卒業パーティー(4)スヌープ・ドギー・ドッグス
女中と小僧と予備役が中心の青組80名が人質と共に立てこもった建物を、新兵と少尉候補生と予備役で構成された赤組60名が開放するという想定で始まった演習は、早々に屋内戦へと移行した。
双方ともに重火器および車両は喪失という設定だが、これはあまり関係ない。
難攻不落の要塞のように思われた窓の装甲シャッターを下ろしたザボス家上屋敷だったが、防御射撃用の狭間に赤組の分隊魔法士たちが閃光の魔法を投げ込んで、そこに張り付いていた対抗部隊の視力を奪ったのだ。
占拠した(という設定の)武器庫と兵舎の影から飛び出した40名の赤組は全速力で中庭を突っ切る。
合計10名で構成される分隊には必ず一人、普段から口うるさい下士官やベテラン将校が白い貫頭衣を着込んで統裁官としてつき添っている。
今回の演習はその小うるさい連中抜きで、兵隊や若年士官、予備役、女中や執事や小僧どもがどれだけできるのかを確認する意味合いもある。
本宅へ向かって走る途中、分隊魔法士が本宅中央棟裏口および東館勝手口へ炸裂の魔法を叩き込んだ。
魔法抑制器によって威力を大幅に減じられたそれは派手な白煙と閃光を発生させはしたが、ドアや建物には傷ひとつついていない。
分隊と共に走る統裁官は全弾命中・攻撃成功の判定を下し、無線を通じて統裁部に報告。
統裁部は青組の配置状況を確認後ダイスを振り、適当な損害を算出。同時に係の者が該当する扉を開ける。
総勢80名の青組に、吹き飛んだドアの破片による損害が発生。3名が重傷、戦闘不能。
連絡を受けた青組側の統裁官が、該当する兵卒・小僧・女中の肩を叩いて脱落を知らせる。
脱落させられたものたちは、去年やそれ以前にもこの演習納めに参加した者たちだった。彼らはその場に倒れ込み、ほかの者たちが彼らを担ぎ上げて後退させる。
実戦の場では飛んできた何かの破片で死ぬのは完全に運次第であるから、古兵や、あるいはその場の指揮官が真っ先に死ぬことなど珍しくもなんともない。
やがて建物に到着した赤組は、分隊ごとに列を作って壁に沿って並ぶ。
わずかな間に呼吸を整え、短機関銃を乱射しながら屋内に踏み込んだ。
彼らの周囲にはコウモリや蛾、ハチドリなどが多少距離を置いて飛び交っていた。ザボス本人やザボス家上屋敷使用人の使い魔だ。
演習に参加しない来賓は大食堂で、ザボスは執務室で演習の状況を逐一チェックしているというわけだ。
さらに大食堂では気の良さそうな執事と女中が映写魔法で壁面に映された映像について実況をしている。
若手士官とザボス旅団第一独立大隊のエドゥアルド・ヨシフ・プチャンスキーが解説につき、執務室で結果を待つザボスの特別解説もあるという、出血大サービスのおまけ付きだ。
軍人のテーブルにはザボス直々にみっちりしごかれた当番兵が、貴族や官僚のテーブルには執事や女中、希望するテーブルには訓練を受けた士官あるいは下士官、ないしは少尉候補生が付いている。
『冗談の通じる』者たちの集まった別室では、今回の演習をネタにして賭博が開かれている。そこでは計数に強い兵や小僧が詰めて掛け率や返還率の計算をしているし、他の場所でも下駄番も調理人も皆くるくると働いていた。
先にも述べたとおり、このザボス家上屋敷演習納めはこの一年の演習と訓練の成果を展示するものである。
戦働きが不得手なものでもどこかしらで役に立つ。
戦争はなにも銃弾飛び交う最前線だけが戦場ではないのだ。
◇
裏口から本館中央階段ホールへ飛び込んだ赤組の第3分隊と第4分隊は、待ち構えていた青組の3個分隊30名、ドアの破片による損害で29名になっていたが──に取り囲まれて蜂の巣にされ、なかった。
先頭で飛び込んでいったのはアンネリーゼとミィナ。
木の銃床と鉄の銃身覆い、7.63x25mm弾30連弾倉を持つMP18を乱射しながら、訓練手榴弾を暴動鎮圧防盾を立てて構える青組の東廊下と西廊下を防御する分隊に投げ込み、東西の階段脇の花瓶台、その陰にすぐさま隠れる。同時に爆発。
青組に損害が発生。展開した29人のうち5人が死亡判定、4人が重傷の判定。東廊下のほうが損害が多い。
手榴弾の残響消えぬ中、赤組の後続が中央階段ホールに侵入してくる。
赤組第3分隊残余の8名は東西の階段を抑え、正面と西廊下を防御する青組部隊に射撃を開始する。
赤組第4分隊はそのままの勢いで東廊下へと突撃を敢行。
当然青組の女中と小僧と兵隊の混成部隊は、それを阻止しようと抵抗を試みる。射撃。第3分隊に1名、第4分隊も1名が被弾。重傷の判定。
東館の2階より上と西館は砲撃で崩れてしまったという想定ではあるが、それゆえに廊下一つ曲がり角一つをどう確保し維持するかが大変な問題となっている。
東側廊下を赤組に奪取され東館突入組と合流されると、面倒この上ないことははっきりしているからだ。
赤組第3分隊からの射撃を極力無視し、赤組第4分隊へと指向した青組防御部隊だったが、それ以上の射撃はできなかった。
西側廊下の分隊にはミィナが、正面の分隊にはアンネリーゼが飛び込んでいって彼らを蹂躙したからだった。
◇
ミィナの身のこなしは華麗であり、しなやかであり、また鮮やかであった。
遮蔽物から音もなく飛び出し、対抗部隊の死角をついて大きく跳躍。頭上から短機関銃を乱射しながら飛び込み着地、ウレタンナイフを用いて撃ち漏らしをほぼほぼ瞬時に片づけていく。
西側廊下の統裁官が短く3回笛を吹いて分隊全滅を告知するまで、わずか40秒ほどのことであった。
一方でアンネリーゼは、大食堂で観戦していたものたちが、さすがザボス公爵が目をかけるだけのことはある、へグルンド伯爵の目に入れても痛くないほどの可愛がりようも納得だ、との声が漏れるものであった。
すなわち、真正面から適度に蛇行しながら突っ込んでいった彼女は、分隊の真ん中でどっしりと盾を構えていた身長2.5m、体重200kgは超えているであろうオーガーの古兵を、思い切り体重を乗せた前蹴り一発で吹き飛ばして見せたのである。
オーガーの古兵は5mほども宙を飛び、床に落ちたあともものすごい勢いで滑っていった。
途中で何かが作用しコースがねじれ、、玄関ドア横の大理石製の花瓶立てに頭をぶつけて停止する。
当然古兵は気を失った。
それだけならさすがザボス公の秘蔵っ子、とまでは言われない。この程度のことは毎年誰かしらがやるものだ。
原因はアンネリーゼのその次の行動にこそあり、底意地の悪さ、ルールは従うものでなく乗っ取るものだという態度をこそ評価された。
なんとなればつまるところ、勢いのまま盾の列の後ろに回りこんだアンネリーゼは、すぐさま振り向いて膝を着き、傍らに立つ統裁官を盾にしたのだ。
別にルール違反ではない。
ルール上、統裁官は障害物ではない。
統裁官が被弾し、その射線上に誰かいた場合、その誰かが被弾判定される。
だから統裁官を盾にしても意味はない。
それでもアンネリーゼがそれを行ったのは、統裁官を好んで撃つ者はあまりに少ないからだった。
統裁官たちは普段の直属上司たちである。
誰が好き好んで恨みを買いたがるものか。
であるからこそ、アンネリーゼは統裁官を盾にした。
統裁官の左右からにょっきりと腕を突き出し、両手とも5~6発適当に乱射する。
予備役中尉の執事、女中、小僧がそれぞれ被弾。女中と小僧は即死判定だ。ヘルメットのバイザーが染料で真っ白に染められている。
執事は貫頭衣が覆い隠せていないわき腹や内またに被弾した。
「降伏なさい。見てのとおり私の射撃はへたくそよ」
そして言うに事欠いてこれである。
貫頭衣は防具も兼ねているが、貫頭衣以外の部分に被弾すると、染料弾とは言っても激烈に痛い。
被弾してのたうつ執事の様子がそれを物語っている。
『生き残り』の青組の者たちは顔を見合わせ、渋々と武器を下しかけた。
破顔するアンネリーゼ。
「ぶんた」
と分隊長であるアッシュを呼ぼうとして、アンネリーゼは舌を凍らせた。
背中に氷柱を差し込まれたような悪寒を覚えたのだ。
横っ跳びに飛んでその場を逃れる。
そのほんのごくわずかに遅れて、統裁官の腰にウレタンナイフが2本、立て続けに突き刺さる。
腰を押さえて崩れ落ちる統裁官。別に彼は腰を痛めていたわけではないが、その瞬間に傷んだのも確かだ。
統裁官を好んで撃つ兵隊はいない、と前述したが、何事も例外はつきものだ。
ましてや兵隊ではないとなればなおさらである。
ウレタンナイフを機関銃の弾帯のようにたくさん吊るした女中が、気を失ったオーガーの傍らからひたりひたりと姿を現した。
「ありゃ、外れたっぽい?」
声の主は犬耳女中3人娘のひとり、ドゥーシュであった。
彼女は赤い瞳を光らせ、ジュルリ、と音を立てて舌なめずりする。
「まーいーや。そうでなきゃ面白くないっぽい!」
◇
『狂犬だ!』
『今回は出番が早くありませんか?』
『とすると忠犬も直に出ますな』
『あら素敵。私あの娘たちの大ファンなんですの』
ドゥーシュの登場に大食堂はわっと歓声に満たされた。
その様子はザボスの執務室にもザボス手ずからによって中継されており、ザボスの傍らに控えていたエミリアは小首をかしげることになる。
ザボスの座る応接セットのテーブルには館内見取り図が置かれ、マダム・エリカの命令を軍用無線機を抱えた女中が各分隊に伝達していた。
エミリアやベルキナ、ミシェールや王宮警護局局長マリア・マンテガッツァなどはもちろん、ザボス本人もこの場では観客に過ぎない。
執務室の片方の壁に、ザボスの使い魔から転送された映像がいくつも映写されており、それらと館内見取り図の上に置かれた駒を見ながら観戦しているわけだ。
「狂犬?」
「ああ、エミリアはまだ知らなかったわね」
と、執務室に集った者たちに紅茶を淹れながらフルーゼ。
「暗殺者なのよ、あの子達は。今ではすっかり大殿様を主としているけれど、元はどこかの貴族の手のものよ」
◇
「掩護して!」
アンネリーゼは叫んだが、第3分隊とミィナは頭上から降り注いだ銃弾の雨にその場に射すくめられた。
東廊下を確保した第4分隊にも被害が出る。
「分隊長戦死!」
中央階段ホール2階の回廊に青組部隊が1個分隊現れ、制圧射撃を始めたのだ。
糞、と吐き捨てたアンネリーゼの視界の隅で、先ほど武器を置きかけた青組の防御部隊が銃を持ちあげたのが見えた。
舌打ち一つして飛び退り、MP18とP3を乱射。先ほどまで膝をついていた場所に白い染料弾とウレタンナイフが着弾する。
2発が命中、全てその場に最後まで残っていた古兵に当たった。しかしあっという間に弾薬を打ち尽くす。
弾倉交換は、
「させないっぽい!」
ドゥーシュの突き出したナイフに阻止される。
アンネリーゼは左手のMP18を投げ捨て、P3を右腰のホルスターに戻しながら、逆手で左腰のウレタンソードを抜いた。
間一髪間に合い、左側から襲い掛かってきたドゥーシュの水平2連斬を阻止する。
空いた右手を相手の顔面に張り手をするかのようにかざし、同時に踏み込んでくる左ひざ側面を狙って右ひざ蹴りを繰り出す。が、ドゥーシュは踏み出しかけた左足をひょいと戻し、足裏をアンネリーゼの右ひざに合わせて抑え、反動を使って飛び退いた。
アンネリーゼは追撃しかけて自分の右手側からの金属音に気付く。
被弾せずに残っていた4人の女中たちが普段の訓練を思いだし、班を再編し、盾を捨てて銃剣突撃を行おうとしたのだ。
左足を思い切り蹴って右のほうへスライディング。盾を拾い上げて低く構える。
盾ごとスライディングしたアンネリーゼの獣じみたカンは見事的中。
銃剣突撃してきた女中のうち2人は盾に蹴つまづいて、跳ね飛ばされるように倒れてしまった。
身を起こしたアンネリーゼはすぐさま残りの女中2人のうち東廊下に近いほうに斬りかかろうと見せかけ、反応したドゥーシュの連突を右に左に躱し、右手に持ち替えたウレタンソードで逆袈裟から切り上げ、躱されたところで身を翻して盾を被り、その陰に臥せる。
アンネリーゼの前後左右に染料弾が着弾する。二階回廊からの射撃だろう。そのまま立っていたら蜂の巣になっていたところだ。
ドゥーシュが左手側から背後に回り込む気配がする。左手側は盾のせいで死角が多い。
アンネリーゼはタイミングを見計らい、ドゥーシュが飛びかかってくると同時に四つん這いのままで素早く前方にダッシュ。ウレタンソードの柄は口に咥えている。
ようやく起き上がった女中二人の腹を立ち上がりざま撫で斬りにし、執事が被弾した拍子に手放したMP18を拾い上げ、腹を撫で斬った女中を盾にして東廊下直上の回廊に展開した青組部隊に牽制射撃を行う。
これ幸いとミィナが西廊下から東二階と西二階の回廊に訓練手榴弾を放り投げた。
爆発。染料の雨。二階回廊の青組に損害が発生、4名が『死傷』した。
二階回廊の青組部隊は手榴弾や榴弾の魔法を置き土産とばかりにばらまいてから撤退したが、それで損害を受けるほどザボス旅団の訓練は生易しくはない。
だが少なくとも赤組第3分隊と第4分隊はその場に釘付けになった。
女中を盾に射撃を行ったアンネリーゼの背後に、赤い目を爛々と輝かせたドゥーシュが迫る。
更にその周囲にはいまだ健在な女中が二名。ドゥーシュほどではないにしろ、それなり以上の手練であることがその動きから見て取れた。
アンネリーゼは彼女たちを向こうにまわして一歩も引かない。どころか、獲物を目にした狼のように、葉を剥き出しにて喜びに顔を歪めてすら居た。
「分隊長!」
ミィナはアッシュに呼びかけると、二階を指さした。
アッシュはそれを確認してうなずくと、第3分隊を率いて互いに援護しながら階段を駆け上がる。
周りには死んだふりをする女中や小僧。
ミィナはMP18を構えながら思う。
ここまでは事前の打ち合わせどおり。恐るべきことに、『事前の打ち合わせ』でアンネリーゼが語った予想とほとんど変わりがない。少し違うのは虐殺王に忠誠を捧げる殺手ドゥーシュの出現か。
いや待て。ザボス家の殺手はスヌープ・ドギー・ドッグスと呼ばれていた。複数形だ。つまり──
その瞬間、ミィナは前方に飛ぶようにして転がった。
うなじの後れ毛が数本刈り取られる感触。
「うわっ、すごいね。今のを躱すなんて。さすがは王宮警護局、ってところかな?」
躱せた理由は、ただの偶然だ。ヤマ勘が当たっただけに過ぎない。
声の方へ振り返りつつ、筒先を向けて乱射する。
振り返り終わって構え直すが何も居ない。いや、後ろだ。
とっさに腰を落とし靠を撃つ。
手応えというにはあまりに頼りない、ふわりとした感触。
「ああ、だめ。だめだよ。ぼくにはそれは通じないよ、お姉さん」
ようやく向き合うことができた声の主は、ドゥーシュと同じ格好をしたイズモラ。
いつもと同じように穏やかな微笑を浮かべてはいるが、その瞳に光はない。
「さ、それじゃあ遊ぼうか」
イズモラの声は喜ぶような声音だったが、その実絶対零度にも近い冷たさがあった。
アンネリーゼめ、なんてところに住んでいるのだと、ミィナは今さらながら背中を冷や汗でぐっしょりと濡らしながら毒づいた。




