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女騎士(バーサーカー)とオークと、時々バイク  作者: 高城拓
第2章 冬までにあったこと
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Poison(2)

「それじゃあ、前の続きから話そうか、ミィナ。この間はろくに自己紹介もしなかったし」


 アンネリーゼの口調は努めて親しげではあったが、ミィナを見る目は複雑な色彩に彩られている。

 僅かな敵意、それよりは多い羨望、はっきりした蔑み、そして純粋な興味。

 ミィナたちは他人の前ではそんな目をしない。身内と警護対象以外はすべてモノだ。路傍の石と同じ、ただの、モノ。道端の石を羨ましいと思うものは居るだろうか? そんなものは居はしない。

 外のニンゲンは面白いな、とミィナは思い、しかしそれを言うなら自分も同じか、と思い至った。


「ねぇ、ちょっと、聞いてるの?」


 黙りこくったままこちらを伺うミイナに、アンネリーゼは苛ついた声を出した。

 すかさずエミリアとベルキナがたしなめ、それを受けてアンネリーゼはむくれっ面になった。

 いい気味だ、と思ってから、ミィナはようやく口を開いた。


「聞いてる、アンネリーゼ・エラ。元聖法王国教会騎士団準5位、エラ修道会騎士。教会武力部第2法栄騎士団、エラ修道会騎士団を経て、中央教会聖法運用監査部2等巡察官。現在は民部省難民保護局研修生。公安警察特殊捜査班ならびに特殊戦術部隊でも研修を受けている。近い将来は民部省難民保護局上級嘱託職員。どんな経緯でここに居るのかも知っている。特にレスタでの騒動は、ベルキナ姉様に何度も聞かされた」

 

 ゆっくりと語ったミィナに対し、アンネリーゼはそっぽを向いて憎まれ口を叩く。


「はっ。そりゃあ話が早くて助かるわ」

「中でも一番おもしろかったのは」


 アンネリーゼがこちらに向き直ったのを確認してから、ミィナは言葉を繋いだ。


「怪異を一時的にせよ圧倒するような使い手が、たかが狼の群れに襲われたぐらいで死にそうになったこと」


 アンネリーゼは笑顔を崩さなかった。


「それで?」

「お馬さんがかわいそう」


 アンネリーゼの目がすぅっとすぼまった。口元には笑みがへばりついたままだ。

 アンネリーゼのその表情の意味を知るものは、皆一歩下がった。動かなかったのはエミリアとベルキナだけである。

 

「先輩、話と違いませんか。この子は私と仲良くなりに来たのではなかったのですか」

「もちろんそうだとも。だがお前は、私達のようにおためごかしと嫌味の応酬から友誼を見つける質ではないだろう?」


 剣呑な目つきを携えた笑顔のままのエンネリーゼに、エミリアはすまし顔で歌うように返答した。

 今の彼女はアンネリーゼとベルキナに対してだけ男言葉を使う。


「だいたい、お前の態度も見れたものではない。こうなれば本音でやり取りするしかあるまいよ」

「もう、そういうところばっかり殿下に似て!」


 アンネリーゼが怒ったふりをすると、エミリアはすまし顔のまま頬を赤らめた。周囲の見物人からも冷やかしの声が飛ぶ。


「ここんところずっとこんな調子なんだから。まぁいいです。おかげでちょっとは落ち着きました。それで? 狼の群れごときにしてやられるようなヒトに憧れの大先輩がくっついてまわってるのが気に入らないって?」


 今度はミィナの目が細くなる番だった。


「そのとおり。おまけにこの間の陛下に対するあの態度。とても残念」

「あらそう? 私はあんなところで、あんな素敵な人達の前で個人的な怒りを優先させちゃう、半人前の出来損ないのほうが残念」


 アンネリーゼのあざけるような発音に、ミィナは椅子を蹴飛ばして立ち上がった。

 彼女は黙りこくって肩を怒らせ、真っ赤に充血した目でアンネリーゼを見据えた。

 口元に不敵な笑みを浮かべ、立ち上がろうとするアンネリーゼ。その肩をベルキナが押さえた。

 慈愛に満ちた目でミィナを諭す。


「ミィナ。アンネの言うとおりだ。比較的安全な実地研修とは言え任務は任務、陛下と王妃殿下の前であのような振る舞い、部隊配属後には一切許されないぞ」


 尊敬する大先輩に注意され、ミィナはうなだれた。

 先ほどまでの怒髪天を衝くかのような勢いが、みるみるうちにしおれてしまった。


「それから、アンネリーゼ」


 肩を掴む手に力を込めて、アンネリーゼに振り向くベルキナ。目には悲しみと怒りが半分ずつ入り混じっている。


「出来損ない、というのは我々混血に対する差別用語だ。いくら君でも許しがたい。即刻取り消してもらいたい」


 その目を見てアンネリーゼは自分が何を言ってしまったのか理解したようだ。

 何か言おうとして、うつむいて目をそらし、それから目だけをベルキナとミィナに順繰りに向けながら、ごめんなさい、と謝った。

 その仕草が可愛らしかったのか、ベルキナは一度まばたきをして目の輝きを変えてからアンネリーゼの頭を自分の胸に抱え込んだ。


「わかってくれてありがとう! アンネのそういう素直なところ大好きだよ!」

「わ、ちょっとベルキナ……」


 ベルキナがアンネリーゼを一方的にかいぐり始めたところで立ったまましゅんとしていたミィナが、ばん、とテーブルを叩いた。わなわなと震えながら口を開く。


「「ベルキナ姉様から離れろ!」」


 ミィナだけが吠えたのかと思いきや、本宅の方からも怒鳴り声が聞こえてきた。そちらの方を見ると、肩を怒らせた銀髪猫耳エルフ顔の男装の麗人が、荷物を満載して爆走するトラックか、獲物を見つけて半狂乱で迫ってくる怪異のような質量感を漂わせながらずんずんとこちらへ向かって大股で歩いてくる。


「姉様! そのようなものにかかわらずに我が隊にお戻り下さい!」


 アンネリーゼたちのほど近くでずしりと立ち止まり、腰に手を当てて言い放ったのは王宮警護局特殊警護隊の現隊長、ミシェール・モリソンであった。

 まさかミシェールが来ているとは思わなかったミィナは目をまん丸くして驚いたが、周囲のほとんどは誰だアレ、という反応。中庭にいるもので彼女が何者かわかっているのはアンネリーゼたちだけだった。

 ともあれミシェールはずかずかとアンネリーゼたちに歩み寄ると、べルキナの腕を取ってアンネリーゼから引き剥がそうとした。もちろんミィナもあわてて参戦する。


「我々には! まだあなたが! 必要なんです!」

「えー……そうは言うがなぁ……もう引退した身だぞ、わたし」

「だから! その手を! 放して!」

「ええ……いやだよぉ……」

「いますぐ!」

「なんでさぁ」


 かくしてアンネリーゼは、必死にしがみついてきながらのらりくらりと返事するべルキナと、べルキナを引き剥がそうとする珍客に取り囲まれもみくちゃとなった。


「……なんだこれ」


 アンネリーゼはその時げんなりした表情でつぶやいたと、ザボス家上屋敷の家庭教師であったゲオルグ・ステファン・テオドールの日記には書いてあるが、本当かどうかは読者の判断にゆだねたいところである。




 ああもう面倒だわ、と声を荒げてまとわりつく者どもを振り払って立ち上がったアンネリーゼ。ベルキナもミィナもミシェールも、全員がすってんころりんとひっくり返る。ズボンを履いたベルキナとミシェールはともかく、べルキナは黒くて小さい派手な下着が全開になってしまった。

 こっちの下着って何でこうピッチリしてて布面積小さいのかしら、と赤面しつつ思いながら、ミィナを素早く助け起こしてやる。

 ミィナは意外にも小声でありがとう、と言ってきた。


「だめね。お互い気が高ぶって話し合いなんて無理だわ」

「……ええ。あなたのお義姉(ねえ)さんに言われてほんの少し努力はしてみたけれど」

「あれで? 冗談でしょ」

「もちろん冗談」


 そこではじめてアンネリーゼは心からの微笑を浮かべた。釣られてミィナもほんの少しはにかむ。


「私達って本当にそっくり。傲慢で、意地っ張りで」

「そのくせ素直?」

「せめて正直と言ってちょうだい。違うのは外見と、口数の多さだけ」

「同意する」

「初めて会ったときから、あなたの力が知りたくてたまらなかった。あなたもそうでしょう? ならやっぱり一度、殴り合いでも剣闘試合でもやるしかない。直ちに、いまから。そうじゃないとわだかまりが残っちゃうと思う」


 ミィナはアンネリーゼの提案にこっくりと頷いた。

 アンネリーゼは満足した表情をするとベルキナとミシェールに向き直った。


「そちらはどうです。あなたも出てきてしまった以上、何もせずに帰る訳にはいかないでしょう」

「……」

「いかがでしょう。私とベルキナ、あなたとミィナ、2対2の混合戦を行いませんか? 私達が負けたら、ベルキナをそちらに戻すように、公爵殿下と王宮警護局局長にお願いをしに行きます」

「……君たちが勝ったら?」

「ベルキナが望むように」


 ミシェールは深く頷き、合意は為された。

 アンネリーゼは最後にエミリアへと振り返り、頭を下げた。

 ほんのついさっきまで浮かべていた笑みは消えうせ、申し訳なさそうな表情をしている。


「すみません、先輩。せっかく話し合いの場を作っていただいたのに」


 エミリアはくすりと笑うと、アンネリーゼの頬を両手で包んだ優しく微笑んだ。

 先輩騎士ではなく、義姉として接するときによくしていた仕草だ。アンネリーゼは懐かしくて、せつなくて、目が潤んでしまった。


「いいや、そんなことはないよ」

「でも」

「大丈夫。お前もミィナも、お前たちが思っている以上にお互いを理解しているよ」

「うん……でも」

「うれしいな。もはや魔族も同然の私に、まだ気を使ってくれるのか」

「だって、悪いなって。もっと努力できなかったのかなって」

「大丈夫だよ。私はこんなに変わってしまったけれど、お前は私の、大事な大事ないもうとだ。私も大殿やエリカ姉様たちに甘えるようになって、それが良く分かった。大丈夫。拳や刃を交えないと分からないこともある、常々そういっていたのはお前じゃないか。思い切りやってきなさい。言いたいこと、やりたいことを全部吐き出してくるといい。責任は持ってやる。私達はそういう関係だ。これからも、ずっと」


 アンネリーゼはエミリアの優しい視線に瞳をきらめかせると、小さな声で「ありがとう、おねえちゃん」とつぶやいた。




「ていうかまぁ、こうなるのは最初からわかっていたからね」

「あぁん?! ひどぅい!?」

「大殿はじめ、御家の方々にはすべて許可を貰ってある! から存分に?」

「……好いた男に似てくる女がいるってよく聞くけど、これはウザい……」

「感動の義姉妹愛が台無しだな!」

「自分で言うなし……」

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