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米山は写真を、慎重に拾う。
「……取り乱してしまってすまない。後日話そう。今日はもう何も話せる気がしない。それと、無理矢理連れてきてしまってすまない。今日は帰ってくれ。ナナに案内させるよ」
米山がそう言い終わると、ナナが「こちらです」と、あまりに機械的な声を出す。
エレベーターで一階に降りるとA-23号が「こんにちは」と銃に変化している右手で手を振り、話しかけて来た。
「実果さん、いやA-23号の方がいいか?」
「いや、実果で」
A-23号改め実果さんはタメで話す。学校では敬語だったのだが、きっと演じていたのだろう。
実果さんはさっきよりかは小さな声で「忠告、今外に出るのは非常に危ない」と慎重に言った。
「どうして?」
「私達の仲間……つまりAIやら機械が暴れまくっているから」
「あれが始まったのですか? しかし、あれは、もっと先の出来事ではないのですか?」
ナナは機械的な声はそのままに、実果さんにそう訊いた。
あれと言うのは、自然世界のカルト教団の起こしたとされる、AIが人類を大量殺害するという、SF映画が現実になったかのような誰もが恐れていた、起こるべきではなかった事件だ。
これは丁度、夏の一番蒸し暑い日に起こった。しかし今日はまだ一月二十日で、俺達が知っている事件当日とは真逆と言っていいだろう。
「あなたの言う通り、あれはもっと先、でも、それは何故か今日になってしまった。過去が変わってしまった。未来も変わってしまった」
そもそも、何故自然世界が過去に居るんだ?
あいつらがこっちに来る資格は無いはずだ。
「恐らく、こっちの機械は、未来のもの、つまり、私の性能より劣る。それに、頑張れば暴れてる機械達を止めることが出来るかもしれない」
実果さんが「だから」と言いかけた刹那、その場に居た全員の携帯からアラートが鳴る。
「機械から離れろ! スマホを捨てろ!」
携帯を開き表示されたのは、ロック画面ではなく黒地に赤と不安感の増す警告だった。
ざわざわ、ざわざわと困惑の声。人々は次々に携帯を捨てて外へ走っていった。
唐突におびただしい銃声がエントランス中に響いた。
警告は遅かった。銃を構えたこっちでは普通の型であろうロボットが現れた。
「来ました。例の殺人機械です」
ナナは俺達の前に出て片腕を横に伸ばす
まずい。
ダダダダダダダダダダと銃弾の雨。
ドバドバと溢れ返る人間の血。
いとも簡単に人が死んでいく。
戦場だ。
一瞬にして平和だったはずの日常が幕を閉じた。
血で辺りが染まる。
吐き気がする。
「逃げましょう!」
ナナは受付のまで走った。俺達も後に続く。
受付に居た女は死んでしまっており、青ざめた顔でそこに転がっている。
「すみません。一時しのぎにしかなりませんが、ここが一番見つかりにくいと思われます」
「あ、ありがとう」
助かった。
「あの型は、私達の知っている事件の型より明らかに古くて、性能も悪い。隙を突けばすぐにでも再起不能に出来る」
実果さんは真剣な顔つきで、壁から少し顔を出し、冷静に分析する。
殺人機械は何メートルも離れた人間の急所を次々狙っていく。
古い型とはいえ、流石だ。
なんて呑気なことを考えている場合ではない。
次は俺かもしれない。
いくら俺でも、真っ向に立ち向かえる相手ではない。
今、俺の手元に武器などない。
自分の顔が青ざめて行くのを感じた。
女性の悲鳴が俺の耳をつんざく。
「助けて!」
「お願い誰か!」
そんな声が飛び交っている。
助けてくれ。
花を飾っていた花瓶も撃たれ散った。
散った花は近くの死体にのんきに落ちていった。まるで供花だ。
殺人機械がこのエントランスに入ってきて約十分が経過した。
人間の声が全くしなくなった。
全ては虚しく静寂に還った。
殺人ロボットの音が近づく。
俺は手も足も出なかった。
誰も守れなかった。
男の癖に情けない。
実果さんは、立ち上がった。
もちろん、すぐさま殺人機械に見つかった。
実果さんは殺人ロボットに自ら歩み寄る。
「このビルは制圧済みだ。他を当たれ」
ロボットはウィーンと頭を下に下げる。
頷いたのだ。