が経過したのか、
数分か、数時間か、判断はつかぬ。
もはやここで朽ちるしかないと諦めかけたその時。
遠くに、何かが見えた。
ぼやけた視界に、しかし確かに映ったのは、
砂漠の風に静かに揺れる銀の髪。
翡翠を想起させる透き通るような蒼い瞳。
幻覚ではない。確かに、目の前に人影がある。
「だ……じょ……ぶ……?」
何かを言っているようだが、うまく聞き取れぬ。
だが、それでも何故か、
"助かった"……と、心の底から安心した。
その機微を彼女は感じ取ったのか、
「……あ、生きてた。道のど真ん中に倒れてるから、死んでるのかと」
ゆっくりと、こちらに近づいてくる。
姿を今一度確認すると、何か……自転車?に乗っているように見える。
その者は自転車?から降りて、俺の顔を覗き見て来た。
近くで見たその姿は、ぼやけた視界でもわかるほどに、可憐で整った顔立ちだった。
ならばこんなところで、倒れるわけにはいかぬ。
最後の力を振り絞り、その声に応える。
「……は、は。すまぬ。見苦しいところを見せた。心配はいらん、ただ死にかけていただけだ」
「……えっと……」
心配はいらぬと言ったはずだが、まだ俺のことを気遣っている。
参った。最期の発声だ。これ以上はもう、呻き声さえ出せぬ。
「………」
「……ん」
「……?」
尚も突っ伏す俺の眼前に出されたのは、一本のボトル。
「これ、エナジードリンク。本当はライディング用なんだけど……今はそれくらいしか……」
思いがけない施しだ。だが受け取らぬ理由がない。
震える手で、ボトルに口をつける。
……旨い。
喉をくぐる確かな感触。
特有のしつこい甘美な香りと後味も、今は愛しい。
じわ、じわと、体に、脳に正気が戻る。
「あ……それ……」
「……ぷ……」
「……いや、なんでもない。気にしないで……」
「ぷっはぁ〜〜!!助かった、文字通り生き返った!!!」
「……え……?」
「いや、あのままだと死んでいたかも分からん。重ねて礼を言おう、ありがとう!!」
そっと、ボトルを目の前の少女に返す。
少女はぱち、ぱちとまばたきをしながら、ゆっくりとそれを受け取った。
目立つのは緑色のラバーの手袋……と、傍の自転車の装備。このライディング用のドリンクといい、サイクリングの選手か?
「うん、ずいぶん回復が早いね。そういえばその格好……連邦生徒会から来た大人みたいだけど、この辺りに用があって来たの?」
「ああ、そうだ。"アビドス"に用があって来た。その学校の、奥空アヤネという者より通達を受けてここに来た」
「アヤネが……?それならもしかしてあなたは、"シャーレの先生"……?」
少女は少し驚いたような表情を見せた。
連邦生徒会から来る大人といえば、十中八九ソレだろうに。アポ無しできたのがマズかったか?
「自己紹介が遅れてしまったな。俺は"ごちかわ"。察しの通り、"シャーレの先生"としてここに来た。アビドスを救うためにな。……まあ、現に今、逆に救われてしまったわけだが」
「……そっか。久しぶりのお客様だ。私は、"砂狼シロコ"。アビドスはすぐそこだから、私が案内してあげる」
そう言うと、少女、いやシロコは自転車を傍らに停め、腰を落とした。
「……な」
俺に完全に背を向け、手を後ろで広げたその姿。
見た瞬間に、誰もがその意図を察するだろう。
「ん」
まあ、現に、先程まで死にかけていたわけだ。
シロコのこの行動は理解できる、なんと親切なのだ。
が、さすがにそこまで甘えるわけにはいかぬ……しかし、その意思に反して俺はその背中を目指してゆっくりと歩く。
十分歩けるほどには快復している。
だが、ただ。
あの背中に。
この暑さの中でライディングを中止して間もない、汗ばみ、わずかに染みを作ったその背中には逆らえぬ。
「あ……」
その視線を感じ取ったのか。
「さっきまでロードバイクに乗ってたから……汗が……」
「いいや、構わぬ。むしろ臨むところだ」
「え……??」
肩に手をかけ、言葉に甘える。
鼻を突き抜ける芳醇な香り。
ほのかにしょっぱく、かすかに熟れた、豊かなフレーバーがそこにあった。
いや、恥をしのんだ甲斐があった。道に迷い、あそこで死にかけたことも、結果としては大正解だった。
この素晴らしき逸品を、堪能できたのなら。
「……ん。それじゃ……しっかり掴まってて」
「承知した」
……後に、俺はこう語っている。
砂漠の烈風にあてられ、疲労を溜めた我が身体を最も潤したのは。あのボトルではなく、目の前の確かなあの芳香であったと。
そうして、教室にたどり着いた。
出迎えてくれたのは、3人の少女。
シロコに背負われている俺を見るや、怪訝な表情を浮かべている。無理もないことだ。
「シロコ先輩が大人を拉致してきました!?」
「まさか、犯罪に手を染めて……!?」
「速やかに死体を隠す場所を……!」
物騒な声が聞こえてくる。
ふむ。色々と気になる点はあるが、ただ一つ分かったことは、彼女らは思ったより気丈だ。俺は支援要請をうけてここに来たのだが、こんなしたたかな少女たちを困らせるとは、ここで一体何が。
すぐにシロコが、少女たちに事情を説明してくれた。
さすがに背中から降りる。ふわ、と掻き立てられる最後の芳香に名残惜しさを感じつつも、俺は前に立ち、少しぶりの自己紹介をする。
「すまないなシロコ、ご馳走になっ……いや、世話になった。……俺はごちかわと言う。ここからの要請を受けて来た、"シャーレの先生"ってやつだ」
「シャーレの……!?ってことは、あなたが……」
赤い瞳と、腰まで届く黒のツインテール。
そして……猫耳。
シロコにあったケモ耳とは、少し違うか。
はは、いいものを見た。ここに来てよかった。
事情を説明してもなお、俺に警戒心剥き出しのその姿は、まさにその耳の形から想起させる猫を彷彿とさせる。
「……要請、本当に届いたんですね」
こちらは、赤い眼鏡と違った耳が特徴的だ。
短めの髪。蝶?の形のヘアピンを携え、俺を見つめる。
真面目で、丁寧な立ち振る舞いが垣間見える。
俺に支援要請を送ってくれた奥空アヤネというのはこの子か。あの手紙のイメージ通りだ。
「びっくりしました。ここにお客様がいらっしゃるなんて、久しぶりですね☆」
こちらは長い髪を後ろで纏めている。髪色は……何だ?よく分からぬ色だ。それよりもこれだ。大ぶりの乳房だ。これは強烈だな。そして、声に星が付加されている。……くく、見たところ、いやおそらくまだ16,17の少女だが、その年齢でその境地に至っているとは。
「……むにゃ。先生〜?よろしくね〜」
そして、もう1人。
先ほどはいなかったが、彼女らに呼ばれてここに来たのだろうか。小柄な体型に、ピンク色の髪。少女たちによれば、先程までのんきに昼寝していたという。現にまだ眠そうだ。
ぴょこ、と出たアホ毛がよく目立つ。寝ぐせか?……いや、その髪は元来のものだろう。
そして、だ。呆けた態度とは対照的に、
この少女、途轍もない実力を秘めているな。
大きく欠伸をしながらも、その立ち振る舞いに一抹の油断も見えぬ。
「先生も来てくれたところですし、まずは問題解決に向けて、会議をしましょう」
ゆっくりと、辺りを見回す。
おんぼろの教室。至る所に銃創と切り傷があり、空調機の年式も旧い。
「いや〜、来てもらってすぐだし、今日はゆっくりしてもらおうよ〜」
黒板に刻まれたいくつものひび割れが、その年季を物語っている。
廊下に貼られた張り紙は、一体いつのものだ。
「それもそうだね。でも、これで補給品の援助が受けられる。早速動いてみるのも手」
穴の空いた窓から、ビュウ、と突き抜ける風。
真昼の暑さを纏った風だ。本来持つはずの涼しさをまるで感じない灼風。
「……先生、どうしたんですか?さっきから黙り込んで……」
「……ん?いや、居心地がいいなと思ってな」
朽ちかけた校舎に、少なすぎる全校生徒。
ソレが居心地のいいはずはない。
「え……?」
ただ、それら劣悪な環境を、居心地のいいものにするに能う温かさを、彼女らが持っていただけ。
「そう思ってくれるのは嬉しいですが……」
ふむ。この学校の全校生徒が5人と聞いた時は正気か疑ったが、なかなかどうして、失いたくないものだ。ここに来て数十分で、この温かみに魅入られてしまった。
「心地いい……?本当に?」
皆、不安そうな目をしている。
当然だ。支援要請をしたのだ、それが窮地でないはずがない。
「…………」
いや、これはどちらかといえば、警戒されているのか?
……さて、どうしたものか。
なにしろ、要請をしたとはいえ、急に現れた大人だ。
警戒するのも当然だ。
そして、本当に役に立つのか、不安げに思うのも当たり前だ。
───考えを巡らせた、その時。
ズ、ダダダダダダダ………と、
この空気に似合わぬ厳かな銃声が鳴り響いた。
がらがらの校舎に反響し、窓が震える。
「はっはーーっ!!!アビドスの所有権は、私たちのものだぜぇーーーっ!!!」
「ひゃっはーーーっ!!!」
いつの間にやら、校舎の周りが囲まれている。
奇妙な軍団だ。全員が、ヘルメットを深く被り、そしてそれ以外の防具は特に付けず、銃を乱射している。
げに珍しきは、それらが小柄な少女たちだということだ。
まさしく奇々怪々。
そんな不可思議な光景にも、この少女たちは慣れてるようで、
「あいつら……また……!!」
「性懲りも無く、またやってきましたね……!」
といった態度だ。
今日や昨日ではきかぬ、何度もこれをやられてるようだな。
……ふむ。
余計なお世話かもしれぬが、彼女らのため、一肌脱ぐとしよう。
助けに来たというのに、助けられっぱなしでは、何かと目覚めが悪い。
「皆、ここは俺に任せてもらおう」
「……え?」
「…先生……?」
きょとん、といった表情。
目をぱち、ぱちとし、総員が怪訝そうにこちらを見る。
あのピンク髪の少女……ホシノと言ったか。を除いて。
「なんだ、俺に助けを求めていたんじゃなかったのか?」
「……それは、そうですが……、先生に解決してほしい問題は、まだ他にあるんです。こんなの、ただの嫌がらせですから。私達で、十分に対処可能です」
ふむ。
気丈に振る舞っているが、その実、おそらくだが、
この"襲撃"には、なかなか参っているように見える。
「……は、だが、この襲撃も、その本家本元の問題の、いわば副産物だろう。違うか?」
「どうして、それを……?」
「……シロコ先輩、先生にアビドスの状況とか教えてたんですか?」
「いや、ほとんど教えてないはずだけど……」
尚も続く銃撃の音をBGMに、
少女たちはこそこそと相談し始める。
「いやなに、その顔を見ればわかる。銃を仕舞え。大人に任せておけばよい。生徒が、わざわざ死地に赴くこともない」
そう言うと、俺は、手を天に掲げた。
……教室の中で。伸ばす先には、蛍光灯があるだけだ。
「………?」
「先生……?」
側から見れば、俺の方がよっぽど奇々怪々な行動だろう。
伸ばした手に、チリ、ヂリと、
光の粒子が渦巻いて収束してゆく。
蛍光灯の光に紛れて、見えにくい故か。少女たちは、その機微に気づかないでいた。
……いや。
ホシノだけは、気がついているな。この摂動に。
正確に、既に、"顕れたる"を見つめている。
あの異色虹彩の眼には既に、俺が喚び出そうとしているものが、映っている。
「────来い。<"覇剣">」
現れたのは黑い剣。
薄い光と対照的な、闇色の剣身が浮かび上がり、まるで差し出すかのように、その柄頭を俺に向ける。
離散した光はただ闇に吸われ、
その剣身には一筋の光も差し込まない。
……かと思えば。
喚び出されたその剣の柄を握った途端に、
その剣は黄金に輝き出した。
「さて。皆の衆、少しだけ、目を瞑っていてもらえるか。少しだけでいい」
「……先生、それ……」
「俺を信じろ、なに、少し灸を据えてやる程度だ」
言われずとも、既にこの剣から発されている神々しき光によって、眩しい、と目を細めている。
だが、不安なのだろう。アビドスにおそらくこの剣は存在しない。
「……」
初めに目を閉じたのはノノミだ。
銃……重厚なガトリングガンをそっと置いて。
「……ノノミ先輩、信じるの……?明らかに怪しいけど……」
「信じてみようと思います。きっと、悪いようにはならない、そんな予感がしますから」
「私も同意見。たぶん、なんとかなると思う」
「支援を要請したのは私たちですし……、ひとつ、助けられてみようと思います」
「まあ、みんながそう言うなら……」
ううむ。思いがけず、大事になってしまっているようだ。
ただ脅かす程度だが、それでも、
どう見ても俺を信じてくれた生徒達に、見せてやらねばな。
が、その前に。
「……ホシノ」
「いや〜、先生のことが信じられないわけじゃないんだけどね〜」
「いや、是非もないことだ。荒廃した地に突として現れた大人。そして見るからに怪しい立ち振る舞い。警戒するのも当然だ」
「うへぇ、おじさんは別に警戒してるわけじゃ……」
おじさん?
「いいんだ。それでいい。責任感のある、良い委員長だ。そうだな。それならばせめて、背を向けてくれるか。これを視てしまうと、その綺麗な眼に悪い」
「あー…いや、信じるよ。とりあえず目を閉じておくだけでいいんだよね〜?んじゃ、昼寝の続きでもしてようかな〜」
そう言うとホシノは、ゆっくりとその場から離れ、椅子に座って目を瞑った。
「なんかホシノ先輩……ちょっと口説かれてなかった?」
「うん、なんか瞳が綺麗だとか言われてたような……」
「うへっ!?いや、ええ……?」
ひそ、ひそと話している。目を閉じたまま。
いや、緩い雰囲気は好みだ。むしろ、適当で助かった。
「うむ、ちゃんと目を瞑っているな。そのまま、教室を離れるなよ」
言い残したまま、窓から飛び降りる。
そうして、校舎を取り囲む団の目の前に降り立った。
「な……!誰か、出てきたぞーー!!」
「ははァ、どこの誰だか知らねえが、命知らずだなあ!!」
「いや待て……!コイツ、2階から飛び降りてこなかったか!?」
「お、大人……!それに、なんだあの金色の剣は……!?」
様々な言葉が飛び交う。同時に、今まで四方八方に放っていた銃口がこちらを向く。
それを見て、俺は小さく笑った。
「恨むなよ」
既に手は引き金に添えられている。薬莢が今か今かと放たれる時を待っている。何しろ、先程まで縦横無尽に乱射していたのだからな。
撃鉄が落ちるのは、もう次の瞬間だ。
そう。この瞬間。この瞬間を、俺は待っていた。
剣を地に突き刺す。黑い剣を覆う黄金が、吸い込まれるように地面に消えた、その時───
「<“晴光を謳う翼”>」
──光が、弾けた。
「う───!?」
「ぎゃ───!!」
「うお……!?」
「ま、眩しっ……!」
俺に向けられた銃は、一つも残さず持ち主の手から離れ、集団は目を塞ぐ。
厚いヘルメットの上から目を塞いでも、それほど効果があるようにも思えんが。
「くく、これだ。これでなければな。物語の序章というのは」
周囲を照らす黄金色の光。
男は、その光の中心に黑く佇む。
それははじまりの光。
底知れぬ闇に覆われたこの地に差し込む、一筋の光であった。




