第十二話 “巡り世に故に巡りし徒光”
「…………」
「…………」
視線がぶつかり合う。
何度も見た、あの穏やかな目。
今は氷のように冷たく、獣のように油断のない眼で、私の動きを観察している。
迷いはない。
そんなもの、とっくに斬って捨てた。
「<"滅撃">」
「<"聖撃">」
何を言うでもなく、"光"と"滅び"の二つの巨星がぶつかり合う。
「<“滅天暴滅烤黑帝覇”>」
「<“聖天霊煌煌双麗斬”>」
空を埋め尽くす幾何学的文様。
尋常ならざる暴流がところ狭しと荒れ狂い、
ガギ、バギンという剣戟の音に共鳴し、
この世界がみしみしと震えている。
────互角。
どちらも一歩も引かず、一つとして弾かれず、一つとして外さず、ただ渾身の一撃を、打ち込み続ける。
「……ずいぶん」
「ん?」
「随分、消耗しましたね」
暴風雨の中、始めに口を開いたのはモザちゃんだった。
となかわは……いつもの調子で応えている。
「ああ。かなり消耗してしまった。君との逸戦の前に、申し訳ないな。だが消耗はお互い様だ。君だって連戦に次ぐ連戦。それに今は公平がなんだと言ってる暇はないしね」
「……別に、事の公平さを言っているわけではありません」
空を翔け、極太の光の尾を引きながら、モザちゃんは剣を鞘に仕舞う。
「む……」
「秘技────」
危険を察知し、となかわは守りを固める。
「───<"靈煌翔斬">」
────言葉とともに、
天の羽衣を纏った戦姫が、目に映った気がした。
それは鳳凰の如く煌めき。
閃光も遅れをとるほどの迅撃が、となかわを襲う。
「……ぐ!!」
守りきれず、大きく後ろにのけぞる。
真横に飛び、体勢を整えようとしたところに、
それを読んでいたのか、モザちゃんの剣が再び襲う。
「ただ……ただ、あれだけ大言を吐いておいて、それだけの傷を負って、しかも"しぃけーちき"との正面戦闘から逃げた貴方が……。なにが更なる世界だって思っただけですよ」
火花が散る。腰を落とし、振り下ろされたモザちゃんの剣に耐えている。
こ、これは……ステージ2……?
"3"を克服した上で、更に……?
「……どうなんですかっ、となかわ…さんっ!!!」
……いや、違う。
「怒ってるか、モザちゃん」
「そりゃあ、怒りますよ……!」
「……そうか。そりゃそうだな」
となかわが剣をひねる。
「……っ!」
完璧なタイミングとバランスで崩された剣筋。
僅かに均衡を崩したモザちゃんの隙間を縫って横に転がり、
「う……!」
「はっっ!!!」
同時に、モザちゃんの横腹を律剣で斬り裂いた。
「っ……」
鮮血が飛び出───ることはない。
周囲の細胞をその剣が滅ぼしたからだ。
「……とんでもないな。やはり君は規格外だ」
体機能を損な────うこともない。
モザちゃんが瞬時に光の力で治癒したからだ。
「じゃあ……これはどうかな?───」
となかわが腰を落とす。大地が窪む。
「───<“淵四律滅剣”>」
「………うっ!!!」
────深淵の力を纏った四連撃。
聖騎士達が使う"淵化"によるものではなく、
本物の深淵。あの"しぃけーちき"を彷彿とさせる、純度100%の淵がそこにあった。
「が、ぅ……!!!」
もはや見慣れた、殺意の塊の黒い稲妻を纏った剣戟。
惚れ惚れするほどに捷く……防ぎきれない。
急所を狙った二撃は防げたが、
右肩、左脚に深い傷を負った。
深淵の力により、再生が阻害される。光の力による回復が、できない。
だくだくと、血が流れる。
「まだまだいくよ」
「望むところですっ………!」
痛みをものともせず向き直る。
"深淵の力"への対策法は、知っている。
「<"淵黒龍滅撃">」
「<"靈煌金喪斬天剣">」
黄金に輝く剣が、無数の暗黒の龍を、瞬く間に捌く。
……となかわの姿が、視えない。
「ふ───」
となかわは遥か天上にいた。
あの技はただの囮。モザちゃんが龍に気を取られてる間に、真上から一直線に斬りつける腹づもりだ。
モザちゃんは空を見上げ、小さく呟いた。
"対多数"への対策法も、知っている。
「………<“極聖天梁叢珠轟烈破”>」
「……う!?ぐ、あ───!!」
空の上からモザちゃんを仕留めるべく轟速で落下したとなかわにあの時の凄まじい光が突き刺さる。
────危険だ。
至近距離で喰らってしまった。
自身のあらゆる防御と障壁を貫く閃光。
となかわはたまらず、大きく距離を取る。
「……そうだった。怒りの力が、更なる力を呼び起こすと教えたのも、僕達だったね。図らずも、本当の君を目覚めさせてしまった」
「はい。他でもないあなたが、教えてくれたこと。そしてこれは、あなた達がくれた力です。私は、みんなにとても、感謝していました」
「………そうか」
「……っ!」
大地を裂く踏み込みとともに、
ガギ、と重く響く音が、またも耳をつんざく。
となかわは更に速度をぐんぐんと上げ、また鍔迫り合いが巻き起こる。極聖天梁叢珠轟烈破を受けた直後とは思えない、剣の冴え。
……となかわが僅かに、腕を引っ込めた。
「<"滅燼の獄穿">」
言葉とともに、至近距離で、滅びを存分に纏った剣を突き立てる。
モザちゃんは咄嗟に剣の側面で受けるが……
「……ふふ」
「く───!!」
体勢が悪い。
少しでもバランスを崩せば……受け止めている剣の面の中心から少しでもずれれば、その瞬間に串刺しだ。
窮地。
鍔迫り合いに負ければとなかわの突きがモザちゃんの胸に突き刺さる。かといって、力づくで押し切ればとなかわがいなし、やはり突きが入る。
受けたのは間違いだったか。……いや、あの速度、あの距離、回避できる自信はなかった。
「どうする、モザちゃん。いかに君でも、これをまともに喰らえばマズいぞ」
モザちゃんを試そうとする眼ではない。
確実に、トドメを刺そうとしている。
「………っ」
ぎり、ぎち、と音が鳴る。
押さえつけるのも、もう限界が近い。
「となかわ……さんっ、どうして、こんなに、強いのに………!!」
「強いからすることだ」
「違うっ…………!!!違いますっ!力を持ってるなら、それはみんなを守るために………」
「みんなを助けてどうする!雑魚狩りをして、ちっぽけな感謝とわずかな礼を貰って、それで満足なのかい?」
力が更に強まる。
この体勢では、受け止め続けるのが、本当に辛い。腕が悲鳴を上げている。
「僕のこの力はそんなもののために鍛えたわけじゃない!鍛え上げたこの能力が、どれだけのものかを測れずに消えていくなんて嘘だ……!!僕のこの力が護るのは、たった1人、アムちゃんだけだ!!!」
「でも、でも……!みんなを殺す意味が、どこにあるんですか………!!!!」
「無い……!」
モザちゃんは、尚も強くなる力を歯を食いしばって耐えながら、愕然とした。
「だが、殺さないでやる意味もない!あんな聖騎士ごっこ、名残惜しむ情も湧かないさ……!」
「………ごっこ……ってッ………!」
きっぱりと言い放ったその気勢とは正反対に、
となかわの腕が僅かにぶれた。
普段のとなかわからは考えられないこと。
「……しまっ───」
「はっっ………!!!」
その合間を縫い、モザちゃんは体を捻り脱出する。
そしてその遠心力を生かし、となかわの後ろから左肩を斬り裂いた。
「……ぐ!!」
「はあ……はあ……っ!!!」
互いに血と汗をだくだくと流しながら、
双眸が交錯する。
「勝手な、ことばかり……!!食らえっ、────<"厖聖壇棍">……っ!!!!!」
掛け声とともに、光の柱が顕現する。そしてよろめくとなかわに直撃した。
巨人の世界に博物館があるのなら、その柱はこんなサイズだ……と思わされる、超特大の聖柱。
避けられるはずもなく、大きく吹き飛ぶ。
「くっ……!何が勝手────」
なんとか超質量に耐えながら反撃を伺うとなかわの視界に映ったのは、光の柱に乗っかって突っ込んでくるモザちゃんの姿。
その姿は、どこぞの桃色の殺し屋を彷彿とさせる。
「お返しですっ!!!───<"聖天の霹瀝">────!!」
となかわが先ほどそうしたように、魂を真っ直ぐに狙った刺突を繰り出した。
それはまるで鍾乳洞に滴る雫のように静かで、
閑静の大海原に突如として落ちる雷のように鋭かった。
「う────!?」
そのあまりの秀麗さと素直な剣筋。
回避も防御も、思うように取れず、
「……これが、みんなを守る力です。となかわさん」
風穴が空いていた。大きな穴が、となかわの腹に。
バチ、バチと聖光が迸り、治癒ができない。
「……これが」
だがそれでも、となかわは、微笑をたたえている。
口からわずかに血を垂らし、滅びの紋章を浮かべた聖眼で、こちらを見つめながら。
「……っ!?」
「こんなものが、どうしたというんだ、モザちゃん……!!終わりか?……ごちかわが、しぃけーちきが、脳魔が、アイツらはこんなもので死んだか?僕を止めるというのなら、徹底的にやってみろ……!!!」
となかわが跳ぶ。モザちゃんに向かい、一直線に。
……だが、荒い。どこからどう見ても。
これまでより、動きにキレが、冴えがない。
愚直に連撃を繰り返す様は、これまでのとなかわにみられなかったものだ。
「………!!」
「どうしたモザちゃん……!!」
そしてついに連撃のうち一撃が、モザちゃんを捉える。
「………どうして」
「……どうしても何も……!闘う理由はさっき述べたばかりだろ……!!」
「……違います。どうして……こんなに痛くないんですか」
モザちゃんの眼には、涙が滲んでいる。
「……何、だって………?」
「……ふっ……!!!」
あんなにも猛々しかった攻撃は見る影もなく。
私がどんな攻撃を繰り出そうとなんなく弾き返してきたその姿ももはや無く……
「ぐ……う!」
ぎり、と歯を食いしばる音。
モザちゃんの単調な横薙を受けきれず、たたらを踏む。
「はっ、せやっ──!!」
「ぬっ、ぐあ……!!」
モザちゃんの剣がとなかわを斬り裂く。
まともに防御もできず、ただ退くだけだ。
剣を受けようとする腕がわずかに震えている。
となかわの強みである、いつも冷静に敵を屠る剣……それが、明らかに崩れている。
「───<"聖爆巨発">っっ!」
「ぐ、あ……!?」
……どこからどうみても、消耗しきっている。
体力の限界が近いのか。これまで溜め込んできた光の力を、存分に使ってきたツケが回ってきたか。
爆風を真正面から受け、
同時に、轟音がとなかわを襲う。
「……<“晴光を謳う大剣”>っっ!!!」
「こ、こんな………!!!」
普段なら瞬時に回避できるはずの技。
それをなんとか受け止めてはいるが、その腕は軋んでいる。
同時に発生した大量の光球にも対応できず、あえなく直撃……いくつもの衝撃によってとなかわの体が窪む。
たまらず、剣を突き立てて膝をついた。
「は、はあ、はあっ……はあ、…っ、は………!!」
肩を大きく上下させる。
そして、周囲に高密度の滅びの陣を展開した。
反滅界の外側。となかわを覆うように、ドームが形成される。
「こんな……もの……!!」
────どうみても、苦し紛れの策。
反撃とは程遠い、自分の命をただ守るだけの技。
無論、モザちゃんの前では気休めにもならない。
力づくでこじ開ける。
ドームにピシ、ピシとヒビが入り……今にも割れそうだ。
「はあ、はあ……!!ま、待ってくれ……!モザちゃん……!!僕は、こんな、こんなところで……終われないんだ……!!
貫かれかけのバリアを内側から高速で修復しながら、となかわはモザちゃんに訴えかける。
「今更、何を……!!」
────耳を貸す義理なんてない。
だが、ほんの少し、力が緩んだ。
「僕は……っ、アムちゃんを……!守ら、なくては……っ!!」
「……っ!?」
大きく喘鳴しながら、となかわは呟く。
それを見て、モザちゃんの動きが止まる。
「……アム、王女に、何が……?」
バリアに剣を突き当てたたまま静止するモザちゃん。
その様子をちらりと横目で見て、となかわは肩を落として呟く。
「……大病なんだ。アムちゃんの体は重病に侵され、この世界の治療法では、とても治せない……!!だから僕は、色んな世界の治療法を学ぶために………、みんなを騙して、こんなことを続けてきたんだよ……!!」
「そ、そんな」
となかわは血をぼたぼたと流しながら震えている。目に、わずかに涙を浮かべて。
「頼むモザちゃん。共に探してくれないか、治療法を……!!」
────言葉と共に、覆っていたバリアが、パリン、と音を立ててひとりでに崩れる。
となかわはゆっくりと立ち上がり、無防備にこちらに歩いてきた。
「………!!」
ふらつきながら、となかわはモザちゃんに手を差し出し、握手を求めた。
「頼む───!」
モザちゃんは、差し出された手と、となかわの顔を見て、
「……わかりました。もう終わりにしましょう、となかわさ────」
その手を握り返そうとした瞬間。
「───<"滅抉穿">」
滅びを纏った手が、モザちゃんを貫いた。
「────あ、ぐ………!?!?!?と、となかわさっっ……!!」
「モザちゃん、それは……君のいいところであり………」
傷は深い。
モザちゃんは地に手をつき、となかわは悠々と立ち上がりそれを見下ろす。
「………最大の弱点だ」
「……う、ぐ……!となかわさん、そこまでして……!!」
「……ふふ、これに騙される君もどうかと思うけどね」
「……!!」
となかわの指摘通り。
モザちゃんは単純だが、さすがにこんな手に引っかかるとは。……疲弊がそうさせたのか。……それとも、かつて憧れたとなかわの涙を前に、図らずも心が揺らいでしまったのか。
「そもそもアムちゃんは、さっきまでぴんぴんしてたじゃないか。……まあ、肉体に余裕がないのは本当だけれどね」
となかわの聖眼が炫る。わずかに、哀しみを含んだ眼。
先程まで蹲っていたのが嘘のように、堂々とそこに立つ。
「それよりだ。……あっちは、終わったみたいだよ。さすがだなあ、アムちゃん」
「っえ…………!?」
遥か遠く。
アムとごちかわが戦っていた場所を見据える。
アムの気配は、極薄ながら感じる。
だが、ごちかわの気配を、感じられない。あの大きく荒ぶっている魂気が。
普段なら、考えられないことだ。
「よそ見をしている場合かい?」
「……っ!!!」
再びとなかわの剣戟が襲いかかる。
がり、がりと地を削りながら繰り出された斬り上げ。
すんでのところで防ぐも、体が宙に浮く。
……ひやり、とした冷たい感覚。
これでは、思うように体が動かせない……!!
「───<"淵滅雷">」
その隙を見逃すとなかわではない。
十重二十重に迸る黒い稲妻。
ひとつひとつが、雷の刃となってモザちゃんを灼く。
「……ぐっ……!!!」
「───<“淵聖殲滅纏”>」
となかわの拳が煌る。
右手には滅びの力。
左手には"淵化"した聖なる力。
両拳に、光と闇を携えた。
「…………っ!!!」
ドム、ズム、バゴォと、
およそ人を殴ったとは思えぬ音を侍らせ、拳が次々に襲いかかる。
矢継ぎ早に撃ち込まれる拳。
避けられない。格闘は不得手だ。
モザちゃんの弱点を、正確に突いている。
「う、く、ぐうぅっ………!!!!」
よろめきながら脱出を試みるも、行く先、行く先に回り込まれ、その度に鈍重な拳が襲いかかる。
「<"淵滅撃">」
ド グ ォ ・ ・ ・ ・ ・
拳と内臓のぶつかり合う音は、山びこのように、何度も何度も、反響した。
心臓に直接、滅びを存分に纏った一撃が突き刺さっている。
これ以上ない、クリーンヒット。
「あ──────」
硬く握っていた剣が、手から落ちそうになる。
視界が点滅を繰り返す。
見失った、見失った。
となかわさんの姿が、見えない。
「<"蹴天滅勢">」
間髪入れず、顔に蹴りが打ち込まれる。
となかわの体重と滅びの力が存分に乗った一撃。
「────────」
ドチャ、と音を立て、地面に後頭部から激突する。
そこへ──
「────<"絶壊打勢">」
倒れ込んだモザちゃんに、ダメ押しの肘打ちを打ち込む。
自分も地に倒れ込むかのような体制で、全体重を乗せて放った一撃。モザちゃんの頭が、地面に大きくめり込む。
「……ふう」
肘打ちの反動を使い、宙に小さく浮いてから着地する。
そして地面に埋まりかけたまま動かないモザちゃんを見据えた。
滅びを纏った剣で幾度なく切り裂かれた身体。
純粋な滅びを持つ腕で貫かれた腹。
身体中の皮膚は黒い稲妻に灼かれ、
主要器官は拳打によって大きく凹み、
顔への蹴りにより鼓膜は破壊され、
大地を割る肘打ちにより、脳から出血している。
加えて、連戦に次ぐ連戦の消耗。……もはや、立って戦うどころか、生きているのが奇跡、という風体だ。
「これで、やっと終わりか。長かった」
手応えはあった。十分に。
そもそも、拳の一撃でもその命を奪うに十分。
「……だが、僕は油断はしない。他でもない君だから。確実に、その魂を潰させてもらうよ」
となかわが再び滅びを纏った剣を握る。
そして、動く気配のないモザちゃんを見て……
「…………!?」
……いや。
わずかに。
唇が、動いている。
地面に埋まった頭から、何かを感じる。
モザちゃんの魂は、もはやとなかわが潰す必要もないくらいぐちゃぐちゃに壊れ切っていた。
損傷を受けすぎた。対しぃけーちきで受けたダメージに加え、先ほどの拳と蹴り。
「………お、おいおい、よしてくれ。それで生きてたら、さすがに無法すぎるぞ、モザちゃ………ん……」
それでもモザちゃんは暗闇の中で、口の中の多量の血を、ゴグン、と一息で飲み干し、
「SING THE BREAKHEART」
その唱を、その意味も知らぬまま呟いた。
「な、に………!?」
剣が顕れる。
一本の鉄剣。
ただの普通の剣……のように見える。なんともない剣。
ただただ無骨で、平均的で、真っ白な剣。
────それが、差し迫るとなかわを大きく弾き飛ばした。
「う………!?」
その一撃は、根源に、魂に大きく響いた。なんともないはずの剣の、なんともないはずの一撃が。
となかわは滅びを存分に纏わせた剣を振るうも、
剣は浮き、ヒュン、ヒュンと宙を翔んで、瞬く間にとなかわの剣戟を弾き返す。
「……その、剣は……!!」
「────」
モザちゃんは尚も意識のないまま、ゆっくりと、聖眼を開いた。
これはあのとき、"しぃけーちき"を倒すときに顕れた剣だ。
皆の力の環を束ねて、やっと顕現できた剣。
それが今、自分1人で、使えている。
「靈煌魔剣………!!なぜ今、顕現を……!!」
────否、彼女は1人じゃない。
仰向けの体勢から、ゆっくりと立ち上がる。
そして、眼前にゆっくりと浮いている、"靈煌魔剣 SING THE BREAKHEART"を、がっしりと掴んだ。
2秒。
となかわが、明らかに生き絶える直前に見えるモザちゃんを前に、なぜか動けずにいた時間。
そしてモザちゃんが、反撃の狼煙を上げるのに十分なほどの力を、その手に集めるまでの時間。
焼け焦げた唇が、尚もゆっくりと動く。
「あな………た、を……!」
倒す。倒してみせる。必ず。
この剣が言っている。絶対に眼前の敵を打ち倒せと。
体も、脳も、魂も言っている。私もその心は同じだと。
となかわもそれを感じ取ったか。
それでも退かず、完全に復活したモザちゃんの闘気を正面から受け止める。
「やってみ───」
「───はっ………!!」
「ぐ……!!」
この剣には、みんなの力が、絆が宿っている。
これまで戦い方を教えてくれた皆。聖騎士の皆。更に……我が父の力が。
「ふっ────!!」
勇気と絆が産んだ剣筋。
その威力たるや………
「………っ、な……!?ひ、引っ張られっ……!」
────次元を引き裂く剣戟。
となかわが避けたその空間には、次元の裂け目が発生し、まるでブラックホールのように、超引力が発生する。
「く、舐めるなっ────!!!」
裂け目そのものを滅ぼし、となかわはモザちゃんに逼迫する。
そしてお返しとばかりに、重い一撃が放たれた。
「………っ!」
モザちゃんは虚な目のまま咄嗟に靈煌魔剣で受ける。
放つ光の力はモザちゃんの方が圧倒的に大きいが……となかわは技術と経験を最大限に使い、復活したモザちゃんに拮抗している。
「……どうした…っ!靈煌魔剣とやらの力は、そんなものか……!!かの神・星奪豪頼剣に比べれば、こんなもの………!!!」
「……ぐ!……う………!!」
となかわの気勢を止められない。この剣をもってしても。
────彼もまた、振り絞っている。
歯を食いしばり、啖呵をきっている。
古来より溜め続けてきた力。
アムを護るため。世界を超えるため。
自分の未来のために保持し続けた力を、蛇口を最大限まで開いて放出している。
なんて力だ。激しく消耗しているとはいえ、モザちゃんの、靈煌魔剣の力に真っ向から抗うその技術……
……それでも。
「は、ああ────!!!」
「ぐ!!!」
止まらない。止まれるわけがない。
「───っ!!」
剣戟を叩き込むごとに、となかわの律剣とかち合うたびに、ちぎれ掛けの腕からぶしゅ、ぶしゅと出血する。
この痛みは、苦しみは、私が助けられなかった人々への贖いだ。
「……っ、ま、まだ、上がるのか……!?」
潰れた喉で懸命に訴えかける。
「…………!!」
もうこんな哀しみはこりごりだと。
「っ、く……!!」
無念のまま散っていった人々を、その命まで無為にしたくなんてなかったのだと。
「モザちゃん……!!どこに、こんな力が……!!」
理不尽に奪われる命があった。
二度と見ることのできない笑顔があった。
辛苦の果てに、流れ落ちた涙があった。
だから、二度と失うまいと決めたのだ。
「………っ」
一足で間合いを詰め、靈煌魔剣を振るう。
躱される。疾い。
ならばもう一度。躱される。ならば、もう一度────!!!
「ぐ、あ………!!」
直撃────したらしい。
もはや感覚も曖昧だ。
「っ───!!」
弾かれた────かもしれない。
それがどうした。
「く……!!」
「う、おお────!!」
流された────かもしれない。
どうでもいい。
「……はあっ!!!」
「う────!!」
指が折れた────かもしれない。
問題はない。
「……ふっっ……!!」
「────っ!」
振るうべき剣筋が、次に動くべき足運びが、最適化された動きが、脳裏にひとりでに浮かび上がる。その線をなぞるように、靈煌魔剣をただただ振るう。
交錯する互いの剣。
互いに吹き飛び、そして地面に強く叩きつけられた。その衝撃で、ようやく視界が戻る。
「────!!」
それで、びっくりした。
手をついた地面が、真っ赤に染まっている。
夥しい出血。
……それでも。
こんなものに気をかけている暇はない。
視界が戻ったのなら、見据えろ。
倒す手段をイメージしろ。動きを、最適化して、あの時のように、渾身の力を……!!!
「ぁ────ぐ」
靈煌魔剣を杖代わりに立ち上がる。
僅かな腕力のみで支えている体。
脚の感覚はない。身体を支えられているのならば問題はない。
となかわのダメージも大きい。
彼もまた、なんとか立ち上がっている最中だ。
今、今突っ込んで、倒す……!!
「おお────!!」
「……っ!?!?」
……それは、これまでにとなかわが初めて見る剣戟だった。
出鱈目な剣筋。
まるで、モザちゃんが剣を習い始めたばかり頃の、力任せの一撃のような。
「────っ!!!」
「なっ……ぐ!!こ、これは……っ!!」
律剣が大きく軋む。
狂った剣戟は、これまでのどの一撃よりも重く響いた。
「侘び…て……下さい…っ!!みんなに……!!」
世界の恒久なる平和なんてあり得ないと分かってる。
「く……!何を、今更……!」
でも、それでも、
そんな優しい世界があったのなら、どんなにいいだろうと何度でも憧れた。
「今更…なのは、どっち……ですかっ……!!みんなを、皆の笑顔をっ、奪って……おいて……っ!!」
身体を動かしているのはそのちっぽけな憧憬。
ぽっかりと空いてしまった胸の空洞を埋められる、小さな小さな想い出。
去来したのはあの日常。
あの木漏れ日のピクニックが、小鳥のさえずりと温かな風が、今日も、明日も、当たり前のように続く毎日だとしたら。
「……っ!!」
みんなが生きていて、みんなで大きなレジャーシートに座って巨大な弁当箱を囲めれば。
「命の…尊さも……平和の…美しさも……投げ捨ててっ……修羅の道を歩もうと言うのならっ……!!」
「………!!!」
騒いで、眠くなって、陽気な春空の下で、みんなで昼寝なんてしたりして。
「私がっ……!そんな道っ……ぶった斬ってやるっ………!!!」
それはどんなに、素敵なことなんだろう。
「っっっっ……!!!」
────剣戟が、光がとなかわの防御を崩す。
「だから……っ!!」
たとえそれが儚いひとときの夢に過ぎないとしても。
「うぐ……!!」
────反滅界を剥がされる。
「早くっ……!!」
私たちが闘ってきたのは、その小さな光を守るため。
抱いたちっぽけな夢を、現実にするため。
「しまっ────」
────律剣が、弾き飛ばされ宙に舞う。
「倒れ…ちゃえ……っ!!!!」
絆は魂に。
モザちゃんの内から、短くも濃い、みんなとの思い出が次々に湧き上がる。
「────!!」
────剣が金色に輝いている。
モザちゃんの握る靈煌魔剣、そして、宙に舞った律剣までもが、金色に。
……となかわは、差し迫るモザちゃんを前に、
その輝きの理由を理解し、小さく笑った。
………………………。
何も見えぬはずの視界に、何かが確かに映った。
「…………っ、あ」
────身体が、剣がひとりでに動きを止めている。
靈煌魔剣に宿った光が消え、ひとりでに自分の手から離れ、カラ、カランと虚ろな音を立てて地面に転がる。
とても剣とは思えない音。
視界が晴れる。ぼやけた目に映ったのは、
空手で剣を振り上げた姿勢のまま静止するとなかわと、
靈煌魔剣をとなかわの魂に突き刺している自分の姿。
彼は尚も固まったまま。
モザちゃんは、忘れていた呼吸をどひゅ、と大きく吸い込み、ゆっくりと呟いた。
「………私、の……勝…ち、です。とな…か…わ…さん」
「………あ、あ。……強く……なっ……な、モ……ちゃ……」
靈煌魔剣はその心臓を的確に貫いていた。
滝のような出血。となかわの手から、最後まで名残惜しく握りしめていた紋章────アムの顔写真が挟まれている────が離れ、キィン、と金属音が響く。
止まった身体は、もう動いてくれない。
限界をいくつも超えたのだ。当然のこと。
────闘いは終わった。
師と仰いだ彼の絶命を以て。
もう一人の師も、かつてともに戦った仲間も、もはや存在しない。
"しぃけーちき"を撃破した時のような、
清々しい気分になんて、とても浸れない。
親しい人が親しい人を殺した。
だから私が親しい人を殺した。
────そんな負の巡りの先に、晴れやかな輝きなんてありはしない。
「……とな、かわ…さん」
それでも。
私の歩む先に暗い闇しかなかったとしても。
私自身が、大きな光となって、
"光を纏う聖騎士"となって、照らすんだ。
その姿が滑稽だとしても。空回りしたとしても。
あの時、暗い洞窟を照らしてくれたあの人のように。
あの時、魂に潜む愛の輝きを教えてくれたあの人のように。
光は闇を照らす。たとえ行く先が、見果てぬ昏き空であっても、見据えても見据えても底の見えぬ淵だとしても。
……煌めきを失っていく彼の姿をしっかりと目に焼きつけながら、モザちゃんは、ゆっくりとその剣を引き抜く。
そして、軽く一礼。
二人に習った、"試合"後の礼儀だ。
「───ありがとう、ございます。あなたはずっと……私の憧れでした」
次話、『MOZA-CHAN』最終回となります。




