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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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卒業パーティー(5)インヴィジブル・トレーナー

「スヌープ・ドギー・ドッグス? なによそれ」

「ザボス家お抱えの殺手。こっちの世界じゃ有名。でも当たり前に素顔さらしてるとは思ってなかった」


 どうにかお互い援護できる距離まで近づいたアンネリーゼとミィナは、短く言葉を交わした。

 

「む。おしゃべりしてるー! ずいぶん余裕があるっぽいー!」


 そこへ突っ込んでくるドゥーシュ。

 ナイフ使いというものは厄介なもので、攻撃範囲が狭い代わりに、動きはすばやく確実に動きや攻撃力を削ぎに来る。下手に手足を出すと腱を切られるのだ。

 おまけにその左右に『生き残り』の女中2名が並進し、援護に当たる。着剣した小銃は槍だ。往時のパイクの半分の長さもないが、それでも長剣相手にはリーチで勝る。中近距離主体のアンネリーゼ、格闘戦主体のミィナには分が悪い。

 アンネリーゼとミィナはさっと左右に別れ、回転しながら状況を確認。 


「上!」


 アンネリーゼが叫ぶと同時にイズモラがミィナの上に降ってきた。しかし余裕を持って対処できている。



「そうそう、うまいうまい」

「上から目線でなにを」


 嘲るイズモラに冗談とも取れる言葉で返すミィナ。

 着地したイズモラはくすりとすると、なんの前触れも見せずに喉を狙って超高速の左突きを繰り出す。

 だがミィナにはそう来ると読めていた。

 右前方に踏み出しつつ左手甲でその突きを払い、左腋窩大動脈を狙って突き斬りかけるが、これは囮だ。

 計算通り、イズモラは左脇のガードに右手のウレタンナイフを使った。


(ここ!)


 ガードされたナイフを持つ右拳をイズモラの脇腹にそのままそっと押し当て、


「發ッ!」


 更に半歩踏み込みズンと腰を落とし、一気に身体を大きく開く。開打だ。

 しかしその手に伝わるのはまたもや不確かな手応え。

 ふわりと浮いて飛び退いたイズモラは余裕の表情だ。


「……読めた。消力(シャオリー)。確かに今のは通らない」

「あは、やっぱり分かる? じゃあどうするのかなぁ?」


 そう笑ったイズモラは、まるで泥沼のように艷やかであった。



 一方アンネリーゼは、女中二人とドゥーシュを相手に派手な立ち回りを演じていた。

 二人の女中は自分たちがアンネリーゼにもドゥーシュにも遥かに及ばないことをよく知っている。それでも必死になってドゥーシュを援護し、アンネリーゼを攻撃し続けていた。

 いい子たちだな、と、女中たちの拙い攻撃を躱しながらアンネリーゼは思った。

 この演習は貴族共の酒のつまみだ。それに自分たちの将来がかかっているというのに、女中たちは一生懸命にやれることをやっている。

 私だったらとっくの昔に投げ出しているのに。

 そしてドゥーシュもなかなか、だ。

 最初は明らかに自分の楽しみのためにだけ打ちかかってきていたのに、今では囮になり盾になり、この子たちができるだけ頑張れるように動いている。

 きっと彼女たちにとって、この家は、この演習はそうするだけの価値があるのだろう。

 

「やあぁあっ!」

「はぁっ!」

「羨ましい、なっ!」


 アンネリーゼは左右から同時に突き入れられた銃剣を、すとんと尻を落とし床に手をついて回避した。

 正面からドゥーシュが突進してくるが、投げ出すようにして右脚、次いで左脚を前方に繰り出し牽制。

 素早く戻した右足を支点に上半身をぐいと180度左にひねって右手と左手を交差させる。

 左右から銃床での薙ぎ払いが来る。

 右足のつま先を思い切り蹴って、正中線を軸に回転しながら倒立。

 広げて回転させた左右の足によって女中たちの小銃が弾き飛ばされる。

 再度正面から突きかかるドゥーシュ。今ならアンネリーゼの倒立した背中はがら空きだ。

 しかしアンネリーゼは素早く左脚を下すとつま先で地面を蹴り、肩幅に開いた手の間を通すように長い脚を前方に突き出す。狙いはドゥーシュの腹だ。

 ドゥーシュはタンと飛びあがり、空中で前方に回転する。両の踵とナイフがアンネリーゼを襲う。

 が、アンネリーゼは残していた右脚と両手のバネを使い、素早く尻で滑って後方に脱出。ドゥーシュの踵が額をかすめた。後方に転がって起き上がりざまMP18を拾い上げるのを忘れない。

 立ち上がったアンネリーゼは息も切らせていない。それはドゥーシュも同じではあったが。

 ドゥーシュと手近なウレタンナイフを拾った女中たちは再度陣形を組み直すと、アンネリーゼと向き合い、互いに歯をむき出しにして笑いあった。



「へぇ。アンネ、また知らないうちに面白い技を身に着けたな」


 壁に映された映像を見て、エミリアは楽しげに笑った。

 男言葉で喋っているということは、つまり、


「あれはあなたの入れ知恵だな? ベルキナ」

「そうだよ。一月ちょっと前にエレーナさんのお店に遊びに行ったとき、エイト・マイルズ周辺の子たちがああいうダンスで勝負してるのを見かけてね。ミィナ対策にって。見てのとおり、乱戦のときの目くらましとしても有用だね」

 

 エミリアの追求に鼻歌を歌うような調子で答えるベルキナ。


「しかし、それでも不利に替わりはないのでは? あの女中、ドゥーシュはまだ本気のほの字も出していないようですが」


 ミシェールがそう言うと、周りで立ち働く女中たちの何人かがうなずいたようだった。


「そこはそれ、1対1の立ち会いじゃあないんだし」


 ベルキナが返すと、ザボスはわずかに頷き、それを見たマダム・エリカは一階と中央階段ホールの全部隊に撤退指示を出した。



 マダム・エリカの指示はごく僅かに遅かった。

 ドゥーシュとイズモラが踏み出しかけたその瞬間、赤組残余20名が中央階段ホールに突入してきたのだ。


「伏せろ!」


 鋭く叫んだ男の声に応え、即座にその場に伏せるアンネリーゼとミィナ。

 何が起こるかわかったイズモラは尻尾を揺らせてさっと西廊下に向かって駆け出そうとしたが、『生き残り』の女中二人は反応が遅れて棒立ちになる。

 ドゥーシュは二人に声をかけようと振り返りかけたが、イズモラに腕を引かれて撤退した。


撃て(アゴーン)!」


 男の声にわずかに遅れて連なる発砲音。

 逃げ遅れた女中たちは何発もの染料弾を浴び、頭から爪先まで白くまだらに染め上げられてしまった。

 女中たちは被弾から一拍置いてのち、放心して膝から床に崩折れる。

 それでようやく腰から手を離した統裁官(ジャッジ)が笛を短く3回吹いて、分隊の全滅を告知した。

 アンネリーゼとミィナは手近に落ちていたライフルや拳銃を、イズモラたちの消えた西廊下ではなく、二階回廊の隅に向けていたが、顔を見合わせ、獲物を取り逃した顔をしたのだった。



 赤組残余20名を率いて中央階段ホールにあとから突入してきたのは、執事のノーマン・サザランドだった。

 最初は例年通りアッシュを中隊長にして自分が先鋒で、などと言っていた彼だが、毎年それでいいとこなしなのにどうやっていいとこ見せるんだとアンネリーセに諭され、今回は彼が中隊長となっていた。

 どうやらそれはうまくハマったらしい。苦労症の彼の眉間には常に縦溝が刻まれているが、今は晴れやかな表情だ。

 昔はそうでもなかったが、ザボス家上屋敷での日々が彼に人を率いる能力を与えたようだ、とはアッシュの弁である。

 そのノーマンは、傍らに無線機を背負った通信兵やアッシュたち分隊長を呼び寄せて、作戦会議を行っている。

 彼らの背後では死亡判定を受けたものや、重傷判定だったが『手当を受けられず死亡した』と判定された者たちが、統裁官たちの指示に従って続々と撤収を始めていた。みな年若い。

 アンネリーゼがそちらのほうを見ると、最後まで頑張っていた女中たちと目が合った。

 片方は感謝と畏敬のこもった目で、もう片方は敬意と敵愾心のこもった目でアンネリーゼを見ていた。二人ともまだ若い。まだ成人前なのは明らかだった。肌の色から見て半魔であるようだ。

 

 アンネリーゼは彼女たちに手を振って笑顔を見せた。次に分隊なり小隊を率いることがあれば、その時はぜひ部下にしたいとも思っている。

 そうしながら傍らのミィナに尋ねる。


「スヌープ・ドギー・ドッグスって、どういう意味?」

「物陰からそっと覗きこむ可愛いワンちゃんズ」


 ミィナは少しばかりの悔しさをにじませながら、静かに答えた。


「なるほど。言い得て妙だわ」

「ん。最後に私たちがとり逃したひとりが鍵。そいつが全体を見渡しながらほかの二人に指示を出してる。方法はわからないけど」

「知ってたの?」


 笑顔のまま振り向いたアンネリーゼに、ミィナはふるふると首を横に振った。


「私たち、お互いに援護できなかった。完全に呼吸を読まれてた。ああまで的確に邪魔されるのは、ほかにもうひとり、離れたところから指示する役がいないと無理」

「あの隅を狙ったのは?」

「何もかも気配がなさすぎた。まるであそこには壁すらないみたいに」


 短く答えたミィナに、アンネリーゼはにやりとして同意を示した。


「見えざる調教手、かぁ。しっかし、あの子たち無暗に強いよね。全然本気出してないのに振り回されちゃった」

「本気を出してないのはこっちも同じ。次は勝とう」

「うん。そだね」


 アンネリーゼたちが休憩がてら戦意を新たにしているうちに、中隊の打ち合わせは終わったようだ。

 アッシュがノーマンから離れて、第3分隊に集合をかけた。


中隊長(シェフ)から伝言だ。まずはご苦労。とくにアンネリーゼ、ミィナさん、よく囮役を果たしてくれた」


 アンネリーゼとミィナがうなずくのを確認したアッシュは言葉をつなげる。


「他のみんなもだ。良くやった。相手は未成年の子供たちばかりとはいえ、1階部隊を全滅に追い込めたのはみんなの的確な動きのおかげだ。これからもこの調子で頼む、とのことだ。俺も断然同意見だ」


 アッシュの堂々とした態度に、アンネリーゼはへぇと感心した。

 彼が案外に兵の扱い方や上司の持ちあげ方を心得ているからだった。


「さて、ここからは館内制圧と人質の捜索に移る。まず中隊を再編して5個分隊と端数分隊ひとつにする。端数分隊は指揮班、兼、予備隊だ。東館の第1分隊が東階段ホールの制圧、第2分隊は東館から本館東1階の制圧、第5分隊は本館東2階の制圧を行う。本館西1階は第6分隊、本館西2階は俺たち第3分隊の担任区域だ。損害を受けた第4分隊は端数分隊としてノーマンとともにここに残る。何か質問は」

「人質たちはどこに?」


 頬を紅潮させた年若い兵どもを代表して、アンネリーゼが短く問うた。


「おそらく2階西のダンスホールだろう。あと特に身分の高い来賓は2階東の大食堂前の控室や、3階の貴賓室が疑わしい。人質はまとめて管理すべきだが、他と離して管理すべき人物というもの往々にしてよくいるからな。それと、エミリアさんたちは、大殿様の執務室で間違いないだろう」

「例年、執務室突入は苦労する?」

「苦労するどころじゃない。互いに消耗しきったところでぶつかるからな。赤青双方ともに戦闘力喪失で引き分けになることも珍しくない。ここ20年は、執務室に突入できたことは2回しかない」


 アッシュの返答にアンネリーゼは天を仰いだ。いや、元から判ってはいたが。


「まったくお姉ちゃんといいベルキナといい、あの人たちときたら!」

「面白くはなるが、苦労は例年の倍どころじゃないな。さて、弾薬の再分配は終わってるか? 残りあと48分、2分後に行動開始。15分以内に3階に突入するぞ。位置につこう」



 アッシュの予想通り、人質の半数以上は中央階段ホールを挟んで大食堂のちょうど反対側の位置にあるダンスホールに居た。

 人質監視役の女中たちは、豊富な訓練を積んだアンネリーゼとミィナを切り込み役(ポイントマン)とし、そのバックアップに鉄砲上手(マークスマン)を付けた第3分隊の前には、僅かな抵抗しか示すことができなかった。

 人質役は女中や小僧ばかりで貴族などは居なかった。

 興味深いのは開放された人質役や、捕虜として連行される監視役の者たちの中に、本気で怖がっているものが居たことだ。

 いまはただ怖がっているだけかも知れないが、彼女たちがこの経験を活かして職場の危機管理に役立ててくれればいいなと、赤組第3分隊の誰もが思った。


 ダンスホールを出て本館2階西側の捜索を続行する第3分隊。

 第4分隊の2名が人質役をエスコートして本館中央階段ホール裏口から退出させている。そこから先はすでに「戦死」したものたちが連れ添って、温かい食事の待つ兵舎の食堂へと連れていかれるのだ。

 東側からは多数の銃声が聞こえている。

 予想通り、大食堂前の控室にも人質は分散されて居たようだ。


「私達があっち行ったほうが良かったんじゃない?」


 などとアンネリーゼが尋ねると、アッシュは


「俺たちが行ったら秒で終わるだろ」


 それでは訓練にならない、と曰う。

 せっかく普段あまりやらないことをぶっつけ本番でやらしてもらってるんだ、いい経験になる、とも。

 化粧室のドアの横に待機位置を取りながら、アンネリーゼは感心した顔でアッシュを見つめた。

 居心地悪そうにアッシュが尋ねる。


「なんだよ」

「いやぁ、案外真面目なんだなぁと思って」


 アンネリーゼの言葉にアッシュは鳩が豆鉄砲を食らったような顔つきになり、周りの者共は笑いを噛み殺すのに努力を要した。


「馬鹿言ってないで、ほら行くぞ」


 目だけで謝ったアンネリーゼは呼吸を整え、1拍後、ミィナとともにその化粧室に突入した。

 化粧室は空だった。

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