女騎士、謀る(2)
「ところで、なんだか騒がしいわよね」
エミリアに化粧を施しながらメルは誰にともなく言った。
「そうですか? お祭りだからではないのですか?」
アンネリーゼがきょとんとした顔で返し、それを横目でちらりと見たメルはため息を付く。
手で何事かモニカに合図し、モニカはぱっとうなづいた。
モニカが複雑な手印を連続して組み、最後に大きく腕を広げると部屋の中全体に魔力が広がるのが感じられた。
部屋の隅に置かれた花瓶や椅子の影から、何かが壊れる音がする。
「お方様ぁ? 天井裏のお客様はどうしますぅ?」
「放っておきなさいな。どうせあなたの結界魔法で何も見聞きできやしないんだから」
エミリアの化粧を仕上げたメルは、鏡をエミリアに見せながら返答した。
エミリアの表情は見ものだった。
化粧の出来栄えに心底感動している反面、動揺がどうにも隠せていない。
他の者達の表情はといえば、シャンテはいたたまれないような顔つきをしており、アンネリーゼは感心したような、興味深げな顔つきになっている。
「今の音は何ですか?」
「モニカが結界を広げたときに盗聴や盗撮を行う魔導機械が過負荷で壊れた音よ。今現在、この部屋は外から見る限り『存在しているはずの存在しない部屋』になっているわ。これでいくら言いにくいことでも言えるようになったわよ、アンネちゃん」
「何のことかわかりかねます、メル様」
一呼吸考える素振りをしてから答えたアンネリーゼは、心底なんのことやら、と言った表情で答えた。
「はぁ。シャンテにもあなたぐらいの厚かましさがあればいいのだけれど」
「それはお褒めいただいているんでしょうか?」
「褒めてるわよ、ものすごく! だってあなたはいまここで殺されたって、外の皆はだぁれもわからないのよ。だのにその態度! 普段よりよっぽど素敵よ!」
メルは笑いながらエミリアの前掛けを外してやってから、椅子を引き寄せアンネリーゼの正面にちょこんと座った。人を射殺せるような視線でアンネリーゼの目を見据える。
「いい? アンネちゃん。私は主人である第9代魔王ギュンター・グリュン・ドラコを200年以上支えてきたわ。表からも裏からも。それがどういうことかわかるかしら?」
アンネリーゼは薄く笑っただけ。
それを受けたメルも目をすぅっと薄くしただけだった。
「バカの振りがうまいのね」
「さて、どうでしょう。本当にただの馬鹿なのかもしれません。メル様、いえ、王太后陛下がいかなるお仕事をなされたのか、浅学にして存じ上げておりませんので」
アンネリーゼの物言いには鼻で笑うような調子があったが、メルはそれを聞いても面白そうな顔をしただけだった。
「あらそうなの?」
「ええ、もちろん。教会武力部から運用監査部に配転されたときの教育で、聖魔大戦当時、我が教会法規保全部の諜報・破壊活動が王宮警護局9課に如何にかんたんに捻り潰されたかなど教わってませんし、その際に用いられた手練手管など聞いてもいません。ましてや王宮警護局9課を実質的にだれが支配していたかなんて」
アンネリーゼは相も変わらず慇懃無礼な態度で言い放ち、メルはそれを冷たく笑って聞いていた。
シャンテとエミリアは戦々恐々と言った面持ち、モニカは目を瞑ってすまして立っている。
「だのにいまだに私を信用できない?」
「はい、王太后陛下。恐れ多くも正直に申し上げますが、私は誰も、自分ですら信用しません。自ら刃を合わせた者、轡を並べたものを信頼するのみです。付け加えるならば、友誼と信用、信頼というものはそれぞれ全く別のものと考えています」
「ならばあなたはまず私と刃を合わせるべきだったわ。いえ、トマスへの使いにシャンテを立てなければ良かった。シャンテはもうただの、年下に恋する生娘になってしまったわ。武功に逸る女武者ではなくね」
シャンテは赤くなって縮こまった。
「使いというのは何のことやらわかりかねますが。……ただ、」
「ただ、なに?」
「せっかく友だちになった者の痴話喧嘩の一つも見れないまま、どこかの誰かの手のひらで踊らされて吊るされるのは、つまらないな、とは思いましたね」
訝しむメルに、アンネリーゼはとぼけた様子で答えた。
その様子がどうやらメルのツボにハマったらしい。
彼女は一瞬きょとんとしてから盛大に吹き出すと、腹を抱えて笑いだした。
「あっ! あはっ! あはははは! つ、つまらないって、それ!」
「でもまぁ、あのシャンテが、たった1時間足らずでこうまでオンナノコになるなんて、アイノチカラってすごいんですネー。うらやましーなー」
「やめて! アンネちゃんやめて!」
「どうせアレですよ、あの昼行灯さんのことですから、ここぞとばかりに思いっきり格好つけて婚約話を持ちかけたに違いないですよ」
ゲラゲラと笑い転げるメルに、アンネリーゼは至極真面目な顔で追い打ちをかけた。
と、そこにモニカが参加する。
効果は抜群だ。
「トマスちゃんて~、いざという時は強引に話を持ってくのが男らしいとか、そういうこと考えてそうよね~」
「わっかるーそれなー。でさ、こっちは婚約申込みって装身具贈るんでしょ? こう、無理やり指輪とか握らせてさ」
「あなたに似合う指輪はこれだけだ、とか低~い声で言っちゃう系よねぇ~」
「ひゃ~! 言われてみたーい!!」
「ねぇ~! 言われたーい!!」
「ひぃ~!」
あっけにとられるエミリアと恥ずかしさで涙目になったシャンテをよそに、アンネリーゼとモニカの小芝居はしばらく続き、シャンテがついに怒鳴り始めるまでメルは腹を抱えてのたうち回ることになった。
「はぁー、はぁー、ふぅー……話が思いっきりそれたけれど、もとに戻していい?」
ほつれた髪を手ぐしで整えながら、メルは荒い息を整えた。
「さて、なんのことで」
「いい加減に王太后陛下を謀るのはやめろ、アンネ」
なおもとぼけようとするアンネリーゼに、きつい口調で注意したのはエミリアだった。
彼女は背中に長剣でも入れたかのように背筋を伸ばし、きびきびとした動作でメルの前に歩み出ると跪いて頭を垂れた。
「御前にて失礼いたします、王太后陛下。此度は我が愚妹、アンネリーゼが甚だ不調法を」
「構いません、騎士エミリア卿。あなたの義妹はなかなかに楽しいひとです」
”騎士が貴人に対する態度”をみせたエミリアに対し、メルも貴人としての振る舞いに切り替えた。
「不躾なる我が愚妹に対し、王太后陛下の誠に寛大な御心をお見せ頂き誠に感謝いたします。アンネリーゼ! そのままで構いません。何をしようとしていたか全て答えなさい!」
エミリアは膝をつき頭を垂れたまま怒鳴った。
アンネリーゼはすねた表情をして壁にもたれてそっぽを向いたが、やがて大きな大きなため息をついて脚を組んだ。
不貞腐れた表情のまま言い放つ。
「まぁ、こうなるか。では、すべて打ち明ける前に、2つ確認させてください。それを確認しないことには喋る訳にはいきません」
メルは柔らかく微笑んだ。
「いいわよ」
「まずひとつ。王太后陛下はなぜ私がシャンテをトマス、ひいてはザボス公への使いに出したとお気づきに?」
アンネリーゼはやや前のめりに尋ねた。
「一言でまとめると、そうね、カマかけよ」
「詳しく教えていただいて構いませんか」
「ええ、構わないわ」
メルのいうところによれば、シャンテを使いに云々とはただのカマかけ、確認であったらしい。
ただそのカマかけを行うだけの根拠とその推理は以下の様なものだった。
起きてみるとザボスやコウタロウの供回りの動きがギュンターとの昼寝前よりほんの気持ち慌ただしくなっている。
そこへ帰ってきたシャンテの振る舞いが、傍目にもわかるほど女の子らしくなっている。
シャンテの振る舞いが女の子らしくなったのはトマスと何かあったからだろうし、トマスがシャンテを女の子らしくさせるような何かをするということは彼がいざという事態を想定して覚悟を決めたということ。
トマスが諜報部の所属なのは知っていたから、その彼がいざを想定する事態はこの村では2つしかない。
隣国との戦争、あるいは重要人物の暗殺だ。しかし、竜騎兵や憲兵の動きが浮足立ってはいたが村に非番兵士の招集命令は来ていないから、戦争ではない。
さて、シャンテはアンネリーゼに張り付くように命じていたはずだが、なぜそうなったか?
答えは一つ。アンネリーゼと結んだ友誼に基づいてシャンテは行動したのだ。
つまりアンネリーゼはシャンテに託して何かをトマスに伝えさせたに違いない。
「まぁ、これぐらいは女としては気づいて当然のことよ。皆もよく覚えておくといいわ。殿方はいつだって自分の遊びに夢中で、女の気持ちの移ろいになんて気づきやしないんだから」
メルは嫌味ではなく、子どもたちに教育をするかのような口調でそう言って締めくくった。
「なぁるほど。ちなみに、シャンテの様子に気づいたのは、どのタイミングで?」
「玄関ポーチに上がる時の足音ね。浮ついたような、困ったような。今までそんな足音させたことなかったのよ」
「なぁるほど」
アンネリーゼはひどく感心した顔つきになり、一度背筋をぴんと伸ばして立ち上がってから、メルに対して膝をついた。先程までの無作法を謝罪する。
メルはそんなに気にしないで、あなたが話す内容によってはあなたを殺さなければならないのだからと言ったが、アンネリーゼはそれこそが聞きたかったと言わんばかりの笑顔をしてみせた。
彼女は頭を上げ、もう一つの質問を行った。
「お前の首を私に落とせというのか?!」
エミリアは素っ頓狂な声を上げた。
アンネリーゼのもう一つの質問とは、アンネリーゼの首をエミリアが落として持ち帰る必要があるが、可能かということだった。
「まぁ、それぐらいは当たり前に覚悟していただかないとどうともならないことなんですよ、先輩」
アンネリーゼはふてぶてしい態度に戻って言い放った。
その仕草はどこぞのオークを思わせた。
「うんと言ってください、先輩。この中途半端な状態で、私達のすべてを明かすのは危険すぎます」
アンネリーゼはうつむくエミリアの目を覗き込んだ。
態度とは裏腹に、その目は真剣そのものだ。
エミリアはその視線に見覚えがある。
戦場でアンネリーゼがよく見せていた、あの目だ。
「……わかった。だが私の腕ではお前を苦しめることになるかも知れぬ。ザボス公かシャンテ殿に介錯をお願いできるなら、請け負おう」
「そうですね。ザボスのおっさんはああですから、問題ないでしょう。シャンテ、あなたはどう?」
「……そうならないことを祈っている」
シャンテの表情は言葉とは裏腹に、決意に満ちていた。
軽い調子で自分の命を他人に始末させると言い放つアンネリーゼだが、なんの覚悟もなしにそんなことをいうものでもないことはシャンテは知っていた。
もしそうでないなら、あれほどの剣を使えるはずがない。
そのような武士が介錯を頼んでくるのであれば、それに答えるのがまた武士の義務と名誉であろうと思われたのだ。
「よかった」
アンネリーセはあからさまにホッとした表情を見せた。
下手に首を打たれると楽に死ねないのをよく知っているのだ。
エミリアは武技よりも政治力と作戦能力に秀でた人物であるから、万が一ということがある。
「それではお話いたしますが」
場が落ち着いたことを確認したアンネリーゼは、教会からくだされていた指令と、自分がなそうとしていたことについて丁寧に説明を始めた。
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ゼラが見るところ、あの老婆が行き着いたリンゴ飴屋におかしなところは全くなかった。
あえて言うならなさ過ぎた。
全く普通の露天商でしかない。
商売自体は繁盛しているようだ。
遠くから眺めていてもらちが明かないと悟ったゼラは、前日村役場から支給された当座の小遣いの残金を確認すると、リンゴ飴屋に向かった。
陽気な調子の店主と2~3言葉を交わし、リンゴ飴を手にいま来た道を戻る。
もう良いか、というところで路地に入り、壁にもたれてリンゴ飴を見つめる。
何の変哲もないリンゴ飴。
故郷でよく見たリンゴ飴。
聖法王国であの人の妾をしていたころによく見たリンゴ飴。
リンゴ飴を食べるとき、あの人はいつも思い詰めたような顔をしていた。
あの人が自殺した日の前日も、あの人は思い詰めた顔でリンゴ飴を食べていた。
それと寸分違わず同じリンゴ飴が今、手元にある。
ゼラは未だに生えそろっているきれいな前歯でリンゴ飴をかじりながら村の講堂に戻った。
帰着する頃にはリンゴ飴はなくなっていた。
周りのものに挨拶し、それからおもむろに、食べ過ぎちまって腹が痛くなった、ちょっとお耳汚しをするかもしれないよといって便所に入った。
魔王領の便器は陶磁器と水をつかった便利な仕組みのもので出来ており、嫌な匂いはほとんどしなかった。
ゼラは便器にではなくバケツに顔を向け、胃のなかのものをすべてぶちまけた。
黄金に輝くりんごの種がそこにあった。
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「ほう! それでその格好であるか! いやあ、見違えましたぞエミリア卿! まるで白鳥のような美しさ!」
「お褒めに預かり恐悦至極。このような山出しにはもったいないお言葉にございます」
宵九つ。
ぎっしりと魔族の貴顕が集まった村長宅の応接間、そのエンガワでエミリアは膝をつき頭を垂れた。
隣にはアンネリーゼも同じ姿勢でかしこまっている。
ザボスが手放しに褒め称えたエミリアは、シャンテに貸してもらった白いシルクのドレスが良く似合っていた。
胸周りが少々きついということだったが、布地を押し上げる美しい形の胸がかえって良いアクセントになっている。ドレスは袖なし、背中も大きく開いたもので、よく鍛えられた体幹があらわになっているが、もともと上背があるおかげで気品の良さをよく演出していた。
これには流石に集まった魔族の貴顕も感心し、次々にザボスに追従する。
車座のほぼ中心、コウタロウのすぐそばにあぐらをかいたザボスは上機嫌そのものだ。
ちなみに並べられている色とりどりの豪華な料理は、”ムーンサイド”からのケータリングである。サービス役も派遣されている。
当然のことながら、派遣されてきたものは二重三重に身元確認がされた、氏素性と接客態度のしっかりしたものたちである。料理人たちは村長宅の裏庭とキッチンをフルに使い、とんでもない量の食事と酒を供給していた。
毎年のことなのでメルも旅籠側も慣れたものであり、会場設営やサービスでシャンテやモニカが立ち入る隙間はない。二人はそれぞれに気合の入ったドレス姿でメルの後でかしこまっていた。ギュンターの家中のものであるから、これもまた当然である。
宴が始まり少したち、いい具合に酒と料理が宴席を温めた頃である。
コーや他の貴顕に尋ねられるがまま、空気を壊さぬよう注意しながら聖方王国の国情について当たり障りのない話をアンネリーゼたちは行う。
エンガワの背後、生け垣の向こうからは男女の嬌声が響き、立哨に立つ兵士たちとアンネリーゼたちは顔を赤らめた。
コウタロウ、すなわち今上魔王陛下コーはその間ずうっとにこにことしていた。
それから3時間ほどたち、アンネリーゼとエミリアは勧められるままに酒を飲んでふにゃふにゃになっていた。アンネリーゼの肝臓は未成年にも関わらず、かなりよく持ちこたえていると言える。
貴族どもはどうだと見れば、魔王陛下が臨席する晩餐会だというのに問答無用の、本気の無礼講になっており、飲み比べや数寄者同士の突っ込んだ会話がなされていた。
ここでもギュンターの二人のメイドとザボスが実力を発揮しているが、何名かの貴族は供回りにものすごく酒に強いものを連れてきており、あちこちでそういった者同士が樽ごと酒を空けていった。
コウタロウとザボスと他何名かは、ピストンがどうの素材がどうのといった話をしており、それを聞きつけた他の貴族が自分の土地で今度立ち上げる鉄鋼会社についての話しをし始める。
それを聞きつけたギュンターと他何名かが投資や労働者の労働環境について何事か口に出し、それを聞きつけた他のものが次回の議会で審議するであろう案件について周囲に根回しを始める、と言った塩梅だ。
「ありゃ~、お貴族しゃんでも結構乱暴な飲み方しゅるんれしゅねぇ……うふー」
貴族文化華やかなりとは上っ面だけの話であり、実際にはかなり世俗的になっているのらにゃあ、とエミリアはとろけた口調で呟いた。隣でアンネリーゼがこっくりこっくりと船を漕ぐ。
シャンテが大丈夫かと声をかける。
らいじょーぶらいじょーぶ、ひゃんとあるってかえりまひゅよーとエミリア。
大丈夫ではなかろう、ほら、アンネも、とシャンテが肩を揺すると、え、なに、陛下に夜伽できるの? などとぶっ飛んだことを言うアンネリーゼ。そのままクタリとエンガワに仰向けに倒れる。
エミリアは倒れたアンネリーゼの太ももをバシバシ叩いた。
おらぁあんねー、ぱんつみえるぞー。おらー。
陛下にだったら見せてもいいかも―。うふー。ちらー。
わはははは。
わははははははは。
異国人二人の見せる痴態に、さしものザボスですらが顔をしかめてみせたというから凄まじい。
車座から抜け出したザボスは、おいアンネリーゼ卿、しゃんとせんか、ワシのほうが恥ずかしいわいと言ってアンネリーゼを横抱きに抱き起こし、ぐっと息をつまらせ血を吐いた。
見ればアンネリーゼの手刀が深々と鳩尾に突き刺さっている。
ゆっくりと崩れ落ちるザボス。
その膝が床に付く前にアンネリーゼはコウタロウの首を宴席のナイフで切っていた。
その頃になってようやく宴席は混乱し始めた。
「社長、始まりましたで」
村長宅を監視できる安旅籠の二階で小太りの男が、形の良い尻を後ろに突き出している女性に背後から囁いた。
顔は赤らみ、全身から汗が吹き出している。
二人は日中話し込んでいた喫茶店では商売相手として接していたが、この宿のこの部屋は3ヶ月前から小太りの男が夫婦として予約していたものだ。となれば夜やることは限られてくる。彼らは周囲に怪しまれるぬために、するべきことをやっていた。
「わかっている。だが、なんだ? なにかひっかかる」
社長と呼ばれた女性のはだはしっとりと汗ばんではいたが、彼女の表情は冷静そのものだ。上気してすらいない。
「引っかかってんのはワシので」
小太りは言った。言ってしまった。
次の瞬間、彼女の靴が小太りの足親指を踏み砕いた。
小太りは悲鳴をあげようとして、振り向いた女性に鼻柱をへし折られ、喉を抜手で突かれて気絶した。
「くだらんことをいうな、下衆」
女性は手に大きな水の玉を出すとそれで撫でるようにして全身を洗いはじめる。
女性は思った。
アンネリーゼ、あの娘。
あれは絶対にこちらを裏切ると思っていた。だが今見たことが事実なら、我々は彼女の評価を見誤っていたことになる。
まぁよい、どう転ぼうともエラ修道会だけは潰せる。
我が国には強力なリーダーシップに率いられた挙国一致体制が必要なのだ。
異論を認めている暇などない。
みろ、あのナスティア家のエミリアがアンネリーゼの首を落としたではないか!
それに免じてナスティア家だけは許してやろう!
最高の展開だ!
魔王を弑し、エラ修道会を排除し、それでいて魔王領の介入は阻止できる、素晴らしい幕引き!
高笑いをあげようとして女性は違和感の正体に気づいた。
村長宅とその周囲を凝視する。
村長宅の生け垣の外に並んだ衛兵たちが、全く動じていない。
「……! アンネリーゼ! あの浮浪者め!!」
女性は自分がアンネリーゼにはめられたと直感で悟った。
悟った瞬間、両隣の部屋との壁が背後で吹き飛んだ。
小型の銃を手にした黒尽くめの者たちが両方の壁から現れる。
彼らが引き金を引く前に、女性はその彼らの間合いに一瞬で入り込み、その顔面を手で掴んだ。
「下衆めが」
女性に顔面を掴まれたものたちの頭部が破裂し、鮮血にまみれた灰色のプディングが周囲に飛び散った。
仲間を失った侵入者たちは破った壁の直ぐ側で改めて銃を構えたが、女性が浮かべた水球から光線のように伸ばされた細い高圧水流に額を撃ち抜かれて全員が倒れた。
女性はちっと舌打ちすると素早く衣服を身に着けた。
天井板を外して天井裏に逃げるとき、気絶している小太りの顔面を先程の高圧水流で骨ごとずたずたに切り裂く。
天井から屋根に出て、そこで待機していた黒尽くめを背後から撃ち殺す。
彼女は眉目秀麗なその顔を怒りに思い切り歪ませた。
「やってくれたわね、魔族のゲス共が。エラ修道会の裏切りもの共め。この私を罠に掛けるなんて」
彼女はさっと立ち上がり、懐から取り出した音なき笛を高らかに吹き上げた。
ホウレンソウ大事大事ねー




