Poison(3)
魔王領、後の魔族連邦には国技と呼ぶべきスポーツが3つある。
ひとつはコルセ・ド・エンデュラン。様々な地形が組み合わされたコースをバイクで周回する、過酷なオートバイ競技だ。5日間の日程で年13回行われる。これは第10代魔王コーの治世末期に始まった競技であるから、歴史は浅い。原型は魔王軍の偵察騎兵競技会だそうだ。同時期にBMXやMTBなどの自転車競技も始められていることから、自転車競技からオートバイ競技に転進するものも少なくない。
もう一つはフットボール。1チーム11人、2チームが対抗してひとつの球を相手陣地のゴールに蹴りこむ競技だ。異なる種族を組み合わせた団体行動の訓練に最適とあって、小学校から教えられるため競技人口が非常に多い。これは魔王ギュンターの第2期治世時に始まっているため、古い歴史を持つ部類になる。余談ではあるが、魔王領でマギビジョン放送が始まってからフットボールの試合生中継は人気の番組だったが、そのあとの放送予定だった番組が試合延長により放送中止されることもあったため、フットボール嫌いな人物も増えることになった。
最後の一つは、これこそが国技にふさわしいものであると魔族のほとんどは思うものであった。
その名はコンフロンテシオン・シュヴァリエ。
頭文字をとってCCと呼ばれることも多い、競技用の刀剣と魔法制御器、攻撃魔法を競技場外に漏らさないための結界を用いて行われる、階級制異種格闘技戦である。
中でも体重・魔法量・性別制限なし、2対2で行われるクラッセ・イリミティのタッグ戦と、12対12で戦うトルナメント戦は諸族の特徴が存分に発揮されるとあって、絶大な人気を誇っている。
近代競技としての成立時期は第1次聖魔大戦終了後、60年ほどたってからであるという。もちろん競技というより果し合いとしてのそれは1000年以上の歴史がある。近代競技ルール成立後140年ほどたったころ(つまりアンネリーゼたちの時代の40年後)には、この競技専用の見た目の派手な(ダメージ量はそれほどでもない)攻撃魔法や加護魔法も開発され、恐ろしく見栄えのするものになっていった。このころにはチタン製のフルプレートアーマーやメタアラミド製のマジック・ローブなどが使用されるようになり、競技の質はともかく見た目は古い時代の騎士戦闘そのものとなった。
似たような競技は周辺諸国にあるが、興行スポーツとして成り立っているのは魔王領のみである。軍の火力装備化によって失われた、騎士の戦いやその誇りといったものを懐かしむ思いがあるのかもしれない。
ザボス家上屋敷の中庭の中心で行われようとしているのは、まさにそのCCであった。
中庭には、椅子が4つ互いに間隔を空けて四角を描くように置かれている。15m四方の四角い空間、それが即席の闘技場というわけだ。椅子には結界魔法の得意なものが4人座り、競技開始にあわせて結界を張る準備をしていた。
その周囲には人垣ができており、その一辺には救護所らしきものまで用意されている。
アンネリーゼたちは動きやすい服装に着替えたうえで、怪我を最小限に抑えるため、綿と堅フェルトの詰まった防具を頭と胸と腹、前腕、脛につけていた。顔の部分には頑丈な金網で作られた面が付けられる。手につけた革手袋は、指の第2関節より先がむき出しになったもの。これも部分的に綿が詰まっているうえ、魔法の出力を低く抑えるサプレッサーでもある。当時のCCは徒手格闘も重視されていたため、防具としてはこのような構成が一般的だった。
アンネリーゼは以前使っていた長剣とほぼ同寸、ゆるく反った刀身長71cm程度の硬質重量ゴム製の刀、べルキナはいつも使っている杖だけを持っていた。
ミィナは最近軍にも訓練用に導入された硬質重量ゴム製の銃剣ふた振り、ミシェールは長さ1.8mほどの、先端に分厚いゴムのキャップが被さった樫の丸棒を携えている。
これらの武器防具はザボス家上屋敷での訓練に供されているものだ。もちろん何の細工も施されていない。むしろ非常に頑丈に作られており、魔法発動を容易にする機能まで付加されていた。
ざわついていた人垣が静まり返ったのは、審判の一人としてジュリアーノ・コンスタン・ヤナギダが闘技場中央に立ったときのことである。
「これより競技を開始する。選手、中央へ!」
どこのだれが、どういう理由で、とは語らない。すべては内々のことである。
アンネリーゼたちはヤナギダを挟んで並び立った。ヤナギダの右手側がミィナとミシェール、左手側がアンネリーゼとベルキナである。
ヤナギダは丁寧かつ失礼にならない態度で持ち物と装具の検査を一人ひとりに対して行い、反則武器の持ち込みがないことを確認してからルールの説明を始めた。
「ルールの確認を行う。防具を排除させての攻撃は禁止。頭蓋割、目突き、心臓えぐりなどの蘇生や回復の困難な致死攻撃は禁止。超高温あるいは極低温、絶対真空などクラス2以上の広域殲滅魔法および単体致死魔法は使用禁止。時間無制限。10秒以上意識を失うか戦意を喪失するか、あるいはアレ・ダ・ビテによって競技脱落。脱落者への追い打ちは禁止。場外へ弾き飛ばされた場合は15秒以内に復帰すること。意図的に場外へ逃れたときは減点20。防具を意図的に外すことは一箇所につき減点10。減点50、およびこれらのルール違反は直ちに反則負けだ。良いね?」
4人はさっと頷いた。
ヤナギダの合図で互いに礼を交わし、それぞれのコーナーへ戻る。これより一分間の打ち合わせを行うことが両陣営の選手には許されている。それが終わってから、各選手はそれぞれ分かれて闘技場内へと出撃するのだ。
「ねぇベルキナ。私はこれでよかったと思っているけれど、あなたはどう?」
向き直ったアンネリーゼに今更なことを問われて、ベルキナはにこりと笑った。
「どうもこうも。私は今でも王宮警護局に在籍はしているからね。召還命令があればすぐに戻るさ。でも、特殊警護隊に戻るつもりはない。この身体じゃ教官すらまともにこなせないからね。いいとこ事務屋が精いっぱいだ。それよりは君のそばにいたほうがずっと面白い。それに」
「それに?」
「私自身のこととは言え、君は私を相棒としてこの場に立たせてくれた。君の義姉御のエミリアと一緒のほうがよっぽど勝ち目があるのに。私はそれが嬉しくてたまらない」
べルキナの返事を聞いて、アンネリーゼは大きな笑みを浮かべた。
「謙遜しちゃって。まだまだ私に後れを取るほどじゃないでしょう?」
「さて、どうだろうね。それに、勝ったら私の望み通りにしてくれるんだろう?」
「局長さんとザボスのおっさんがなんていうか知らないけどね」
「……」
「どうしたの?」
急に黙り込んだべルキナをいぶかしむアンネリーゼ。
べルキナはなぜだか恥ずかしそうに、急にもじもじし始めた。が、結局は。
「うん。いや、この場で言うことじゃないな。勝ったら言うよ」
「そっか。じゃあ気にしないでおく。さて、手早く打ち合わせるわよ」
気持ちを切り替えたベルキナにそれ以上追及することなく、アンネリーゼは打ち合わせを始めた。
一方でミィナとミシェールたちも、アンネリーゼたちの様子を伺いながら打ち合わせを行っていた。
「申し訳ありません、ミシェール姉さま。こんなことに巻き込んでしまって」
「気にしないで良い。私も、直接ベルキナ姉さまに伺いたいことがあった。ミィナと公爵殿下と、ついでにあの娘にも感謝しないと」
「はい」
「よし。ではミィナ・パーカー1号研修生。貴様ならこの試合、どうやって勝ちに行く?」
ミシェールはすっかり落ち着きを取り戻し、無表情にミィナに問うた。
ミィナは背筋を伸ばし、元気よく(しかし小さい声で)答えた。
「はっ。自分はまずアンネリーゼを迅速に打倒し、然る後にベルキナ姉さまを制圧すべきと考えます」
「続けなさい」
「はっ。ベルキナ姉さまは先の戦傷によりお得意であった高速戦闘ができなくなっております。対してアンネリーゼは様々な加護魔法を自らに施すことで獣人よりも素早く、オーガーよりも力強くなると仄聞しております。これが事実なら最初から1対1、あるいはベルキナ姉さまを制圧してから、というのは悪手となります。我々が目指すべきは短期決戦、『敵の最速最強戦力の迅速な無力化』です。二人でかかれば、最悪自分とアンネリーゼが相打ちになっても」
ミィナの返答を聞いてミシェールはかすかに頷いた。
「私も同意見だ。ミィナ研修生。露払いは任せる」
「はっ! ……しかしミシェール姉様までいらっしゃるとは。その、まさかと思いますが」
一旦は背筋を伸ばし直したミィナだったが、周囲を伺うような目つきになってミシェールに囁いた。
「察しが良いな。私も局長も公爵殿下に呼ばれてね。あのエミリアとかいう聖法王国人、あれは警戒すべきだろう。こんなことで公爵殿下を動かすなど、自分では気づいてはいないのだろうが、恐るべき能力だ。傾城の姫の素質十分というところだ。まぁ、公爵殿下の腰もずいぶんとお軽いご様子ではあるが」
「ああ、それは」
いくらどうでも買いかぶりすぎではないかとは口にせず、ミィナは屋敷の3階の大きな窓を見上げ、それからアンネリーゼたちのそばにいるエミリアを見ようとして、余計なものを見てしまった。
なんと、アンネリーゼの方からベルキナにがっしりと抱きついていったのだ。
それを見ていたのはミシェールも同様。
二人の目に不要なまでに闘志が燃え盛るのも無理はなかった。
ややあって試合開始のゴングが打ち鳴らされた。
アンネリーゼたちは互いに視線を合わせることすらせず、傲岸不遜な態度で闘技場中央へ向かって悠然と歩を進めた。アンネリーゼに至っては笑みすら浮かべている。
それが挑発だとわからないミィナたちではない。そしてそもそも挑発されようがされまいが、ミィナたちはまずアンネリーゼを打倒することに決めていた、否、決めてしまっていた。
ミィナとミシェールはお互いに顔を合わせ頷いてから、掛け値なしの全力でアンネリーゼへと飛びかかっていった。先をゆくのは無論ミィナである。
1歩、2歩、3歩。
アンネリーゼたちが10歩を歩ききる前に、たったの3歩でミィナはアンネリーゼの元へと辿り着いた。途中でアンネリーゼの笑みが大きくなっていたのにも当然気がついている。ミィナたちの作戦は、アンネリーゼが加護魔法により自分の能力を大きく引き上げていることを前提に組み立てられていたからだ。アンネリーゼがこちらの目にも留まらぬ動きに気がつくのは当然だと思っている。
だから、飛び込んだ勢いのまま左手に握った模擬銃剣をアンネリーゼの胸元へ突き出したときは、ミィナは本当に驚いた。
アンネリーゼは不可思議なまでにゆっくりとした動きで身を躱したのだ。
(今のは――!)
左手の手首と肘を極められ、さらには足払いを掛けられ、妙にゆっくりとした動きで投げ飛ばされながらミィナはあることに気がついた。
アンネリーゼは自分自身に対して加護魔法を付与していない。少なくとも敏捷性向上はしていない。
ゆっくりとした動きに思えるのは、ミィナの認識速度がアンネリーゼの動きに対して相対的に早いからなのだ。
アンネリーゼはミィナを投げ飛ばし右手の模擬刀を手放すと、腰の後ろに空いた右手を伸ばした。尻の方に挿した拳銃を引き抜こうとするかのように。彼女の視線の先には迫りくるミシェール。そのミシェールもアンネリーゼの右手の動きを見ており、体をかわしながら、吹っ飛んでいくミィナの体越しに槍に見立てた棒をアンネリーゼに突きこんだ。
その時ミィナは見てしまった。
腹を突かれたアンネリーゼの右手の先には何もないことを。
ミシェールの背後に素早く回り込んだベルキナが尋常ならざるスピードで足払いをし、空中に浮いたミシェールを滅多打ちに打ち据えるのを。
ミィナが受け身を取るのを忘れたまま地面に叩きつけられるのは、そのわずか5分の1秒後のことである。
明けていましておめでとうございました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。年末進行死ぬかと思った。からの、安定の寝正月。なお北斎ちゃんは来なかった模様(FGO話)。




