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雷姫は避雷針執事に依存しています  作者: 緋色


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1/3

雷姫

どうぞよろしくお願いいたします。

「――新入生代表、ブリジッタ・ヴァルテリア」

 魔法で拡大された呼び掛けに、彼女は進み出た。

 金糸の髪は背中まで流れ、青い瞳は無機質で冷たい。

 色のない表情は、十四歳という本来の瑞々しさを感じさせない。

 白を基調とした制服は、むしろ静謐さを伝えてくる。

 否、この場において、彼女はまさしく神の再臨だった。

 入学式の最後を飾るのは、新入生首席による魔法披露。

 その役を担うのは、ヴァルテリア王国の王女である、ブリジッタ。

 観客席から、熱を帯びた視線が注がれる。

 ブリジッタは、広い石舞台の中央まで進み出た。

 すると、一転、空は待ち構えていたかのように掻き曇った。

 何事かと、会場内がどよめきだす。

 気にせず、ブリジッタは舞台脇に佇む執事を見た。

 白い制服に身を包んだ彼は、同じく新入生で、優しい印象をまとっていた。

 彼から返ってきた頷きを受けて、ブリジッタの指先から迷いが消えた。

 彼女が暗くなる空を見上げると、金糸の髪と白い衣服がわずかに持ち上がる。

 そして、暗雲は光をはらみ始めた。

「おお……!」

 観客席のそこかしこから、敬虔な信者のような感嘆の声が上がる。

 振り上がるブリジッタの腕。

 同時に落ちてくる光と轟音――幾本もの雷が、断続的に石舞台へ降り注ぐ。

 ブリジッタを取り巻きながら、光の筋が幾何学模様を描く。

 自然の雷ではありえない光は、その場にいた者たち全員の目を眩ませ、轟音は耳をつんざいた。

 永遠に続くかのような時間は、唐突に終わりを告げた。

 おののいて、全身を硬直させていた観客たちは、恐る恐る目を開く。

 次に見たのは、割れた雲から降りる光の帯が、真っすぐ、ブリジッタへ差し込む光景だった。

「――(いかずち)(ひめ)

 誰かの呻きは、やがて唱和へ、そして万雷の拍手へと変わった。

 熱に浮かされたかのような、その歓声。

 しかし、奇跡を成した当の本人はいささかも興味を持たなかったようで、静かに身を翻した。

 そして、舞台脇で待っていた、制服姿の執事とともに退場したのだった。

 ――それが、ヴァルテリア王立魔法学院入学式における、魔法披露として記録された情景であった。



 そこは、入学式後に割り当てられた一室だった。

「あの、殿下」

 そう呼び掛けられたブリジッタは、動かなかった。

 ブリジッタは、ソファーに腰掛けた人物の太ももをクッション代わりにして寝そべっていた。

 その体勢のまま、クッキーをかじりながら、本に目を通す。

 白い制服はそのままで、しわが寄るのも、スカートの裾が乱れることも気にせず、ブリジッタは沈黙を貫く。

「あの、ブリジッタ王女殿下?」

 困ったような声は、クッションにされている人物から発せられていた。

 その人物は、学院の制服姿ではあるものの、執事でもある少年、セドリック・アルヴェインだった。

 彼は黒髪の頭をかいて、とうとう遠慮のないため息を、だらしない姿の幼馴染にぶつけた。

「聞こえてる? ジッタ」

「セド、ソファーは喋らないもの」

「……はあ」

 せっかく愛称で呼び掛けたにもかかわらず無機物扱いされ、セドリックはより深いため息を零す。

「あと、私は疲れてる」

「……はいはい」

 仕方なく、セドリックはブリジッタの頭を撫でた。

「ん。それでこそ私の執事」

 ようやくご機嫌を直してくれたらしい。

 ブリジッタはクッキーの最後のひとかけらを口に放り込み、目を細めて力を抜いた。

「……ジッタ、紅茶飲む?」

「飲む」

 言うが早いか、本を閉じてソファーに置き去りにし、座り直すブリジッタ。

 早く早く、と言わんばかりの視線を受け、セドリックは気恥ずかしさを覚えながら軽く指を振った。

 それを追ったブリジッタの視線の先で、壁際の茶器たちが動き出した。

 ケトルが湯を注いでティーポットとカップを温め、銀のスプーンが茶葉を落とす。

 宙をゆるゆる舞う茶器たちは、茶葉の目覚めを待つように、しばし愛らしいダンスを披露する。

「……おー」

 小さく拍手するブリジッタの前で、琥珀色の紅茶が注がれていく。

 やがてふくよかな香りが漂い、茶器たちは「さあどうぞ」というようにテーブルに並んだ。

「……相変わらず、セドの生活魔法はかわいい」

 その感想にはいつまでも慣れず、セドリックは面映ゆさをごまかそうと、一つ咳払いをした。

「どうぞ」

「ん」

 動かない表情の中で、わずかに細まった目が喜色を伝えてくる。

 ちょこん、とソファーに座ってカップを手に取るブリジッタの姿は微笑ましい。

 思わず口元をほころばせたセドリック。

 しかし彼はそっと立ち上がると、ソファーの後ろ――ブリジッタの背後へ回った。

「セド?」

「どなたか、お見えになります」

「――そう」

 途端、ブリジッタの雰囲気に落胆の影が差す。

 しかしその変化もわずかで、読み取れる者はおそらく、ほとんどいない。

 目に見えた動作は、口元へ運びかけたティーカップを戻し、衣服を整えたことだけだった。

 その間に、胸ポケットから取り出した櫛でブリジッタの髪を梳かすセドリック。

 そうして、セドリックが櫛をしまい、ブリジッタが背筋を伸ばした頃合いで、部屋の扉がノックされる。

「――どうぞ」

 わずかに気だるげなブリジッタの声に応え、扉が開く。

「失礼するよ」

 入ってきたのは、落ち着いた色合いの衣装を纏った、壮年の男性だった。

 ブリジッタは立ち上がるとソファーの横へ退いて、スカートの両脇を軽く摘み、膝を折る礼で迎える。

 男性は扉を開けたまま、続く人物を招き入れる。

 そして入室したのは、略式の冠を戴いた、上品なドレスの女性であった。

 男性に手を取られてブリジッタの前まで進み出た女性は、手にしていた扇を広げて、顔の下半分を隠した。

「楽になさい」

 扇で顔を隠した女性――母ヘンリエッテ・ヴァルテリアの冷ややかな声を受けて、ブリジッタは姿勢を戻した。

 けれどブリジッタもまた、母と同じく、どこか冷たい雰囲気を纏ったままだ。

 しかしヘンリエッテは、それに頓着しなかった。

「よくやりました。神の再臨の印象づけとしては、上々でしょう」

「お褒めにあずかり、光栄でございます、女王陛下」

「……母と呼ぶことを許します」

 ヘンリエッテは片眉を上げ、それから表情を和らげた。

 だが、ブリジッタから返ってきたのは、興味を感じさせない沈黙だった。

 女王の傍らの男性――オスカー・ヴァルテリアが、見かねてその場の空気に割り込んだ。

「ブリジッタ」

 柔らかな声に促され、ブリジッタは口調を少しだけ改めた。

「……ありがとうございます、お母様。お父様も」

「うん」

 安堵するオスカーの横で、ヘンリエッテはソファーの向こう――壁際に控えているセドリックを一瞥した。

「昔からセドリックにしか興味がないのは、なんとかならないのかしら」

「仕方ないね、今更だよ、エッテ」

 頭が痛い、とばかりの表情のヘンリエッテを、オスカーは夫の表情でなだめた。

 セドリックはその会話に反応できる立場ではないゆえ、沈黙と無表情を丁寧に守る。

「――だからなに?」

 しかし、ブリジッタはそうではなかった。

 目を細め、顎を引いたその姿勢は、飛びかからんばかりの気配を帯びている。

「仲がよいわね、という話よ」

 ヘンリエッテが扇を畳む。

 その一言でようやく、ブリジッタはふいと目を逸らして矛を収めた。

「……それなら、いい」

 ヘンリエッテには、娘の瞳にある好戦的な色と、その底に隠しきれない慕情が見えているようだった。

 それからヘンリエッテは、視線をセドリックへ向ける。

「娘をお願いね、セドリック。ただし、あくまで執事として――だけれど」

「はい」

 セドリックは改めて思う。

 そう、ブリジッタは女王陛下の唯一の子で、自分は子爵家の出にすぎない。

 幼馴染としてそばにいられるのは、執事だからだ。

 そんなことは、とうに飲み込んでいる。

 セドリックの短い返事を受け取ると、ヘンリエッテは身を翻した。

 先んじてオスカーが扉を開き、彼女は部屋を後にする。

 オスカーは、ブリジッタとセドリックを振り返った。

「ブリジッタ、セドリック。入学おめでとう。これから頑張るんだよ」

「ありがとうございます」

「……ありがとう」

 セドリックとブリジッタの返事を聞き届け、オスカーは柔らかく笑った。

 それから妻のあとを追い、扉の向こう側へと消えた。



「……ふう」

 ほっと息をつくセドリックの声を聞きながら、ブリジッタはソファーに腰掛ける。

 そしてティーカップに手を伸ばし――紅茶がもう冷めていることに気づいて、動きを止めた。

 ゆっくりと引いた手を、ブリジッタは握り込んだ。

 そこに、紫電が一筋だけ纏わりつく。

 ブリジッタの拳は、セドリックの手のひらに包まれた。

 紫電はそこから彼の肩へ流れ、身体を伝って足元まで落ちた。

 ソファーの後ろから手を伸ばしたセドリックを感じながら、ブリジッタは背もたれに身を預ける。

 目を閉じたブリジッタからはもう、雷の気配は消えていた。

「……落ち着いた?」

「――ん」

 ブリジッタはセドリックの両手を引き寄せ、自分を抱えるように回させた。

 そして執事の両腕を抱え込むと、自分の頬をセドリックの頬に寄せる。

「え、ええと、ジッタ?」

「なに、セド?」

「なにってね……」

 頬にかかる吐息に、セドリックの心臓が跳ねた。

 だからセドリックは、なんとかそこから逃げ出す口実を探すしかなかった。

「こ、紅茶のおかわり、淹れる?」

「うん。……でも、もうちょっと後で」

 そう返しながら頬を擦り寄せてくる幼馴染に、セドリックは慌てた。

 けれどすぐに気づく。

 触れ合った頬越しに、その小さな身体が震えていることに。

 だから、離れられなかった。

 せめて、この震えが収まるまでは。

 そう自分に言い聞かせながら、セドリックはそっと腕に力を込める。

 そして、ブリジッタが言う「もうちょっと」を、どうにか持ちこたえる算段を巡らせた。

読んでくださり、ありがとうございました。

全21話、毎日17:00更新予定です。

お楽しみいただければ幸いです。

↓の☆をぽちりとしてくださると、大変励みになりますので、よろしくお願いします。

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